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第46話 高度な意識高い系は煽りと区別がつかない

 玲於奈の真意がどうあれ救援には向かうべきだろう。

 とはいえ鴉城の屋敷はかなりの山奥、車を飛ばしたとしても市街地までは1時間近くかかってしまう。

 

「安心してくれ。私がヘリを出そう」


 そう申し出てくれたのは朝輝だ。

 落ち目とはいえ退魔師業界でも最大の名家、さすがにやることのレベルが違う。

 いや、でも、ちょっと待てよ。


「勝手にヘリを飛ばして大丈夫なんですか?」


 うろ覚えだが、法律上いろいろと問題があるような。

 

「んなもん別にいいんだよ。呪術迷彩をかけときゃ誰にもバレやしねえ」


 ヘリの手配のために電話をかけ始めた朝輝に代わり、白夜が答える。


「それより問題はこれからだ。オレと兄貴は伊城木直樹をぶん殴りたいってところで一致してる。だが――」

「派閥そのものが歩み寄れるとは限らない」

「ああ、よく分かってんじゃねえか芳人」


 パンパン、と親しげに肩を叩いてくる白夜。


「正直な話、オレに鴉城家を奪るつもりはねえ。過激派だの何だのってのは暴発しそうなバカをひとところに集めるための方便だったしな」

「じゃあ、朝輝派と白夜派の対立は一種のブック(やらせ)だった、と」

「少なくともオレら兄弟にとっちゃそうだ。あとはまあ、兄貴を穏健派に見せかけるための演出か。そうやって鷹栖派を油断させてバチコンかます予定だったしな」


 そういえば2日前の話し合いでも言ってたな。

 朝輝はあくまで鷹栖家を叩き潰すチャンスを狙ってるだけ、とかなんとか。


「だが人間が多くなりゃ予想外のことも起こる。一昨日の襲撃だってオレとしちゃあわりと不本意だったんだよ。鷹栖派が消えるまでは大人しくしているつもりだったが、どうにも抑えきれなかった。そういう意味じゃ、おまえさんには感謝してるぜ。死者ゼロで始末をつけてくれたんだからよ」


 白夜はニカッと爽やかな笑みを浮かべる。

 初対面のときから妙に好感度が高いと思っていたが、もしかするとこれが理由だったんだろうか。


「ともあれ兄貴とオレの和解は簡単だ。もとから本気でいがみ合ってたわけじゃねえしな。だが、下にいる連中は違う。利害だのなんだのがあるからな、『ハイ仲直り』ってわけにはいかねえ。

 ――そうだな、いっそおまえさんが新組織をぶち上げてみねえか? どっちの派閥もその傘下に入るって形にすりゃ、強引だがひとつに纏まるだろ」


 さすがにそれは無茶な話だ。

 五歳児をトップに据えた組織とかありえない。すぐに崩壊するのがオチだろう。


「けどまあ、まずはおまえさんの恋人を助けてからだな」

「……静玖とはそういう関係じゃありません」


 どうやら白夜はまだ勘違いしたままのようだ。

 俺と静玖は付き合っていない。むしろ「振った・振られた」の関係だ。

 正直、かなり気まずい。

 鴉城家の屋敷に来たのは深夜について説明するためだが、静玖と顔を合わせづらかったから、というのもある。


 今から彼女を助けにいくわけだが、果たしてどう接したものか。

 黒騎士に変身したとしても対異性スキルが上がるわけじゃない。

 どうしたらいいんだ。


 思い悩んでいるうちにヘリの準備が終わったらしい。

 屋敷の中庭に来るという。

 俺、朝輝、白夜はすぐに離れを出た。

 竹林の細道を駆け抜ける。


 ちょうどその出口のところ。

 正午過ぎの太陽を背にして、一人の男が立っていた。


「久しぶりだね、芳人」


 そいつのことを俺はよく知っている。

 およそ5年ぶりの再会だろうか。

 もう30代中頃のはずだが、顔つきはやけに若々しい。

 どこか薄っぺらい笑みを張り付けたその男の名前は、伊城木直樹。

 俺の父親だ。


「しばらく見ない間にずいぶん大きくなったじゃないか。これで普通の人間として育ってくれれば万々歳だったけれど、まあ、いいさ」

「……なんだテメエは」


 警戒心も露わに一歩前に出る白夜。

 すでに戦闘態勢に入っているのだろう、右手には呪符が握られていた。


「ああ、これはどうも初めまして」


 オヤジはこの時、まるで旅行帰りみたいな恰好だった。

 アロハシャツに短パン。

 肌は小麦色に焼けている。

 頭の麦わら帽子を脱ぐと、大仰な調子で一礼した。


「僕は伊城木直樹、しがない零細退魔師のひとりだ」

「貴様、よくも我々の前に顔を出せたな」


 全身から殺気を漲らせ、朝輝がオヤジに掴みかかる。

 

