第42-1話 相鳥静玖はあなたのことをあいしています
あまりに長くなったので3分割(の予定)
時間つぶしで京都市街の地図をgoogle mapで参照するといいかも
十字路の信号が変わるのを待つ。
「……」
「……」
助けてください。
誰か助けてください。
女の子とふたりで遊びに行くときって、どんな会話をしたらいいんでしょうか。
いつもと違う姿の静玖を前に、ドキがムネムネして声がうまく出せない。
間違えた。
胸がドキドキだ。
ドキムネって略すと武将っぽいよな。
北条ドキムネ。
モンゴルの侵略を退けたりする。
それは時宗です。
現実逃避してごめんなさい。
遥かな鎌倉時代に思いを馳せるうち、歩行者信号が青に変わる。
「い、行きましょう。芳人さま」
ぎこちない動きで歩き出す静玖。
あの。
左手と左足が同時に出てますよ?
「ひゃっ、わっ、きゃっ!?」
うっかり足をもつれさせる静玖。
身体はグラリと傾き、そのままこちらに倒れ掛かってきて――
「おっ、と」
「ご、ごごご、ごめんなさいっ、芳人さま!」
俺の左腕を掴み、何とか転ばないよう踏みとどまった。
その拍子にふよんとした感触が、二の腕のあたりに押し付けられる。
当たってるとか当ててんのよとかそういう次元じゃない。
おしくらまんじゅう胸まんじゅうですよ奥さん。
なんかもう時よ止まれお前はやわらかいというか、永遠にこの感覚に浸っていたい気持ちなんだが、ここはすでに横断歩道の途中。
後ろを振り返ると、さっきの少年に加えて四人の男たちがリズムよくタカシマヤの壁を殴っていた。
戻ったらボコられそうで怖い。
このまま横断歩道を渡り切ることにする。
なんなの、京都って壁ボクサー多いの?
「よ、芳人さま、手、あったかいですね……」
静玖は俺の左腕に掴まったままだった。
距離が近い。
密着状態だ。
鼻腔をくすぐるのは、甘い石鹸の香り。
すんすんと嗅いでみたくなるが、さすがに実行するとドン引き案件だろう。
「すん、すん……」
待て、冤罪だ。
俺はやっていない。
そーっと視線を左斜め下に向けると、静玖が俺の腕に頬擦りしていた。
やたら幸せそうな表情。
眺めていると、目が合った。
「ご、ごめんなさい。芳人さまがいい匂いだから、つい……」
「ど、どういたしまして……」
急募、意見。
初デートで相手の子がものすごく嬉しそうに匂いを嗅いできたんですが、どう反応するのがベストなんでしょう。
もはや事前に考えてきた雑談ネタなんて頭から吹っ飛んでいた。
「芳人さま、芳人さま、ここから下に降りれるみたいですよ」
やがて俺たちは橋の袂に辿り着いた。
見覚えのある風景。
昨日《三障四魔境》で見た場所であり、今日のデートの第一目的地。
鴨川だ。
川の両側には、虚ろな目をした鬼……ではなく、カップルや親子連れが一定間隔で座っている。
階段を下り、河川敷へ。
「川だな……」
「川ですね……」
水が流れていく。
なんかもっとこう、気の利いたことを言えないのか俺。
えーと。
ええっと。
そうだ。
「古典に『方丈記』ってあるよな。ほら、鎌倉時代の」
ふう。
さっき鎌倉時代のことを考えておいて正解だったぜ。そうじゃなきゃ即死だった。
「冒頭の『ゆく川の流れは絶えずして』の『川』って鴨川らしいな」
でもこれ、どう話題を広げりゃいいんだ。
「えっと……」
ほらみろ、静玖だって反応に困ってるぞ。
「す、すごいですっ! 博識ですねっ!」
「そうだろっ!」
気を遣ってくれたのが痛いほど伝わってくる。
テンションが空回りして空中分解。
ほんともうヘルプミー。
2日前、静玖をお姫様抱っこしていた自分が信じられない。
あの時はまだ静玖のことを異性として強く意識していなかったからだろう。
中二病のイロモノキャラという認識が先にあった。
今は違う。
白いブラウスにハイウェストのコルセットスカート。
いかにも「女の子」らしい姿を前に、どう接していいか分からなかった。
もういっそ退魔師でも襲ってこないだろうか。
朝輝派でも白夜派でも構わない。
バトル展開になれば気持ちも切り替わるし、むしろクールに振る舞えると思うんだが。
「あの、ちょっといいですか」
キョロキョロ、とあたりを見回す静玖。
人通りがないことを確認すると、くい、と俺の手を引いて橋の下へと向かった。
日陰になっていて、かなり暗い。
えっ、えっ?
これからいったい何が始まるんです?
