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第36話 ボクっ子の女子高生はたいていオタサーの姫に進化する

 このニセモノの京都――「三障四魔境」とやらは魔術的にかなり緻密なつくりになっていて、脱出不能の異界という謳い文句に嘘はなかった。

 厄介な相手をポイ捨てするにはピッタリだろう。

 

 鴉城深夜の間違いは、ひとつ。

 静玖の起こした大破壊に驚き、異界の中を覗き込んでしまったこと。


 ――深夜! きさま! 見ているなッ!


 石仮面でファッションセンスごと人間をやめた第三部のボスっぽいセリフを内心で叫びつつ、


「《侵食術式(ハックリィ)》・《汝もまた血と(深夜チャンも) 泥に(コッチ二)塗れよ(オイデヨ?)》」


 俺は逆探知の術式を発動させた。

 やっていることはマーニャやヘルベルトの時と同じだ。

 魔力の流れを辿り、相手へと干渉し――


 この異界の中へと引きずり込む。


「……びゃぁっ!?」


 俺の背より頭ふたつほど高い位置でグニョリと空間が歪み、そこから一人の女の子が落ちてくる。

 年の頃は17、8歳くらいだろうか。

 艶やかに背を流れ落ちる黒髪に瑞々しい肌のコントラスト。

 細い瞳はびっくりするほどきれいに澄んでいる。

 顔立ちは端正で、ツンとした印象を漂わせていた。


 誰これ。


 本当に鴉城深夜なのか?

 オヤジの愛人で、年齢はたしか30代のはず。

 お若く見えますね、ってレベルじゃない。


 ……もしかして、人違いをやらかしたか?

 

 確認のために【鑑定(どちら様ですか?)】を発動させる。




※分析が進んで情報が増えたよ (byアルカパ)


[名前] 鴉城(あじろ)深夜(みや)

[性別] 女

[種族] 中二病・???

[年齢] 34歳

[称号] 【天狗の仕業】【自称策士】【第八十八代“乱裁鳥(アヤタチノカラス)”】


[能力値]

 レベル96

  攻撃力  84 (-50)

  防御力  70 (-50)

  生命力  71 (-50)

  霊力   175 (-165)

  精神力  74 (-50)

  敏捷性  128 (-50) (-50)


[アビリティ]

 【鴉天狗】:

  鴉城家の暗部を担う者――“乱裁鳥”が纏う戦装束。

  先程の戦いによるダメージにより、その霊的加護をすべて失ってしまった。

  もはやただのコスプレ衣装。

  すごい目立つし、すごい重い。


 【迦楼羅天の加護】:

  現状、加護のすべてを傷の治癒に回している。

  おかげで瀕死状態は脱した。


 【乱裁鳥の矜持】:

  致命傷時の生存判定を強制的に成功させるアビリティだった (過去形)。

  使用回数を使い切ったので、次は死ぬ。

  残っているのはプライドくらい。


 【神算鬼謀たる策士の才】

  がある……と思っている。

  本来の適正は軍師なのに、家のせいで暗殺者に捻じ曲げられた (本人談)。

  戦国時代にタイムスリップしたら大活躍できると考えているが、

  信仰の域まで達していないのでステータス補正はない。


[スキル]

 【鴉城流陰陽術 Ⅷ→Ⅰ】

 【鴉城流陰陽術・裏 Ⅸ→Ⅰ】

 【ナオキ式異世界魔法(仮称) Ⅴ→Ⅰ】

 【気配遮断 Ⅸ→Ⅲ】

   その他不明


[状態異常]

  失恋:

   10年以上連れ添った相手に捨てられた。

   私の青春を返せ、いますぐ返せ。

   ……という気持ちもあったが、今はピンチ過ぎてそれどころではない。


  混乱:

   鷹栖派は使えないし、玲於奈は相変わらず意味不明。

   ナオキの息子まで出てきて、【乱裁鳥の加護】を消されちゃった。

   もうどうしたらいいの!?