「ははっ、ずいぶんと怒ってるね。何か嫌なことでもあったのかい」

「誰のせいだと思っている……!」

「さあ?」


 朝輝に凄まれてなお、オヤジはそのニタニタとした笑みを崩さない。


「どうやら深夜に何があったか理解しているみたいだね。だとしたら君たちに聞いてほしいことがあるんだ」

「謝罪でもするつもりか?」

「まさか、僕はそんな殊勝な人間じゃないよ」


 泰然とした様子のままオヤジは麦わら帽子を放り投げた。

 空中でクルクルと回転する麦わら帽子。

 やがて重力に引かれて落下し、見事、朝輝の頭に被さっていた。

 それと同時に、


「ぶっちゃけ天下の鴉城家も大したことないよね(笑)」


 かっこわらいかっことじる。

 嘲るような調子で言葉を(つむ)ぎ始める。


「深夜は八十八代目の“乱裁烏(アヤタチノカラス)”だったんだろう? 暗部の人間がオトコにチヤホヤされた程度で言いなりになるのってさ、うん、僕はどうかと思うんだ。教育方針とか失敗してない?」

「貴様がそれを言うのか……!」

「まあまあ落ち着きなって。派閥の長なんだからもっと器を大きく持たなきゃ。どんな相手の意見でも真摯に受け止める、そういう姿勢が大事だと思うよ」


 居直り強盗でもここまで堂々とした態度は取れないだろう。

 オヤジはまったく悪びれずに続ける。

 

「あとさぁ、深夜の妊娠どころか(オトコ)の存在そのものを知らなかったってのはどうなんだい?

 鴉城家には“烏羽衆”っていう立派な工作部隊がいるんだろ? とんだ給料泥棒じゃないか。

 ま、僕自身ちょっとした異能を持ってるし、まわりの女の子たちも色々と手を回してくれた。当然ちゃ当然の結果なんだけれど、いちおう、尻尾くらい掴まれるのは覚悟してたんだよ? いやあ、無能無能」

「……テメエ!」


 あまりの暴言に耐えかねたのだろう、白夜が仕掛けた。

 拳に霊力を込めて殴りかかる。

 

「やめなよエセホスト。暴力はよくないって学校で習わなかったのかい? ま、頭の軽そうなファッションだし、きっと先生の言うことなんて忘れたんだろうね」


 しかし白夜の打撃は届いていない。

 オヤジは左の示指だけでそれを受け止めていた。


「僕は君たちのためにあえて苦言を呈しているんだけどね、分かってくれないのは悲しいなあ。意識を高く持とうよ。身の回りのことはすべて自分の糧にしなくちゃ、ははっ」


 その笑い声は、聞く者すべての神経を逆撫でするような響きを伴っていた。

 けれど朝輝も白夜も動かない。

 いや、動けない。

 オヤジから漂う異様な存在感に圧倒されていた。

 まるで地球外生物のような、理解不能の存在と向かい合っているような気持ち悪さ。


 俺はこの感覚に覚えがある。

 異世界。

 邪神と契約した人間が持つ、独特の雰囲気だ。


 だがフォアグラは滅びたはずだし、どうにも気配が違う。

 邪神は他に二柱いると聞いた。

 そのどちらかがオヤジに力を貸しているのだろうか。


「ところで朝輝、白夜、いまどんな気持ちだい? 大好きな姉が知らないところで性処理に使われて、妊娠、出産、おまけに実験材料だ。悲しいねえ、悔しいねえ。ああいや、変態のシスコンにとってはむしろご褒美かな。鬱勃起かな? 何なら写真かビデオでも送ろうか?」


 ゲラゲラと声をあげて煽り立てるオヤジ。

 今度は俺のほうに向き直り、


「芳人、君はどうやら深夜の記憶を読み取っていたみたいだね。見事じゃないか、その点は素直に称賛するよ。けれど僕の力をこの程度と思わない方がいい。ここで手を引くんだ。僕に関わるな。さもないと君と親しい女の子たちが不幸な目に遭ってしまうよ?」


