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第41話 童貞を殺す服に殺されるような青春を送りたかった

前回分に「交渉では18歳時の姿になっている」という記述を足しております。

「姉さんだめ可愛いよ姉さん。家を出たあとヒマラヤの奥地で修行しておいて、若返りの術しか身につかなかったあたりがもう最高だよ」


 ……途中、朝輝(あさてる)が何度もとシスコンを発症しまくったものの、それを除けば有意義な話し合いだった。


 事件の全体像を整理しよう。

 

 退魔師業界は朝輝・白夜・鷹栖の三つ巴で、朝輝派は鷹栖派に分家の娘である静玖を嫁に差し出そうとした。

 ……と見せかけつつ、裏で色々な策謀が動いていたらしい。


 鷹栖派は「相鳥静玖を拉致し、白夜派が(さら)ったことにして朝輝派と争わせる」という絵図を書いていた。

 これを察知した朝輝派はあえて阻止に動かず、証拠を押さえたうえで鷹栖派を叩く口実を作ろうとした。


 おいおい『朝輝派=協調路線』って話はどこにいったんだ。

 朝輝曰く「喉元まで近づいてから徹底的に叩くつもりだった」とのこと。

 本来ならばこの通りに事が進むはずだったのだろう。

 けれど予期せぬイレギュラーが現れた。


 黒騎士。

 つまりは俺だ。

 

「鷹栖派が誘拐に失敗する可能性は考慮していた」


 と、朝輝は言う。


「だからこそ姉さんに《三障四魔境》の使用権を預けた。もしもの場合、相鳥静玖をそこへ閉じ込めるために。……だが、よもや脱出されてしまうとはな。いったい貴殿は何者なのだ」


 ただの黒鎧コスプレイヤーです。

 ともあれ、結果として俺は朝輝派のもくろみを潰したわけだ。


 一方、白夜派のほうはというと、

 

「鷹栖もクソ兄貴もゴチャゴチャ細けえんだよ。気に食わねえヤツがいるならぶちのめす。それだけでいいだろ」


 派閥の長としてはちょっと短慮すぎるだろうが、個人的には嫌いじゃない。

 俺が今回やったことも要するに『気に食わないからぶちのめした』の一言でまとめれるしな。


 ああ、そうそう。

 実際のところ、鴉城深夜はあんまり働いてなかったりする。

 本人は「三大派閥を手玉に取った」と自慢げだったが、実際に策を練っていたのは他の連中とか。

 深夜がやったことといえば、玲於奈を協力者として引っ張ってきたことくらい。

 ……結果から見るとマイナスにしかなっていない気もする。


「姉さんの名誉のために言わせてもらうが、術者としては優秀なのだ」


 朝輝はそんな風にフォローする。


「《三障四魔境》を扱えるのは、当代では私と白夜、それから姉さんの三名のみだからな」


 あ、術式を書き換えたんで俺も使えます。

 静玖の魔法でぶちこわした街並みも修復しておきました。


「……なんだと?」


 目を丸くする朝輝を前に、俺は《三障四魔境》を発動させる。

 畳敷きの部屋が消えてニセモノの京都が現れた。

 場所は鴨川の河川敷。

 川の左右には、一定間隔をおいて三角座りをする鬼たちの姿。

 うつろな目で水の流れを見つめている。


「馬鹿な……!」


 絶句する朝輝。

 逆に、その弟である白夜の反応はというと――


「ははっ、はははははっ、マジかよ! 愉快すぎだろ! 鴉城家一千年の神秘ってのも、案外と大したことなかったんだなァ、おい!」

  

 気が触れたんじゃないかと心配になるほどの爆笑ぶり。

 

