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第44話 ラブコメで「思い出の女の子」が思い出してもらえない率は高い。

それって思い出でもなんでもないんじゃ……


※前回のラスト、ちょっとだけ手直ししています。

 鴉城深夜の肉体が消え去ったあと、俺はしばらくの間そこにしゃがみこんでいた。

 片膝をついた姿勢。

 あたりにはうっすらと焦げた匂いが漂っている。

 

 深夜のこと。

 小夜のこと。

 オヤジのこと。


 色々と思うことはある。

 まだ言語化できてない気持ちもある。

 自分は最善の選択肢を取った、なんて傲慢なことは思っちゃいない。


「……今夜のこと、朝輝と白夜にも伝えないとな」


 頭が痛い。

 なにせ筋金入りのシスコン2人だ。

 説明を間違えれば大戦争になりかねない。

 

 とはいえ自分のしでかしたことの責任ではあるわけで、隠し立てするのは論外だろう。


「ひとまず宗源さんに相談、かな」


 俺はそう呟いて立ち上がろうとしたが、

 

「うぁっ!?」

 

 転んでしまう。

 視界がぐるりと傾き、横頭を地面に打ち付けた。

 瞼の裏で火花が散る。

 痛みに顔をしかめつつ自分の手足を確認すると、シュルシュルと縮み始めていた。

 ほどなくして5歳児のものに戻ってしまう。


「おいおい、どうなってるんだ……?」


 静玖からは魔力供給を受けているはずなのに。

 紋章によるリンクを確認しようとした。

 けれどそれより先に、意識がふっと薄れていく。

 

 もしや全力全開で《火炎術式》を放ったのがまずかったのだろうか。

 わりと感情に流された結果の行動だったし、いま振り返れば過剰出力だった気もする。

 まいったな、これじゃ深夜のことを笑えない。

 俺も俺でポンコツじゃないか。


 ――バチ、バチ、バチ。


 乾いた音が聞こえてくる。

 気力を振り絞って目を見開けば、そこには拍手しながら近づいてくるオヤジの姿が……。 

 というのは嘘だ。

 安心してくれ。

 いきなり黒幕登場なんて展開はない。

 ただ、ピンチであることは確かだ。

 肉体的にも、そして社会的にも。

 

 狭まっていく視界を占めるのは、炎。

 公園の木々が激しく燃え盛っていた。

 原因はおそらく《火炎術式》。

 なんてこった。

 これじゃ俺は放火犯の仲間入りだ。


 なんとかして消し止めたいところだが、もはや指先ひとつ動かせない。

 迫る炎を感じつつ、俺は眠りへと誘われていった……。







 




 夢を見た。

 もしもアニメやマンガなら、ここで今後の伏線ぽい内容がご都合主義的に提示されるところだろう。


 幼いころに交わした結婚の約束、ただし相手の顔だけなぜか見えない、とか。

 この先に待ち受けるラスボス的存在との決戦 、ただしこちらの敗北END、とか。


 けれど残念なことに、これは別に意味ある内容じゃなかった。


 ……。

 …………。

 …………………………。


 


 白いシーツの上、輝くような黒髪が広がっていた。

 窓から差し込む陽光に照らされ、うっすらと青みがかった光沢を放っている。

 

 こういうのをなんて言うんだっけか。

 昔、古典の授業で習ったぞ。

 ああ、そうだ。

 鴉の濡羽色(ぬれはいろ)だ。

 万葉集に出てきたことば。

 こんなオシャレな言い回しを考え出すあたり、いつの世も黒髪ロングは男のロマンなんだろう。


「ん……ゅ……」


 やわらかな寝息が響く。

 ベッドの上、あどけない顔で眠っているのは俺の姉だ。


 伊城木小夜。

 年は1つ2つしか違わないのに腹違いという、なんとも微妙な関係ではあるが……まあ、そこはスルーで。

 

 ちなみに、諸悪の根源たるオヤジは昨年に亡くなっている。

 詳しいことはよくわからないが、時計の歯車に巻き込まれてペースト化されたとかなんとか。

 あまりにも斜め上すぎる死にざまだった。

 しかも葬式の前後に世界各地から (日本各地じゃないのがミソ) 愛人やら腹違いの息子&娘が押しかけてきたせいか、どうにも素直に死を悼むことができない。


 って、オヤジのことはどうでもいいな。

 

