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第37話 校内で不純異性交遊を目撃すると異世界に召喚される

 玲於奈に殺されかけたことがよほど堪えたのだろう、鴉城(あじろ)深夜(みや)はすっかり大人しくなっていた。


「騙そうとしてほんとうにすみませんでした許してください、脱げというなら脱ぎますボクは貴方の卑しいイヌですはい……」

「分かった、分かったから靴は舐めなくていい」

「だったらボクは何を舐めればいいのかな……。ははっ、キミはナオキ以上の鬼畜だね。ああ思い出すよ高校の頃、誰もいない音楽室で――」


 勘弁してくれ。

 何が悲しくてオヤジとその愛人の情事を聞かにゃならんのだ。

 しかも高校かよ音楽室かよ羨ましすぎるぞコノヤロウ。

 ボクという楽器を奏でてくれとかそんな展開かよ爆発しろ。


 前世のトラウマに直撃だ。


 あれは高校三年生、晩秋のものさびしい夕暮れ。

 放課後に音楽室の前を通りかかったら、中でカップルがイチャついてたんだ。

 エロゲならモザイク待ったなしのR-18。

 ショックを受けた俺は茫然と下校し、やがてトラックに轢かれそうな女の子を助け、その直後に異世界へ召喚された。……くそう、嫌なことを思い出しちまったぜ。


「ご、ごめん。怒らせてしまったかな……?」


 俺はよほど険しい顔つきになっていたのだろう、怯えた調子で深夜が尋ねてくる。


「そういうわけじゃない」


 首を振って答える。


「とにかく、舐めるとか舐めないとかそういうのはナシだ、ナシ」


 まったく五歳児に向かって何を言っているのやら。ナニだけに。

 ぼくはじゅんすいなこどもだからなにもわかりません。


「本気で降参するなら、今から俺のやることに協力してくれ」

「……わかった。ボクも命は惜しいからね」

「確認なんだが、この異界から出た先は鴉城本家の屋敷なんだよな」

「ああ、神に誓って約束する。屋敷の地下、第三祭祀場に繋がってるはずだよ」

「で、そこには深夜の子分が待ち構えている、と」

「厳密には今代の“乱裁烏(アヤタチノカラス)”から貸りた人員だけどね」

「今代?」

「ボクはもう10年以上前に鴉城家を出奔している。いまは従弟の昼光(ちゅうこう)が暗部の長だよ」


 なるほど、あくまで深夜は“先代の乱裁烏(アヤタチノカラス)”ということか。

 って、おい。

 鴉城家、機密漏洩に対してガバガバすぎないか?

 暗部に関わってる人間が出奔したら、普通、どんな手を使ってでも抹殺するところだろう。

 いわゆる「抜け忍への制裁」的な感じで。

  

 昼光とやらが甘い性格なのか、あるいは、何か事情があるのか。


 ま、いずれにせよ俺にとっては好都合だ。

 鴉城深夜を人質として、鴉城本家に交渉を迫ってみよう。


 ちなみにいま鴉城本家は朝輝派と白夜派に割れてるわけだが、屋敷にいるのは朝輝派とのこと。

 オーケー、ちょうどいい。

 最低目標は俺たちの安全確保だが、可能なら、静玖の婚約話についても直談判したいところ。

 あれは元々、朝輝派が相鳥家に命じたことらしいしな。


 





 ほどなくして静玖が目を覚ました。

 

「えと、ですね……芳人、さん。さっきのことですけど、あれはあくまで暗示、暗示のせいですから……あは、はは……」


 かあああっと頬どころか耳や首まで真っ赤に染め、たどたどしく弁解する。

 【夜よ(Night)来たれ(fall)】が発動していた間のことを言っているのだろう。

 やたらインパクトだらけのアビリティだった。

 黒歴史ノートの内容が反映されたり、魔力が爆上げされたり、けれどそれ以上に、ムチを差し出しての「躾をしてください……」。

 俺が高校生だったらやばかった。

 たぶん暴発していただろう、いろいろと。


「何を恥ずかしがっているんですか静ぽん、どんなに倒錯してようが欲望は欲望、素直に認めたほうが人生楽しくなりますよ」


 煽るようにからかう玲於奈。


「ほら、気絶する前みたいに甘い声で『芳人さまぁ』って呼んだらいいじゃないですか。というか呼びましょう。さもないと私の剣が理不尽に唸って、静ぽんのお色気シーンを無駄に増やします。服も下着もズタズタな感じで」