「阿修羅を持ってかれた時もビビったが、こいつはド級だ。超ド級だ。おうボウズ、気に入ったぜ」


 隣にやってくると、いきなり白夜が肩を組んでくる。

 リア充特有の馴れ馴れしさというヤツだろうか。

 こういうのはちょっと苦手だ。


「うちの娘があと10年早く生まれてりゃ、嫁に出してもよかったんだがよ。ま、仕方ねえか。それでボウズ、おまえの要求はなんだ? こっちは本土決戦に負けて完全占領されたようなもんだ、大概のことは通るぜ。なあクソ兄貴」

「……ああ。それに黎明を助けてもらった恩もある」


 黎明っていうと、ああ、大蜘蛛に捕まっていた女の子か。


「ただ、私と白夜の阿修羅は返していただけるとありがたい。あれは我々が手塩にかけて生み出した大切な式神なのだ」




 そうして話題は交渉へと入っていくわけだが、今回、俺のやったことを整理しておこう。


  ・鷹栖派による静玖誘拐を阻止した。

  ・朝輝派と白夜派の両陣営を武力制圧した。

  ・鴉城黎明を救出した。

  ・甲種式神“ヤツカハバキ”の奪取。

  ・乙種式神“阿修羅”2体の奪取。


 これにプラスして『両派閥の衝突による負傷者の手当て』なんかも行っている。

 

 以上6つでどれだけ有利な条件を引き出せるか。


 といっても、別に要求したいことはないんだけどな。

 まあせっかくの機会だし、静玖の婚約話の取り消しでも頼んでみようか。


 それを告げると、


「貴殿は、相鳥静玖に懸想しているのか?」


 朝輝はやけに真剣な表情で問いかけてきた。


「しかし困ったな。相鳥家は鴉城の傍流も傍流、貴殿のような実力者には釣り合うまい。ひとまず静玖嬢を本家の養子に取って、それから改めて祝言を――」

「いやいや兄貴、それは前のめりすぎだろ。ちょっと落ち着けや。……悪ぃなボウズ。クソ兄貴のやつ、ひとりで突っ走るところがあっからよ」


 嘆息する白夜。

 ホスト風の軽い見た目だが、案外と常識人なのかもしれない。

 ……シスコン度合いも朝輝よりマシだしな。


「つーかおまえ、ホントにイカしてんな。()()()()のために鴉城の本家で大暴れするとか、いや、うん、すげーわ。マンガの世界から出てきたんじゃねえのか、マジで」


 パンパンパン、と俺の背中を親しげに叩いてくる白夜。

 この男もこの男で、朝輝ほどじゃないが勘違いしているらしい。


 でも、まあ、当然か。


 ……俺は (綾乃に誘導されて) 京都まで静玖を追いかけ、(玲於奈を捕まえるつもりで動いていたら結果的に) 鷹栖派の魔の手を払いのけ、 (派閥アレルギーゆえに) 朝輝派と白夜派を叩き潰し、(せっかくの交渉だからと) 婚約破棄を要求した。


 ()の部分は俺しか知らない事情なわけで、そこを抜かして考えると、うん、これって静玖に恋愛感情を抱いているとしか思えない動きだよな。

 できれば誤解を正しておきたいところだったが、しかし、困ったことに変身のタイムリミットが迫っていた。


 静玖からの魔力供給はどうしたのかって?

 残念、そっちもスッカラカンだ。静玖は疲労困憊で眠りこけている。

 さすがにこれ以上搾り取るのは可哀想だし、今日はここで切り上げよう。


 残りの交渉は宗源さんに任せ、俺は席を立つことにした。

  

 鴉城の屋敷に泊まるという選択肢もあるが、そうなると五歳児の姿を見られるかもしれない。

 念には念を入れ、時田さんに頼んで旅館まで運んでもらうことにした。


 車の中で時間切れとなり、本来の姿へ。

 そのまま意識が途切れる。

 

 

 ちなみに宗源さんも時田さんも、俺の変身については綾乃から前もって説明されていたらしい。

 

  黒騎士:フィリスの《泥》を取り込んだことで手に入れた力。 

     普段よりずっと強い力を発揮できる。

  18歳の姿:正体 (5歳児)を隠すための変装。


 ま、嘘ではないな。

 前世の話が抜けてるのは、何か意図があってのことだろうか。





 翌日。

 目を覚ますと、俺は布団の中にいた。

 