「ほら、起きろよ。水華さんが朝ごはん作って待ってるぞ」


 小夜ねえの細い肩を揺さぶる。

 すると。


「えいやー!」


 眠っているかに見えた小夜ねえの双眸がカッと見開かれた。


「なっ……!?」


 白い手足がタオルケットから飛び出し、合気道じみた体重移動で俺をベッドに引きずり込む。

 小夜ねえは俺をぎゅうと抱きしめるというか小夜ねえのわりと大きめの胸が俺の胸で押し潰されてやばい。ちょうやわらかいせいで俺の俺が俺やべえ (穏当表現)。けれど身体を離すどころかいっそうひっついてくるんですが何この姉ぴったん。


「芳人くん、油断したね! 今日もお姉ちゃんの勝ちだよ!」


 いったい何の勝負だったのだろう。

 小夜ねえ的には俺を抱き枕代わりにした時点で勝利条件を満たしたらしい。

 ものすごく嬉しそうな様子で、俺の右肩に顔をうずめてくる。


「ふふ、芳人くんの身体ってぽかぽかしてるね。

 知ってるかな? 弟はお姉ちゃんに体温を分けないといけないんだよ?」


 絶対に嘘だ。

 嘘だと分かっているのに振りほどけない。

 元勇者である俺の力をもってすれば不可能なんてあんまりないはずだが、これがお姉ちゃん(ちから)というものだろうか。運用次第ではバリアを張ったり宇宙を滅ぼしたりできるかもしれない。

 

「ほらほら、芳人くんも遠慮しないでぎゅっとしなよ」


 小夜ねえはさらに強い力で俺を抱きしめてくる……んだが、ふと、違和感を覚える。

 さっきまでどたぷんむにむに (きわめてあたまのわるい婉曲表現) していた部分が消えているような。

 胸ぴったんならぬ胸ぺったん。

 いやまあ正直これもこれでアリと思ったところで――――目が覚めた、もとい、起こされた。

 

「失礼、なにやら失礼な夢を見ている気がしたので」


 目を開けると、そこには玲於奈の顔があった。

 いつもどおりの怜悧な無表情のまま、俺の頬をつねっている。

 痛い。

 ものすごく痛い。


 けれどそれよりも気になることがあった。


 板張りの天井。

 畳敷きの床。

 ここは昨夜から泊まっている旅館だ。

 玲於奈か誰かが運んでくれたのだろう。


 で、だ。

 俺はいま布団の中にいる。

 そして玲於奈も同じ布団にいる。

 浴衣を着ているものの、帯はゆるんで胸元が覗いている。


 窓の外では、チュンチュンとスズメが鳴いていた。




 * *



 

 俺は大慌てで布団を出ると、玲於奈にここまでの経緯を訊ねた。

 曰く、玲於奈は火事を消し止めると、気絶した俺や静玖を旅館まで運んでくれたらしい。

 で、そのまま俺と同じ布団で眠ったんだとか。


「静玖も気を失ってたのか?」

「ええ。芳くん、深夜に対して色々と魔法を使っていたでしょう。その負担が静玖にもかかっていたみたいです」


 昨日、俺は18歳の姿を維持するために静玖から魔力の提供を受けていた。

《記憶術式》の魔力消費はかなりのものだし、そのうえ《火炎術式》のフルバースト。

 うっかりにも程があるだろ、俺。

 静玖の魔力をまるごと奪い取って、人事不省に追い込んでしまうなんて。


「いやー、芳くんはまるでホストですね。オレ外道ホスト、コンゴトモヨロシク、みたいな」


 どんな悪魔合体をすれば出てくるんだ、そいつ。

 つーか玲於奈って地味にレトロゲーネタが多いよな。


「まだ静ぽんは眠ってますが、今日中に謝っておいた方がいいと思いますよ。静ぽんのためにも、芳くん自身のためにも」

「……俺のため、だって?」

「自分に想いを寄せる女を使い捨てる、どこかのハーレム男のような所業を許せるのかという話です」


 それはたぶん、オヤジのことを指しているのだろう。

 鴉城深夜の顔が頭をよぎる。

 ……同じことはしたくないし、すべきじゃないと思う。

 