   誰でもいいから助けて。何でもするから。


  霊力枯渇:

   瀕死の重傷から脱するため、ギリギリまで霊力を消費した。

   戦闘は不可能、置物状態。


  疲労困憊:

   ボロボロの身体を無理に動かしている。全能力にマイナス補正特大。

   もはや置物というかお荷物。  


 

 ほっ。

 よかった、彼女は間違いなく鴉城深夜だ。

 ステータス上の年齢は34歳、もはやアラサーとも言えなくなってきたお年頃。

 けれどやっぱり外見は、十代中頃の少女としか思えない。


 どうなっているのやらと思い、玲於奈の方に目を向けると、


「うわー、静ぽん、もう完全に勝負下着じゃないですか。黒ですよ黒。レースでヒモです。とりあえず記念撮影しておきましょうか」


 【夜よ(Night)来たれ(fall)】の効果ででタイトスカートになったままの静玖をひん剥いていた。

 何をやってるんだあいつは。

 脳内に選択肢が浮かぶ。


  1.そう、かんけいないね

  2.かわってくれ、たのむ!

  3.ころしてでも (ぱんつを) うばいとる


 2にすべきか3にすべきか……じゃなくて、1だ、1。


 そもそも敵をド真ん前にして何をやってんだ。

 油断しすぎだろ。

 いや、玲於奈のことだから不意打ちのための演技という可能性もあるのか?


 ……もういい、あんまり気にしないようにしよう。


「果たして変身が解けたとき、この下着は別のものに変わるのでしょうか。悩みは尽きません……」


 俺も玲於奈をどう扱っていいのか、悩みが尽きません。

 一周回って珍獣を飼っているような気分になってきた。

 先生、シリアスさんが息してません。


「……まさか、ボクを逆に異界へ引きずり込むなんてね。中々の実力じゃないか、褒めてあげるよ」


 ぱた、ぱた。

 外套の砂埃を祓うと、鴉城深夜はニッと不敵な笑みを浮かべた。


「とはいえボクを舐めないほうがいい。いつでもキミたちを皆殺しにできるだけの秘策を用意している。気付いているかどうか分からないけれど、今はお互い、喉元にナイフを突きつけ合っている状況なんだよ。ここで死にたくはないだろう? そちらが望むのなら交しょ――」


 よし、殺される前に殺そう。

 どうせ黒騎士に変身すれば《時間術式》で蘇生できるし、霊魂を直接痛めつけて情報を引き出す方法もある。

 死後まもない脳ミソなら情報を読み出せるしな。


「いやいやちょっと待ちたまえよ、キミはまだ5歳だから知らないかもしれないが、昔、冷戦という時代があってね、アメリカとソビエトが核兵器のさや当てをしていたんだ。どちらかが火蓋を切ればそのまま第三次世界大戦に突入して地球が核の炎に包まれると――」


 うるせえ。

 撃ち返される前に焼き尽くせば問題ない。

 

「いやホント落ち着いてくれたまえ、いや、落ち着いてくださいお願いします。ごめんなさい秘策とかないんですただのハッタリですから殺さないで何でもします靴でもお舐めしましょうかはい、命だけはどうかお助けくださいわあああああっー!」

 

 急転直下。

 鴉城は涙目になるなりその場に土下座していた。

 ぴたーんと、まるでコンクリートに叩きつけられたヒラメのような平たさだった。


「ほほーう、何でもする、と」


 俺ではなく、なぜか玲於奈が勝ち誇ったように言う。


「聞きましたよ、いま、しかと聞きましたよ。Yボタンで深く心に刻み込みましたよ」


 Yボタンで「おぼえる」。

 SFC(スーパーファミコン)版の『ドラクエ○』か。

 いや、数字を伏字にしたら分からないな。

 『ドラク○3』だ。ちなみにXボタンで「おぼえる」のは『○ラクエ6』。

 そういや静玖のやつも「きこえますか……きこえますか……」のセリフに反応してたし、もしかして十代のあいだで流行ってるのか、『ド○ラクエ3』。


「では手始めに、静ぽんと同じ目にあってもらいましょうか」


 俺が鴉城と話していたのはわずか数分のことだったが、その間に静玖は大変な目に遭っていた。

 燕尾服もタイトスカートも脱がされ、残ったのは白いブラウスだけ。

 下着は角度的に見えなかった。

 はいているのか、はいていないのか。


 だがそれ以上に目を引くのは、ブラウスの中で窮屈に押し込められた豊かな双丘。

 その大きさを強調するかのようにムチが縄代わりに巻きつけられ、持ち手(グリップ)は谷間へと差し込まれていた。


 ゴクリ。

 思わず生唾を呑んでしまう。

 まだ五歳児のおかげか性欲めいたものは薄いが、それでもこう、いろいろとクる。

 