「うう、でも……」


 何をやってるんだ、あの二人。


「――なんというか、キミはやっぱりナオキの子供なんだね」


 俺のすぐそばで、しみじみとため息をつく深夜。


「やめてくれ、俺のどこがオヤジに似てるっていうんだ」

「なんだか面倒くさそうな女の子が集まってくるところかな。誘蛾灯(ゆうがとう)属性というか、危険物処理場(ハーレム)体質というか。もちろんボクもその一人さ」

  

 おおう。

 自覚があったのか。

 意外すぎる。


「ボクは女性にしては弁が立つほうだからね。男性から好かれない性格なのはわかっているよ」


 前言撤回。

 まったく自覚してなかった。

 問題はそれじゃない。


「ナオキはボクを抱えきれなかった。キミはどうだろうね。望めばハーレムの末席にでも置いてくれるかな?」


 なんだか微妙に上から目線の評価だった。

 謹んであっちへ行ってください……というのが本音だが、ここで変に不興を買うのは得策じゃない。

 朝輝派との交渉を邪魔されても困るしな。

 うまい言い回しはないものか。

 そうだ。


「ハーレムの末席だなんて、自分を安売りしなくてもいいだろ」


 まずはこうやって持ち上げておいて、さらに、


 ――見た目はまだまだ若いんだし、普通に彼氏を捕まえれるよ!

 ――いけいけ頑張れただし俺はパス!


 みたいな言葉をかけようとした。

 けれど、こっちが言い終わるより先に、


「ふふ」


 深夜が、嬉しそうに頷いていた。


「安売りをするな、か。そんな言葉をかけてくれるってことは、少なくともキミの中じゃ、ボクにそこそこ高値がついてるってことかな。……ありがとう、嘘でも嬉しいよ」


 違う。

 違うのだけれど、深夜の顔を見ると、何も言えなくなってしまった。

 今にもどこかへ消えてしまいそうな、儚げな笑み。


「だったらいっそ、キミにとっての一番を狙うのも悪くないね」


 なんだか話がおかしな方向へと走り出している。

 早いこと軌道修正したほうがよさそうだ。

 そうして俺の口から転がり出てきた言葉は――


「ご、5歳児に本気になるとか、ちょっとどうかと思う……」


 我ながらびっくりするくらいのド正論だった。

 さすがに物言いとしてキツすぎるし、すぐに撤回しようと思った。

 けれど意外にも深夜の表情は穏やかで、


「それくらいは分かってるさ。けれどキミの雰囲気は5歳児のそれじゃない。もっと年上で、正直、同年代と話しているような感覚なんだ」


 親しげで、そしてなぜか懐かしげに言う。


「内面の釣り合いが取れているなら恋愛は成立するさ。それに、キミはどこか似てるんだよ。まるでボクの初こ――」


 俺は最後までその言葉を聞き取ることができなかった。

 と、いうのも。


「芳くん芳くん、静ぽんがやっと覚悟を決めましたよ。今後は親の前でも『さま』を付けてくれるそうですよ」

「えっと、それはちょっと……」


 玲於奈と静玖が話しかけてきたからだ。


「ほらレッツゴーです静ぽん、美しい主従関係はまず呼び名からですよ」

「あの、その……芳人、さま?」

「愛が足りない!」

「よ、芳人さま!」

「もう一度、もっと愛をこねて! そう、カラスのパンやさんのように!」


 また懐かしい絵本を出してきたな。

 『カラスのパンやさん』。

 あれのトランプ持ってたぞ、俺。

 

 ともあれ、このところ静玖から俺への呼び方は迷走しまくっていたが、どうやら最終的に「芳人さま」で落ち着きそうだ。

 年頃の女の子から「さま」付けとかゾクゾク来るものがあるんだが、喜んでばかりはいられない。


 気がかりなことが、ひとつ。

 

 静玖は俺のことを、どう思っているのだろう?