「芳くんなりに色々と思うところはあるでしょうが、ひとまず次の罪状に行きましょう」


 張り詰めた空気を切り替えるように、パン、と手を打ち鳴らす玲於奈。

 

「刀の話なので単刀直入に訊きますが、私の日本刀はどうなりました?」

「深夜の胸に突き刺してたヤツだよな」


 俺は思い出す。

 あれはずっと深夜に刺さったままだったと思う。

 それこそ《火炎術式》を使う寸前も……って、おい。

 まさかとは思うが、やらかしてないか俺。


 最大出力なら金属を蒸発させるくらいは余裕なわけで、だから、つまり――


「ごめんなさい」

「あれは由緒正しい刀でして、ヤクザ屋さんとの麻雀で譲ってもらった安物なんです。どう落とし前をつけてくれるんですか」


 だったら由緒もへったくれもないと思うんだが、非はこっちにある以上、どうにも突っ込みにくい。


「というわけで、はい、どうぞ」


 玲於奈は24面のさいころを手渡してきた。

 

「出た目によって落とし前が決まる、ドキドキ☆スーパー玲於奈ちゃんダイスです。みんなでダイスの女神に祈りましょう。ダイズの女神に祈ってもプロテインしか出てこないので気を付けてください」


 ダイズの女神さまが有能すぎる件について。

 たぶん世界中のボディビルダーが揃って信仰するぞそれ。


「ちなみに結果はこうなっています」


 玲於奈はなぜか浴衣の袖の中にルーズリーフを仕込んでいた。

 そこに掛かれていた内容は、というと。


『ドッキリ! ハイパー玲於奈ちゃんダイス!』


 おい。

 発言と表題が食い違ってるぞ。

 

 ともあれ気を取り直して、結果表に目を通す。



『1~4 鷹栖家襲撃ツアー!

  鴉城家だけボコるのは不平等ですし、残った派閥も潰しましょう。

  無意味ですが有意義です。私が楽しい。


 5~8 京都四条周辺いかがわしい店の前をうろつくツアー

  変身状態の芳くんと私でイチャイチャし、

  いかがわしい店に入っていく男性の精神に深い傷を刻む系の街遊びです。

  

 9~12 日本刀調達ツアー

  馴染みのヤクザ屋さんがいるので、ちょっと遊びに行きませんか?

  みんなひきつった笑顔の素敵な場所ですよ!


 13~16 芳くんの前世を辿るツアー

  最近読んだ恋愛本に書いてあったのですが、

  彼氏の故郷を尋ねるとノスタルジックな気分でラブラブになれるそうです。


 17~20 ごく普通のデート

  なんかもうネタが切れてきました。


 21~24 熱烈歓迎玲於奈ちゃん飯店

  芳くんが大人になって、そのとき私も無事だったら一緒にお店でもやりましょう。

  そんな感じの約束です。反故にしたら斬ります』



 内容が吹っ飛んでるのはいつものことなんだが、ええと、


「これ、普通の6面ダイスでよかったんじゃないか?」

「私もそう思います」


 うんうん、と深く頷く玲於奈。

 

「ですがお店に入ったら、6面以外のダイスも売ってたんですよ。それで、つい」

「気持ちは分からないでもないけどな……」


 大は小を兼ねるってわけじゃないが、面の多いダイスって一種のロマンだよな。

 ちょっと分かる。

 24面ダイスの結果はまたいずれ。


 そのあと俺は宗源さんに電話を掛け、鴉城本家の屋敷へと向かった。

 鴉城深夜について説明するためだ。


 昨日の件、そして、彼女から読み取った記憶。

 朝輝と白夜にはこの2つを追体験してもらった。


 そうして伝えるべきことを伝えたうえで、2人の反応を待つ。

 

 深夜の仇として糾弾されることも覚悟の上だったが――しかし。


 朝輝と白夜がまず怒りを向けたのは、姉の苦しみに気づけなかった自分自身だった。


おしらせ


 いつもお読みいただきありがとうございます。

 しばらく本作は、(女の子をじっくりかわいく書きたいので)隔日更新にしようと思います。

 次回は7月12日(火)の予定。

 どうぞよろしくお願いします……。

 

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