 などと脅しつけてくる。

 俺の答えは、初めから決まっていた。


「《火炎術式(フレイムリィ)》――」

「おおっと、やる気かい? けれどこの身体を消滅させても無駄だよ。神様から賜った、素敵な素敵な替え玉だからね」


 知ったことか。

 逆探知もマインドハックもできないのは奇妙だが、その身体の分析は終わった。

 そうじゃなきゃここまでずっとペラペラ喋らせておくわけがないだろう。

 俺はオヤジに飛びかかる。

 朝輝と白夜のあいだをすり抜け、その腹に全体重を乗せた拳を叩き込む。


「《我が炎は(神様ノチカラヲ)浄華灼滅の(借リテルダケノ身分デ)鉄槌である(威張ルナヨ)》」


 燃えろ。

 燃えて尽きて灰になれ、下衆。






 * *






「あははははははっ! すごい、すごいじゃないか芳人! さすが異世界帰りだけのことはある!」


 全身を業火に焼かれながらも、オヤジはその態度を崩そうとしなかった。

 それどころか、バン! バン! とやたら大きな拍手を打っている。


「深夜が見聞きしたことは僕も把握しているよ。羨ましい、ほんとうに羨ましい! 君は()()()()()()()()僕の欲しいものを全部持っているね!」


 オヤジの言い回しは、どこか含みを感じさせるものだった。


 相変わらず。

 昔から。

 

 それは俺がまだ伊城木の家にいたころを指しているのだろうか。

 あるいは、前世?

 けれど伊城木直樹なんて名前は知らないし、顔にも見覚えはない。


「さてさて君は大事な女の子たちを守れるかな? 取りこぼしには気をつけなよ? あはははははっ!」

「……オヤジこそ、このところ女に逃げられてばっかりだろうが」


 俺は、逆に嘲笑を返す。


「水華さん、マーニャ、玲於奈。――息子に女を奪われるのはどんな気持ちだ?」


 実際には寝取ったわけじゃないが、まあ、そこは言葉のアヤということで。


「しかもこっちはまだ幼稚園児だぞ。器が知れるな、オヤジ」

「…………ッ!」


 反論はなかった。

 返ってきたのは、苛立たしげな舌打ちだけ。

 煽るのは得意なようだが、煽られるのには弱いのかもしれない。


 結局、オヤジ (の分身?) はだんまりを決め込んだまま灰になっていた。


 


 ――朝輝の手配したヘリが到着したのは、ちょうどそのタイミングだった。 




「アイツ、何が目的だったんだ……?」


 ヘリに乗り込んだ後、白夜は眉を(ひそ)めて考え込んでいた。


「仕掛けてくるかと思ったら、単にオレらを煽っただけだしよ。ワケわかんねえ」

「無駄話で足止めをしたかったのかもしれん。……無駄だったがな」


 朝輝の言う通りだ。

 オヤジが居なくとも、どうせヘリが来るまでは動けなかった。

 まあ、まさかそんなジョークみたいな話ではないだろう。たぶん。


 

 やがてヘリは京都市街の上空に差し掛かる。

 静玖たちの場所はすでに感知してある……のだが。


「どうやって降りるんですか?」


 俺が尋ねると、朝輝は当然のようにこう答えた。


「飛び降りるんだ」

「……は?」

「着陸できる場所などない。攻撃を食らって墜落すれば大問題だ。ゆえにここから飛び降りる」


 マジですか。

 アイキャンフライですか。

 ちなみにヘリの高度は、京都タワーよりはるか上。

 人がゴミのよう、どころか人が見えない。


「私も白夜もこの程度はできる。ならば貴殿にとっても簡単だろう」


 確かに空力制御と重力制御を掛ければ簡単だろうが、だからといって躊躇いがないかと言えば嘘になるわけで。


「オラ、行くぜ芳人! テメエのオヤジの思い通りにゃさせたくねえだろ! アイキャンフライ!」


 あ、え、ちょ。

 肩を掴むなと言うか心の準備がまだ、ああ落ちる落ちる落ちた、はい落ちた、いま落ちたよ俺!

 日本の退魔師舐めてましたごめんなさいヘルプミー!

次回は静玖&玲於奈パート

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