第43話 感情を理由にして無茶な譲歩を迫る人っているよね
物言わぬ骸と化した鴉城深夜に近づく。
静玖に比べれば小ぶりな胸のやや左側に、玲於奈の刀が突き立てられていた。
「芳くん芳くん、現状は『やったか!?』とか『さすがの深夜もこれなら……』的な感じですよ」
刀を手放し、一仕事終えた表情で忠告してくる玲於奈。
「うっかり刀を抜くと復活するんでご注意ください。なんだかここだけ抜き出すと深夜がものすごいボスキャラに思えますね。わぁこわい」
「……もうちょっとマジメに説明してくれないか」
「分かりました。ではちょっと詳細かつ小難しく語りましょう」
俺のリクエストに頷き、玲於奈はコホンと咳払いする。
「深夜には自己再生の術式が組み込まれています。放っておくと30秒くらいで蘇るところなんですが、それをこの天才美少女剣士玲於奈ちゃんの術でもってインターチェンジしてるわけです」
「インターセプトだろ、それ」
「……?」
キョトンとした表情で首をかしげる玲於奈。
これ、素で間違えてたっぽいな。
「と、ともあれ妨害効果はあと10分くらいは持続します。ですのでネクロな性的嗜好を満たすならお早めにどうぞ。なんならお手伝いしますよ?」
「お前は俺を何だと思ってるんだ……」
思わずため息が漏れた。
俺は鴉城深夜の頭を掴む。
まあ確かに、これもある意味じゃ死姦じみた行為かもしれない。
精神干渉。
記憶を洗いざらい読み取って、オヤジたちの情報を集めるつもりだった。
「それじゃあ芳くんがお楽しみの間、私は失恋した友人でも慰めておきましょうか。ああ、慰めるといっても性的にではありませんからご安心を。静玖もあれでけっこう身持ちが固いところもありますし」
冗談めかした調子のまま、玲於奈は展望台のベンチへと向かう。
「へい静ぽん、世の中には星の数だけ男がいるといいますが、女性にも目を向ければチャンスは2倍という考え方もあったりなかったりするわけですご機嫌はわーゆー」
何やらろくでもないことを言っているような気もするが、まあ、どうせいつもの冗談だろう。
あっちは玲於奈に任せて、今は記憶の吸い出しに集中しよう。
それに。
今はちょっと、静玖のほうを見るのが気まずいんだ。
「――《記憶術式》・《汝が軌跡を我に示せ》」
* *
過去から順々に、鴉城深夜の人生を辿る。
深夜は鴉城家の暗部を司る者――“乱裁烏”として育てられた。
ただし「一般社会を知る」という目的もあり、学校にはきちんと通っていたようだ。
小学校、中学校と進み、高校へ。
ここでひとつの問題が起こる。
当時の日本では悪霊や妖怪が暴れ回っており、彼女もその対応に追われていたのだ。
学校は休みがちとなり、登校できても休み時間は寝てばかり。
それでも疲れが取れず、つい人当たりが悪くなってしまう。
いつしか深夜はクラスで孤立していた。
『うちのカレシがさー』
『またコクられちゃって、もー、ほんと困ってる感じ?』
楽しげにお喋りするクラスメイトを冷ややかに眺め、深夜は心のなかでひとりごちる。
恋だの愛だのくだらない。
所詮、そんなものは性欲をお上品に飾り付けただけじゃないか。
本質的な意味において貴様らは犬や猫と変わりない。
自分は違う。
自分は理性のある人間だ。
貴様らのように、容姿の整った男からチヤホヤされただけで股を開くようなバカとは違うんだ。
だから――
『深夜さん深夜さん。よかったらお昼ごはん、一緒に食べようよ』
『……キミ、誰だい』
『ひどいなあ、もうこれで13回目じゃないか。伊城木直樹だよ、伊城木直樹』
こんな馴れ馴れしい優男になんか、絶対に屈したりしない!
とモノローグしていたものの、深夜はわずか1週間で攻略されていた。
はえーよ!
早すぎだよ!