「芳人さま」
静玖は俺の左手を握ったまま、正面に出た。
くりっとした瞳でこちらを見上げてくる。
「もしかして、緊張してます?」
「……ああ」
変に強がってもバレバレだろうし、素直に認めることにする。
「女の子とデートするのなんて、初めてなんだ」
「えっ?」
「……意外か?」
「ご、ごめんなさい。芳人さまってもっとこう、いろいろ慣れてるイメージだったから……」
すみません慣れてる雰囲気を漂わせてるだけのヘタレです。
例えるなら童貞界の処女ビッチ。性別の定義が乱れる。
「わたしも、初めてなんです。それで、ええと」
すぅ、と深く息を吸う静玖。
それから再び人目がないことを確認して、
「んっ……」
左手を強く引かれたかと思うと、掌にたっぷりとした感触が広がった。
構図としては、静玖の胸を鷲掴みにする感じ。
フリーズ、フリーズ静玖さん。
もしかして【夜よ来たれ】を発動させてたりしませんよね。
【鑑定】を使う。
状態異常なし。
つまり正気。
マジかよ。
「へ、変な言い方になっちゃいますけど」
静玖の声は、少しばかり上擦っていた。
「わたし、もう、攻略済みですから。芳人さまにだったら、何をされても嬉しいんです。好感度が上がります。
だからその、リラックスして楽しんでくれたらいいなあ、って……」
恥ずかしさが限界に達したのだろうか、言葉はだんだん尻すぼみになっていく。
俺は深呼吸する。
頭の中でスイッチが切り替わる感覚。
まったく。
何をやってるんだよ、芳人。
女の子にここまで気を遣わせるなんて、男としてダメすぎだろ。
狼狽えてる場合じゃない。
よし。
決めた。
「静玖、ちょっと戻ろう」
「行きたいところ、あるんですか?」
「そういうわけじゃないんだが、デート初心者に鴨川はハードルが高すぎる。話題が見つからない」
「……実は、わたしも同じことを思ってました」
クスリと笑う静玖。
「とりあえず河原町の商店街でも歩こう。いろいろと店があるし、そのほうが楽しいだろ」
俺は静玖の手を取り、鴨川から離れる。
あのへんの地図はだいたい頭に入っている。
異世界に召喚される前は、何度か遊びに来てたしな。
あれから10年以上経っちゃいるものの、店の位置はそんなに変わってないだろう。たぶん。
ちなみに途中でタカシマヤの前を通ったが、10人くらいが連れ立って壁を殴っていた。
現代日本こわい。
* *
そこから先はわりと順調だった。
まずは河原町の○PAへ。
女の子だし服を見たがるかなーと思ったら、エレベーターで9階のタワレコに直行。
「静玖はどんなの聴くんだ?」
「えっと、ゲームのサントラとか、あとはテクノっぽいのを少し……」
そう言いながら静玖が向かったのはJ-POPのコーナー。
手に取ったのは、やたらと『ベルセル○』に縁の深い人のCD。
俺や静玖みたいなのにとって、ある意味で御用達だよな。
ヒラサ○師匠。
○沢唯じゃない人。
知らない人は検索&試聴をどうぞ。
歌詞がわりと詠唱っぽい。
それからエスカレーターで下に降りてみれば、
「へえ、こんなところにブックオ○なんてあったんだな」
「7、8年くらい前に移転してきたみたいです」
つまり俺が異世界に召喚された後ってことか。
時の流れを感じる。
本棚のあいだを歩いていると、ふと、気になるものを見つけた。
あれ?
SA○って、web小説じゃなかったっけ。
なんかラノベの棚に並んでるけどどうなってんのこれ。
思わず手に取っていた。
へえ。
最近はweb小説も紙媒体で売られたりするんだな。
「芳人さまも、そういうのを読まれるんですか?」
静玖の口調は、ちょっとだけ嬉しそうな、親近感を滲ませたものだった。
「まあ、それなりに」
とはいえ俺の場合、電車の中でちょくちょく読んでいた程度だ。
ガッチガチの二次元趣味として誇れるほどじゃない。
深夜アニメだってほとんど見てなかったしな。
当時、夜10時くらいにやっていた『こみ○』とか『D.○.』くらいだ。
後者のシリーズが続いているのは正直ビビる。
○PAを出たら、そのまま三条方面へ北上。
途中で左に曲がって寺町通りへ入ろうとして。
「――――」
チラリチラリ。
静玖の様子が落ち着かないと思ったら、どうやら少し先にあるクレープ屋が気になるらしい。
「……食べるか?」
「どうして分かったんですか?」
「顔に出まくってる。ほら、いくらでも買っていいぞ。俺のおごりだ」
実際は時田さんから借りたお金なんだが、まあ、そこは言わぬが華ということで。
何味にするかな。
京都に来ると意味もなく宇治抹茶系を選んでしまう症候群。
静玖はイチゴ入りのクリームたっぷり。
俺は抹茶白玉入りのクレープにした。
「あむ……」
口を小さく開いて、かぷ、とクレープにかじりつく静玖。
なんだか小動物的な可愛さがある。
俺も食うか。
もぐ……ぐっ、ゴホッ! ゴホッ!
やばい、白玉が喉に詰まった!
「だ、大丈夫ですか、芳人さま!?」
く、《時間術式》……《汝の時は逆巻きに流れる》……!
魔法が発動し、白玉団子が喉から口に戻る。
人はこれを魔力の無駄遣いという。
「死ぬかと思った……」
「無事でよかったです……。わたしのと、交換します?」
静玖は食べかけのイチゴクレープを差し出してくる。
「いいのか? 間接キスに――」
「も、問題ないです! それが目的ですから!」
はい?
俺が戸惑っている間に、サッとクレープが入れ替わる。
「この抹茶おいし……ゴホッ! ゴホッ! ううっ!」
「し、静玖!」
この白玉、呪われてるんじゃないか!?
《時間術式》!
……俺たちは命の危機を乗り越え、無事にクレープを食べ終える。
次に向かったのはアーケード街。
服やら何やらを見て回り、ついでに、静玖が二次元系の店に行きたそうだったから付き合うことに。
「15年もすれば店の場所も結構変わるんだな……」
アニメイ○もゲーマー○もメ○ンブックスも、みんな俺の知らないところに移転していた。
時の流れを感じずにいられない。
――そうして二人で過ごすうち、時計は17時を回っていた。
「今日はありがとうございました、芳人さま」
ぺこり、と頭を下げる静玖。
「でも、あと少しだけ付き合って頂けませんか?」
俺が頷くと、静玖は道行くタクシーを呼び止める。
デート、タクシー、車で行くところ。
もしかして。
次は13時前後に投稿する予定