 好意を向けられているのは分かる。

 妄想ノートの中じゃ恋人になってたし。

 

 けれど、こっちはまだ五歳なわけで。

 5歳と15歳とか。

 カップルとしてはありえない年齢だ。

 

 このへんについて、静玖は考えたことがあるのだろうか。

 深夜みたいに自分なりの答えを持っているのか、持っていないのか。


 松来市へ戻るまでに、一度、訊いてみようと思う。

 



 * *




 俺たちはゆっくりと休息を取り、リフレッシュしてからニセ京都を出る。


「――《時間術式(クロックリィ)》・《漆黒の騎士は(今回ハ)彼方から(三分以上)此方に帰還する(動ケル予定)》」


 なお、このルビはフィクションじゃない。

 真実だ。

 理由はいくつかあるので、後のお楽しみということで。



 数秒にわたる浮遊感と、暗転。

 やがて確固とした床の感覚が戻ってきて、パッと視界が広がる。


 板張りの間だった。

 床には複雑な文様や、マントラめいた文字が描かれている。

 四方は荒縄で囲まれており、いかにも儀式場、といった雰囲気だ。


 ここが深夜の言っていた、第三祭祀場とやらなのだろう。


「……匂うな」

「嗅ぎますか? なんなら後でおにぎりを作りますが」


 玲於奈がなぜか右腕を高く掲げたがスルー。


「すん、すん……血の匂いかな、これは」


 真剣な顔つきでこちらを見上げてくる深夜。

 俺が頷き返したのと同じタイミングで


「白夜派だ! 白夜派の襲撃だぞ!」


 男の怒号が響いた。


「みんな聞いてくれ。ボクの推理が正しければ、屋敷はいま、白夜派の襲撃を受けている」

「推理も何も、聞こえてきた内容そのままじゃ……」

 

 静玖の遠慮がちなツッコミを無視し、深夜は妙に芝居がかった調子で頭を抱えた。


「まったく、白夜派もやってくれるじゃないか。――いやホントに勘弁してくれよ、土日は向こうもノンビリしたいだろうし大丈夫って宣言した矢先に襲撃とかボクの面目が丸潰れじゃないかうわあああああああああああああん!」


 自称軍師のメンタル崩壊が早すぎる件について。

 なんでこんなのを暗部のトップにしてたんだ鴉城家。

 それとも昔は凄かったのだろうか。


「……ヨシト」


 俺の名前を呼ぶと、深夜はその場に両膝をついた。

 正座だ。

 さらにそこから頭を床につけ、土下座。


「キミの強さは、玲於奈との戦いで十二分に見せてもらった。虫のいい話だと思っている。恥知らずと軽蔑してくれてもいい。どうか朝輝派のみんなを助けてくれないだろうか。ボクの力の及ぶ範囲なら、どんな要求だって応じよう。一生涯のあいだ奴隷扱いでも構わない。ボクのうっかりのせいで全滅なんてことになったら、もう、死んでも死にきれないんだ……」


 心底困り果てた様子で、懇願してくる。


 はてさて、どうするかな。


 基本的に派閥抗争なんてものは関わるべきじゃない。

 肩入れした方からは外様扱いで使い潰され、肩入れしなかった方からは恨まれる。

 前世の経験上、そんなのばっかりだ。


 とはいえ深夜の頼みを無下にするのも気が咎めるしな……。

 うーん。

 

 よし。

 いい方法を思いついたぞ。

 

 ヒント。

 コンピューターで悪魔を使役する系のゲームに(たと)えるなら、俺は(ニュートラル)属性だ。よく分からない場合は「メガテン・ニュートラル」で検索してくれ。



 全員昏倒させれば、とりあえず、被害は抑えれるよな。

 たぶん。

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