容姿の整った男からチヤホヤされてアレコレ許すどころか、ハーレムを受け入れちゃってるんですけどこの子。
『凡夫の恋人になるより、傑物の愛人のほうがマシ』ですってよ奥さん。
もうマインドハックを切り上げて、魂ごと消滅させてやろうかこんちくしょう。
そこから先はひたすらアレな日々が続くので省略。
とりあえず殺意しか沸かなかったと言っておく。
俺もタカシマヤの壁を殴りたい。
時間は流れ、2年後。
深夜は子供を身ごもってしまう。
父親はもちろん伊城木直樹。
彼女は思い悩んだ挙句、自分の死を偽装して鴉城家を出奔する。
その後は直樹から遠ざけられ、けれど彼に縋らねば精神の均衡を保つことができず――深夜はだんだん壊れていった。
彼女はうわごとのように繰り返す。
『子供なんて生まなければよかった』
『母親になんかなりたくなかった』
『少女のままでいたかった』
そして、ある冬の夕暮れ。
深夜は昏い瞳のまま、赤子の首に手をかける。
『おまえなんか生まれてこなければよかったのに』
何度も何度も呟きながら、娘の命を奪おうとした。
しかし。
『深夜、勿体ないことをしちゃいけないよ』
彼女の背後には、いつのまにか伊城木直樹の姿があった。
『僕はいま憑依について研究しているんだ。親子であれば適合率が高いという話もある。手伝ってくれるかな? うまくいけば、深夜とも昔みたいな関係に戻れるかもしれない』
直樹の声色は甘く、まるで蜜のよう。
『まずは小夜を15歳まで育ててくれ。ただし、精神面で徹底的に追い込むんだ。廃人にしないと憑依の時に抵抗されるからね。……いいかい?」
果たして深夜はそれに従った。
直接的な暴力を振るうことはなかったが、連日のように娘の人格を否定し、意思や自尊心を奪っていった。
その過程は凄惨だった、とだけ言っておく。
15年後。
憑依は成功した。
伊城木小夜の魂はバラバラに砕け散り、その肉体は深夜のものとなった。
にもかかわらず、相変わらず直樹との距離は遠い。
深夜は頭を抱える。
――実験はうまくいったのに、どうして。
――育てたくもない子供を10年以上も育てたんだ、報われないなんて間違ってる。
――なんでナオキはボクのほうを向いてくれないんだ。
そこに。
『ごめんごめん、前とはちょっと状況が変わってきたんだ。でも、これが成功すれば君のことを大事にできると思う』
再び、悪魔が甘言を並べ立てる。
『やってもらいたいことはふたつだ。まずは神薙玲於奈の始末。僕を裏切る女性には制裁を加えないといけない。彼女はとても死ににくい身体だけど、対策は考えてある。やってくれるね?』
『もちろんだよ、任せておくれ』
満面の笑みで頷く深夜。
もともと玲於奈のことは気に食わなかったのだ。
ナオキのそばにいるくせに、ナオキになびかない。
おかしいだろう。
女性なら誰でもコロッといくはずだし、いくべきだ。
じゃないと、ボクが頭の悪い売女みたいじゃないか。
『それから僕の息子――伊城木芳人について調べてほしい。退魔師の業界じゃ50年に1人は天才ってのが出てくるけど、芳人はそういう次元を超えてる。できるだけ近くで情報を集めてもらえるかな』
『近くってことは、直接接触してもいいのかい?』
『ああ。僕から捨てられたことにして同情を買うといい。案外、色仕掛けなんかも効くかもしれないね』
さらに直樹は、深夜を煽り立てるようにこう告げる。
『ちなみに別の計画で、月も真姫奈も日本にいる。君も負けないように頑張ってくれ。僕も後で行くからさ』
かくして深夜は鴉城家に戻った。
朝輝派、白夜派、鷹栖派――三つ巴の情勢を利用し、玲於奈の始末と俺への接近を試みたわけだ。
あのポンコツ軍師ぶりだが、本人的には「俺を油断させるための演技」だったらしい。
うーん。
客観的に見ると素っぽいんだけどな。
記憶を眺め渡す限り、うっかりミスも結構多いし。
例えば――
1.玲於奈を《三障四魔境》に封じ込める。 (不死対策)
→状況判断を誤り、俺までも巻き込んでしまう。
→逆探知を食らい、自分自身も異界へと引きずり込まれる。
2.「朝輝派を助けてくれ」と頼み込んで、俺の戦闘能力を測る。
→別行動になった上、玲於奈に妨害されて失敗。
もしかしてコレ、「狂人の真似とて大路を走らば即ち狂人」的な案件か?
本人はあくまでポンコツのふりをしてるつもりだけど実際ポンコツ、みたいな。
ともあれ、引き出せる情報はぜんぶ引き出せたかな。
結局のところオヤジが何をしたいのかは分からなかったが、ま、いいさ。
今は日本にいるみたいだし、捕まえて吐かせれば万事解決だ。
そう心に決めて《記憶術式》を終えようとする直前。
『やあ芳人。このメッセージを聞いているということは、深夜が何かヘマをやらかしたんだろうね』
オヤジがこちらに語り掛けてきた。
念話の録音みたいなものだろうか。
一方的に声が響く。
『いま君は彼女にマインドハックをかけようとしているところじゃないかな。けれど残念、ここで遮断させてもらうよ』
オヤジは深夜に何かしら術を仕掛けていたらしく、記憶へのアクセスが遮断され……………………るかと思ったら別にそんなことはなかった。
あれ?