 玲於奈のやつはソッチの道でも食っていけるんじゃないだろうか。

 才能に嫉妬せざるを得ない。


「ひぃぃぃごめんなさいごめんなさい調子に乗ってすみませんでした、すみませんでは済まないかもしれませんがとにかく許してフォーギブミー!」


 何度も何度も頭を下げる鴉城深夜。

 ステータスには「鴉城家の暗部を担う者」なんて書いてあったが、表に出すと鴉城家の威厳がダメになるという意味での「暗部」なんだろうか。


「ってレオナ、キミはどうしてさも当然のようにそっちにいるんだい!?」

「30代ボクっ子とか正直キツいですし……」


 それは俺も思った。

 もはやイタいを越えて痛々しい。


「み、見た目は10代じゃないか!」

「たとえに冷戦を持ってきたりするセンスがちょっと……」

「う、うわあああああああああああん!」


 ノックアウト。

 恥も外聞もなく大泣きしはじめる34歳。

 年の功というものがまったく感じられない。

 外見と一緒に精神年齢も落っこちたのか、それとも、素でこうなのか。

 

 なんていうか、さ。

 マーニャさんといい、アリアといい。

 オヤジのハーレムメンバーって、みんな性格的にアレすぎるだろ。


 残る二人、神薙真姫菜(まきな)伊城木(いしろぎ)(ゆえ)もこんな感じなのか。

 なんかちょっとオヤジに同情心が……湧かないな、うん。

 どんな形にせよイケメンは死すべし。

 


 

 * *




 鴉城深夜は精神的にもポッキリと折れてしまったらしく、ポツポツと今回の企みについて白状し始めた。


「どこから話せばいいかな? 悪いけれど、ナオキが何をしたがっているかまでは分からないよ。こっちはあくまで実働(暗殺)担当だったからね。ただ、一時期は『不老』と『不死』、それから『生まれ変わり』について研究していたみたいだ。ボクがピチピチギャルなのもそのおかげさ」


 やっぱりこの人、センスがものすごく昭和っぽい。

 身体のトシは誤魔化せても、心まではアンチエイジングできないということだろう。


「去年の春あたりからはみんなで南の島に居たんだけどね、秋ごろにいきなり、ボクを置いていなくなったんだよ。ナオキからは手紙が一通だけさ」


 ――『あとは好きにしろ』。


「十年以上も一緒にいた人間をポイ捨てだなんてひどいと思わないかい? だからひとつ、暗殺者とは異なるボクの才能をアピールして見返すつもりだったんだ」


 えーと。

 ここから先は、静玖とはまた違った意味で中二濃度がキツい会話になるんで、簡単に概略だけ説明しておこう。

 例えるならそう、劣化ブギーポッ○というか戯言遣○というか。

 ヘンな方向に意識の高いセリフの洪水だった、とだけ言っておく。

 曰く――


 ・鴉城深夜は自分を策略家と信じている。 (とくに根拠はない)

 ・自分こそが影で暗躍し、鷹栖家、鴉城家朝輝派 (穏健派)、 鴉城家白夜派 (過激派) を手玉に取って動かしていた (本人談)。

 ・最終的に朝輝派を一人勝ちさせ、深夜本人はそれを背後から操るつもりだったらしい。 (世の中そう上手くいくのか?)

 ・ついでに自分をフった男の息子――つまり俺への嫌がらせのため、静玖をこの三つ巴に巻き込んだ。 (これは完全に失策だろう)

 

「本当なら霊園で、相鳥静玖を誘拐するはずだったんだよ。なのにキミが出張ってくるわ、レオナが暴走するわ……まったく、軍略というものを理解しない人間はつくづく度し難いものだね」


 そういう人間の行動も先読みして動くのが策略家ってもんじゃないかなーと思わないでもないが、俺なんて所詮、殺しが上手いだけの脳筋だしな。

 勝手な意見で深夜を混乱させるのはよくないだろう、うん。


「とはいえこうなっては仕方ない。時として潔さというのも軍師には必要なものさ。伊城木芳人、キミの軍門に下ろうじゃないか」


 いらないです。

 なんだかものすごく面倒くさそうな性格なので、正直、リリースしたい。

 これが15、6歳くらいなら「危なっかしくて可愛い」で済むかもしれないが、34歳はなあ……。


 オヤジが鴉城深夜を切り捨てた理由が少し分かる気もする。


「さて、話すべきことは話したかな。それじゃあ外に出ようじゃないか。ボクをここに引きずり込んだ時、この異界には綻びができたようだからね。それを広げれば脱出も簡単だろうさ。ほらほら、ここでボンヤリしてたって何も始まらないだろう?」