「おはようございます……というには遅い時間ですが、おはようございます」


 広めの和室。

 そこには折り目正しいタキシード姿の時田さんが立っていた。

 和洋のギャップに、つい、クスリと笑ってしまう。


「おはようございます時田さん。もしかして、車から部屋まで運んでくれたんですか」

「はい。礼は必要ありませんぞ。真月家の執事として当然のことですので」

「いえいえ、ありがとうございます」


 俺は感謝の意を伝えつつ、この際なのでちょっとした疑問をぶつけてみることにした。


「すみません、変なことを訊いていいですか」

「ええ、なんなりと」

「時田さんは、俺や綾乃のことをどう思ってるんですか? ほら、5歳にしてはなんというか、その……」

「同い年の方々に比べればずいぶんと弁が立ちますし、我々大人が顔負けするほどの見識をお持ちですな。しかも魔法に堪能でいらっしゃる」

「そうなんですけど、こう、不自然に思ったりとかは」

「疑問がないといえば嘘になりましょう、ええ」


 部屋に備え付けの急須でお茶を煎れつつ、時田さんは答える。


「ですがわたくしめと宗源様は以前、お嬢様に命を救われております」

「命って……そんな大事件があったんですか」

「詳しくお話しすることはできませんが、その恩ゆえ、時田はお嬢様がたとえ何者であろうと最後までお仕えしようかと存じます。そして、お嬢様が信を置いてらっしゃる芳人様についても同じことでございます」

「……何者であろうと、ですか」


 もしかして時田さんは、綾乃の正体について知っているのだろうか。


「ええ。さ、お茶をどうぞ」


 促されるまま、湯呑に口をつける。

 お茶の葉は部屋に置いてあった安物にも関わらず、ほんわりとした香りが鼻腔をくすぐった。


「ときに芳人様、部屋の扉にこんなものが挟まっておりました」


 そう言って時田さんが差し出してきたのは花柄の便箋。

 まるっこい文字で、たくさんの数字が羅列してある。


『411338888881115511122222*22533 20003322221133333*222 1→119666*8800000 277522*9999111115』


 暗号、か。

 差出人はたぶん玲於奈だろう。

 昨夜、別行動を取るときにちょっとした頼みごとをしていたが、どうやらその通りに動いてくれているらしい。


 それにしても懐かしいタイプの暗号だ。

 もしヒマだったら「トグル入力変換」で検索するといいかもしれない。

 ガラケーにおける文字入力と言えば分かるだろうか。

 よくこんなの知ってるな、玲於奈。フリック入力世代だろうに。

 

 俺がうんうんと頷きながら感心していると。


「ラブレターとは羨ましい話です。……実際のところ、芳人様はどなたが本命なのですかな」

「ぶっ!」


 あまりにも思いがけない話題に、つい、吹いてしまった。

 飛び出したお茶が時田さんの顔に直撃しかけたものの、パパパパパッとタオルを広げてガードしていた。なんという執事スキル。


「わたくしめとしては綾乃お嬢様の幸せを願いたいところですが、こればかりはお互いの気持ち次第ですからな。この時田も若い時分にはあちこちで浮名を流し……おお、そうでしたそうでした。相鳥様からも言伝を預かっておりましてな。お聞きください」


 静玖から?

