第45話 男の「一回だけ」「ちょっとだけ」はたいていウソ
お待たせしました。
俺はここまで自分の素性と言うものを伏せていた。
朝輝と白夜に対しては「宗源さんに気に入られている退魔師」という形で誤魔化してきたが、これでは今回の件で深夜が抱えていた事情も、襲い掛かってきた理由も説明できない。
俺には前世があること。
伊城木直樹の息子として生まれたこと。
18歳の青年としての姿は仮のものであり、本当は5歳であること。
そういった諸々も含め、必要なことはすべて明かした。
ただ、退魔師業界において『異世界』や『生まれ変わり』はヨタ話同然に扱われている。
そのせいだろう、朝輝も白夜もどこか戸惑った様子だった。
「……貴殿の言を疑うわけではない」
申し訳なさそうに呟く朝輝。
「三百余名もの退魔師を蹂躙し、甲種式神の土蜘蛛を我が物とする。仮に天才としてもそのような幼児が居てたまるものか。加えて貴殿の扱う術式はまったくの未知、ならば異世界という話も信じざるを得まい。だが――」
「オレやクソ兄貴くらいの年になるとな、常識ってヤツがどうにも邪魔するんだよ」
白夜は嘆息する。
「つーか急展開すぎるだろ。死んだはずの姉貴が帰ってきたと思ったら死んじまって、しかも身体は娘でしたとか。マジでワケ分かんねえ」
「私も同じ気持ちだ、悪い夢ならどんなに良いものか。
……芳人殿、また改めて話し合いの場を持てないだろうか。先の話を受け入れるには時間が必要だ」
「分かりました。しばらくは京都にいるので、またいつでも連絡してください」
俺は朝輝の申し出に頷いた。
「すまない。戦において命を落とすのは退魔師の常、感情的になるべきではないと分かっているのだがな」
「朝輝さんは十分に理性的と思います。正直、ここで戦いになることも覚悟してましたから」
「姉の敵討ち、か。だとすればそれは根本原因たる伊城木直樹を誅すべきだろう。……たが、それですぐに割り切れるものでもない」
朝輝は暗い表情で俯き、
「……15年前、どうして私は姉の変化に気付けなかったのだろうな」
悔恨の念とともに言葉を吐き出す。
俺が何か言ったところで、薄っぺらい気休めにしかならないだろう。
そっと二人の前を去ろうとするが――
「ちょいと待ちな、ボウズ」
白夜に引き留められる。
何かと思って振り向けば、
「っ!?」
目前に拳が迫っていた。
体重の乗った、槍の刺突のような鋭い打撃。
左頬で衝撃が弾ける。
「……おまえさんが姉貴を殺っちまった件については、それでチャラだ。チャラってことにする」
白夜の声は、まるで絞り出したかのように擦れたものだった。
「一番のワルは伊城木直樹ってヤツだし、そんなのに引っかかった姉貴も姉貴だ。気づけなかったオレにも責任はある。どっちかっつーとおまえさんは巻き込まれた側だよ」
まるで自分自身に言い聞かせるような口調で続ける白夜。
「殺したのだって正当防衛と言えば正当防衛だし、姉貴がこれ以上ポカをやらかす前に止めてくれたって考え方もあるだろうさ。歯車グルグルのよくわからん魔法で少しずつミンチになるよりは、おまえさんがやったように一瞬で蒸発させるほうが慈悲かもしれねえ。
――だが、それはそれ、これはこれ。一発殴らねえと気が済まなかったんだ。悪ぃな」
別に構わない。
俺はいま18歳の姿だ。
生身ではあるものの、防御力としては生物の範疇を越えている。
さっきの一撃だってクッションが当たったくらいにしか感じられなかった。
白夜から姉を奪った落とし前としては安すぎるくらいだろう。
「すまねえ、やっぱもう一発いいか。まだちょっと納得がいかねえんだ」
「ああ」
俺が答えると同時に、白夜はアッパーカットを放っていた。
顎がハネ上がる。
けれどダメージとしてはゼロだった。
「……もう一回だけ付き合っちゃくれねえか」
「わかった」
スピンキック。
全速力で毛布が吹っ飛んできたような感じだった。
「次こそラストだ、ラスト」
「気が済むまでやってくれ。魔法を使っても構わない」
「オレを舐めるんじゃねえ。テメエなんぞ素手で十分だ。吠え面かかせてやるからな」