 鴉城はやたらと俺を急かしてくる。

 せめて静玖の【夜よ来たれ】が解けて、意識を取り戻してからにしたいんだけどな。

 というか、何か怪しいぞ。


 ちらりと玲於奈のほうを見ると、


「分かりました、この件が片付いたら焼肉にいきましょう。ちなみに焼肉屋にいるカップルは高確率でそのあとホテルでご休憩するそうです。きっとタンパク質を豊富に摂取するせいでしょうね」

 

 まったくどうでもいいムダ知識を披露してきた。

 違う、俺が聞きたかったのはそんなことじゃない。


「ちなみにこの異界、大本の術式は鴉城本家の地下室にあります。脱出時はそこへワープすることになるかと。もしかしたら深夜の部下が待ち伏せしてるかもしれませんし、そうでなくとも、鴉城本家に足を踏み入れたとなれば大騒動になります。ここで十分に休息を取ってからでも遅くはないでしょう」


 おお。

 ナイス玲於奈。

 俺が聞きたかったのはそれなんだよ、それ。

 今だったらハイパー玲於奈ちゃんポイントを3点くらいもらってもいい。そのまま5点消費でデートという展開まである。


「えっ、ちょっ、れ、レオナ!?」


 なぜか血相を変えて動揺する鴉城。


「どうしてそれを明かしてしまうんだい!? まさか本気でボクを裏切るつもりなのか!?」

「本気も何も、私は芳くんの従者ですが」


 玲於奈は、赤い首輪を誇らしげに見せ付ける


「ま、待った、ストップ、ストップ。き、キミもナオキから捨てられた女の一人、思いはボクと同じはずだろう?」

「いや、別に私、あの男に興味はないので。ぶっちゃけ姉さんに連れられて一度挨拶しただけですし。芳くんに比べると路傍の石レベルですよ、アレ」

「……は?」

「っていうかもう小賢しくて鬱陶しいんで勘弁してください。私はこれから芳くんと静ぽんのラブコメ展開をエグゼクティブにプロデュースするお仕事があるんです。ところでエグゼクティブってなんです? アクティブの上位互換みたいなイメージなんですけど」


 と、言いながら。

 玲於奈はチリほどの殺気も漏らさず、そよ風ほどにも空気を揺らすことなく、鴉城深夜の眼前まで移動していて。


「そういうわけで、ちょっと動きますよ」


 腰の刀に、手をかけていた。

 そのままなら、1秒もせずに鴉城深夜の首は落ちていただろう。


「……玲於奈!」


 けれど、そうならなかった。

 俺は、刀の柄を握った玲於奈の手を、抜刀寸前で押しとどめていた。


「ひっ……」


 か細い悲鳴をあげ、鴉城がドサリと尻餅をついた。

 いきなりのことに腰を抜かしたのだろう。

 暗殺者らしからぬ体たらくだが、肉体的にも精神的にも追い詰められた状況となれば仕方のないことかもしれない。


「やはり、無力化した相手であれば敵でも助けてしまいますか。……イビツですね、芳くんは」


 玲於奈はなぜか嬉しそうに呟く。


「覚悟の不徹底と非難する者もいるかもしれませんが、少なくとも私はそういう甘さを嫌ってはいません、ええ。――それにこうすれば手を握ってくれると分かりました。芳くんと手を繋ぎたい時は人を斬ることにしましょう」

「お前は八百屋のお七さんか。言ってくれれば手くらい握るからやめてくれ」

「ふふん、言質は取りましたよ。Yボタンで覚えましたから忘れないでくださいね。……ああ、そうそう」


 そっと耳元に顔をよせ、小声でささやく玲於奈。


「世の中には『アメとムチ』なんて言葉があります。これで少しは深夜も扱いやすくなったでしょう。あとの説得はお任せしますよ?」


 後ろを振り返る。

 アスファルトの上にぺたんと座り込んだ深夜は、縋るような視線をこちらに向けていた。

鴉城深夜はヒロイン……ではないです、たぶん。

こういうタイプの女の子が好きな方は、作者の『狂犬は少女にとっての守護者である』をどうぞ。(ダイレクトマーケティング)

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