 別に念話(テレパス)で伝えればいいだろうに、どうしたというのだろう。


 曰く。

 それは要するに、デートの誘いだった。


 マジですか。





 * *





 

 交渉はどうなったのかと思い宗源さんに電話してみると、何やらややこしい話になっているらしく、俺の出る幕はないとのこと。


「ただ、もしかすると黒騎士に登場願う機会もあるかもしれん。すまんが京都にしばらく留まってくれんかのう」

「俺は構わないですけど、両親にはどう説明したらいいですか?」

「綾乃がおまえさんの替え玉を用意しておったし、問題はないじゃろう」


 いつの間にそんなものを作ったんだ、綾乃。

 ともあれ急いで帰らなくていいのはありがたい。

 ゆっくりと滞在を楽しませてもらおう。


 静玖との待ち合わせは京都四条のタカシマヤに14時。

 合流しだい魔力供給をするので、18歳の姿で来てほしいとのことだった。


 前世、何度か京都を訪れたことがある。

 おかげでさほど迷わずに済んだ。


 タカシマヤはちょうど十字路の一角に面していて、大勢の人がたむろしている。

 待ち合わせスポットのひとつなのだろう、みんなスマートフォンをいじりつつ、キョロキョロとあたりを見回している。

 俺が到着したのは13時45分。

 まだ静玖の姿はない。


 ――よいですかな芳人様。男子たるもの、あまりソワソワするべきではありません。


 若いころはプレイボーイだった (本人談) 時田さんのアドバイスを思い出す。


 ――待ち合わせの場所全体を睥睨(へいげい)できるポイントを見つけ、そこでドンと構えて待つのです。

 ――もし余裕があるなら周囲に目を配り、デートの話題になるようなものを探してみてはいかがでしょう。


 話題、か。

 そもそもデートって何を話せばいいんだ。

 これ、人生初のまっとうなデートだからな。

 正直なところ魔王城に乗り込んだとき以上にドキドキしている。


 何かやらかして、静玖に幻滅されてしまったらどうしようか。

 やばい。

 なんか鼓動がやたら早くなってきた。

 動揺して視線をさまよわせると、ちょうど、すぐ近くに立っていた少年と目があった。

 手には募金箱を持っている。捨て猫の保護がどうのこうの、そんなボランティア活動の一環らしい。


「ご協力お願いしまーす!」


 少年は俺を見つめながら声をかけてくる。

 すっげえ断りにくい。

 ……くっ。

 俺の負けだ。

 財布を取り出し、100円を入れた。

 ちなみにお金は時田さんから借りている。

 そこ、情けないとか言わないように。

 実年齢は幼稚園児なんだから許してくれ。


「ありがとうございまーす!」


 気持ちのいい大声を張り上げて、少年はぺこりと頭を下げた。

 

「それじゃあ、わたしも」


 すっと左から細い手が伸びて。100円玉を募金箱に加える。


「お待たせしました、芳人さま」


 聞き覚えのある声。

 隣を見れば、ええと、


「静、玖……?」

「はい、あなたの静玖です」


 俺は数秒、言葉を失った。

 静玖といえば包帯にロングコートなんだが、今日は、まったく異なる装いだった。


 上は首元に細いリボンをあしらった白いブラウス、下はワインレッドのコルセットスカート。

 キュッと締まった腰つきと、その上の豊かな胸のふくらみが十二分に強調されていた。

 童貞を殺す服だっけか。

 そんな風に呼ばれているアレだ。

 ちなみに俺は童貞なので効果がばつぐんです。

 正直、目のやり場に困る。


「ど、どうでしょう……。似合いますか?」


 ちょっと恥ずかしそうに身を縮こまらせる静玖。

 左右から圧迫されて、胸がとても窮屈そうだ。

 ボタンがはじけ飛ぶんじゃないだろうか。


「いや、その、すごく、似合ってると、思う」


 しどろもどろになりながら答えると。


「あ、ありがとうございます……」


 かああっと静玖の顔は茹で上がっていた。


「コホン! コホン!」


 咳払いをしたのは、募金の少年。

 

「壁、壁はどこだ……」


 そんなことを呟きながら、ふらふらと離れていく。

 気持ちはわかるぞ。

 俺も前世、イチャついてるカップルを見て、よく壁を探したからな。

 昨日までの被害者が、今日には加害者になる。

 まことこの世は恐ろしい場所だ、うん。




壁殴り代行を探しています。

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