羽虫が肌をかすめたような感覚がして、それっきり。
なんだそりゃ。
『この術式は深夜に精神干渉がなされてから3分で発動するようになっている』
つまり俺があと1秒ほど早く《記憶術式》を切り上げていたら、メッセージそのものを聞き逃していたわけか。
『参考として教えておくけれど、僕は記憶に関する魔法が得意でね。いちおう人類最高峰のつもりだよ。本気を出せば3分で深夜の人生すべてを読み取れる』
さすがですね。
知りませんでした。
すごいと思います。
精一杯やって、
その程度ですか。
以上、上司との会話で使える「さしすせそ」でした。
最後の二つを使うとクビになります。
とりあえず人類最高峰が安いことはわかった。
『そういうわけだから実力差と言うものを理解してくれ、僕に関わろうとしないことだ。さもないと君はすべてを失うことになる。吉良沢家の人も、周囲にいる女の子も』
きっとオヤジは記憶操作にものすごく自信があるのだろう。
それを前面に出して俺を脅そうとしているわけか。
『そうそう、鴉城深夜は失敗作でね。
本人は自覚していないけれど、小夜の身体を奪った時、魂に「ヒビ」が入ったみたいなんだ。
おかげで前より依存ぽいというか、ぶっちゃけウザいんだよね。
作戦失敗の罰ゲームってことで、僕らの神に捧げようと思うんだ』
……っ!?
俺は咄嗟に《記憶術式》を切断していた。
意識を現実に引き戻し、後ろへと飛び退く。
魔法陣が現れた。
鴉城深夜が倒れている場所だ。
その文様はまるで古時計の内部構造。
いくつもの歯車がギチギチと噛み合いながら回転を続けている。
「《解析術式》・《汝の正体を明らかにせよ》」
すぐに分析を始めるものの、結果はエラー。
完全に未知の術式だ。今すぐの《解呪》は無理だろう。せめて15分は欲しい。
――ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴン……!
低い、唸るような音。
魔法陣はゆっくりと浮かび上がると、その軸を深夜の身体に合わせた。
歯車の回転数が増していく。
いったい何が起こるのかと思っていると、あたりに血飛沫と肉片が飛んだ。
「なっ……!?」
信じられない事態だった。
それは二次元から三次元への干渉。
ただの図形にすぎないはずの歯車が、まるでミキサーのように深夜の身体を削っていた。
手足がひしゃげて千切れ、あたりに血飛沫と肉片が飛び散る。
その激痛はどれほどのものか。
並大抵の人間ならば1秒といえど耐えられないだろう。
だが、深夜の肉体はいまだ死んだままだ。
玲於奈に蘇生を止められている。
ゆえに音としての悲鳴は上がらない。
『――――――ッ! ――――――――ッ! ―――――――――ッッ!』
代わりに、深夜の魂が絶叫していた。
苦悶にのたうち回り、死の恐怖に怯えている。
――助けてくれ! 助けてくれ! どうしてボクが殺されなきゃいけないんだ!
深夜の思念が届く。
俺はさっき《記憶術式》を終えたばかりだ。
まだ精神のリンクが残っているのだろう。
――何も悪いことはしてないじゃないか!
――子供を殺した? だからなんだ!?
――ボクが重ねてきた苦労に比べれば、それくらい許されて当然じゃないか!
彼女は叫ぶ。
自分は間違ってなどいない、と。
けれど徐々にその声は弱まっていく。
深夜の肉体はすでに上半身を残すのみであり、魂は崩壊寸前まで追い込まれていた。
放っておけばいずれ死を迎えるだろう。
どうする?
今までの経緯を考えれば歩み寄りの余地はあるまい。
だったらこのまま傍観するか?
否だ。
これじゃ、勝負を横からオヤジに掻っ攫われたみたいで気に食わない。
俺は鴉城深夜を倒すべきと考えた。
その判断に対して責任を持ちたいと思う。
自己満足と言われればそれまでなんだが、こればっかりは譲れない。
だから。
「――《火炎術式》・《我が炎は浄華灼滅の葬送である》」
右手を伸ばす。
掌に魔力が収束し、業火となってはじけた。
最大出力の《浄華灼滅》が歯車の魔法陣ごとすべてを蒸発させる。
後には灰も残らない。
ぶすぶすと焦げた音を立てる地面には、ただ、俺の影だけが長く伸びていた。
今後の予告
・結局、前世芳人と深夜の関係は?
・オヤジは5歳編の終わりまで生き残れるのか?
・静玖はトーナメントでどんな結果を残すのか?
2日ほど休んでだいたい方向性が決まったので、上記3点を前フリしておきます。
以下余談。
まずありえない話ですが、小夜が普通に育ってて、なおかつ芳人と同居してた場合、
「芳人くん人生2週目なの!? でもお姉ちゃんはお姉ちゃんだから甘えてね!」
「芳人くんのためだったら何でもするよ! だってお姉ちゃんだもん!」
「18歳モードなら血が繋がってないし結婚できるね!」
元気いっぱいのダメ弟製造機と化してました。
だが現実。