白夜は真剣な顔つきになると、目にも止まらぬ連続技で俺を攻め立ててきた。
フック。
正拳突き。
側宙蹴り。
タイキック。
サマーソルトキック。
デンプシー・ロール。
地獄車。
空気投げ。
大雪山おろし。
フランケンシュタイナー。
シャイニング・ウィザード。
それはまるでめくるめく技の万国博覧会。
殴る蹴るが効かないと見るや、白夜は投げ技を主軸に切り替えていた。
このとき俺たちは離れの和室にいたが、やがて障子をブチ破り、板張りの廊下を転がって外に飛び出していた。
滝のほとり、砂利の上で取っ組み合いになる。
「――テメエはとんでもなく強えんだろ!? だったら姉貴を助けてくれてもよかったじゃねえか!」
白夜は叫びながら俺に馬乗りになった。
ここまでに何十数百という技を繰り出してきたせいだろう、もはや拳に力が入っていない。
撫でるような突きが頬に押し当てられては離れていく。
「何とかならなかったのかよ!? なあ、おい!」
服の襟元を掴まれ、ガクガクと揺さぶられる。
まずいな。
相変わらず俺はノーダメージなんだが、もうすぐ変身の限界時間が来てしまう。
その前に伝えておくべきことがあった。
「白夜、聞いてくれ」
「なんだよ、実は姉貴の魂は回収してあったとかそういうオチじゃねえよな?」
「すまん、その通りだ」
「……………………………………………………は?」
「歯車のせいでボロボロのバラバラだが、いちおう集めてある」
昨夜の戦い。
俺は深夜の身体を跡形もなく蒸発させたが、魂については大急ぎで取り込んでいた。
――《虚影術式》・《汝、黄昏の城の住人となるべし》。
土蜘蛛を奪い取った魔法の応用だ。
「ただ、どうあがいても残留思念未満のものにしかならない。蘇生は無理だ。遺言を聞くくらいだ」
本来ならもっと早くに明かすつもりだった。
しかし「朝輝と白夜が落ち着いてからの方がいいんじゃないか」「深夜と話す機会を与えれば、2人は俺を責めにくくなるかもしれない」「それは一種の責任逃れなんじゃないか」と色々なことを考えてしまい、どうにもタイミングを逃していた。
「テ、テ、テメエ……」
ヒク、ヒクと顔を引き攣らせる白夜。
「そういうのはなぁ! 最初に言いやがれよこの野郎ォォォォォォ!」
白夜は残る力を振り絞ると、立ち上がって俺の両足を掴んだ。
そのままグルングルンと振り回す。
加速度が頂点に達したところで、リリース。
惚れ惚れするくらい見事なジャイアントスイングだった。
俺はポーンと放物線を描いて飛び、そのまま滝の中にポチャン。
同時に意識が途切れた。
次に目を覚ましたのは10分後。
普段よりずっと早い復帰だが、これは白夜が魔力を分けてくれたおかげだった。
俺は礼を述べると、念話でもって深夜の残留思念を二人に送る。
姉弟三人がどんな会話を交わしたのか、さすがにそこまでは分からない。
ただ、朝輝と白夜の顔つきは若干和らいでいた。
――そのタイミングで、俺に静玖からの念話が届く。
曰く、神薙真姫奈が手勢を連れて仕掛けてきたとのこと。
目的はおそらく、静玖の拉致と玲於奈の始末。
俺はすぐさま救援に向かおうとした。
しかし、念話に割り込んできた玲於奈が言う。
『なあに心配いりません、私は不死身の神薙玲於奈です。お昼にステーキを一切れ食べて幸せいっぱい、もう何も怖くありません。この戦いが終わったら芳くんにプロポーズして、ただの男と女として中華飯店を開くんです。パインサラダを作って待っていてください。そういうわけでゆっくり来ていただいて大丈夫かと思います。楽勝ですよ、楽勝。いつも通りにやれば大丈夫です。泥船に乗った気持ちでお任せください』
さて今のセリフに死亡フラグはいくつあったでしょう。
というかどう解釈すりゃいいんだこれ。
いつもの玲於奈ワールドなのか、遠回しの全力SOSなのか。
いずれにせよ急いだほうがよさそうだ。
俺は朝輝と白夜に事情を話し、鴉城の屋敷を出ようとする。
だが。
「待ちなボウズ、オレも行くぜ。これ以上うちの姉貴みたいな女を増やしたくはねえからな」
「同意だ。私も手を貸そう」
どうやらこの二人も付いてくるつもりらしい。




