第34話 3人で喋ると、2人が盛り上がって1人は幽霊になる。
石畳、灯篭、立ち並ぶ木造建築。
それはいかにも「古都」といった雰囲気の風景だった。
「ま、観光客が思い描くような『京都らしい京都』なんてそんなになかったりしますけどね」
と、玲於奈は言う。
「見た感じ、このあたりは祇園でしょう。ちょっと歩けば貸し駐車場やマンションだらけの、ありふれた街並みに再会できますよ」
「……いきなり夢を壊す発言をありがとう」
観光地って、ちょっと中心部を離れるとだいたい似たような住宅街になるよな。
旅行気分を維持するには大通りを離れないことがコツだと思う。
「で、どこまで付いてくるつもりなんだ? このパーティは2人までだぞ」
「問題ありません。ここにいるのは芳くん1人と、盛りのついたメス犬2匹です。にゃんにゃん」
両腕を高く掲げ、片足をあげる玲於奈。
それは荒ぶる鷹のポーズではないだろうか。
うーん。
ほんとに自由というか、思考が不定形だよな。
脳味噌スライム系女子。
え?
マインドハックで真人間に戻せばいいんじゃないか、って?
それは俺も考えたし、さっき試しに実行してみた。
結果は失敗。
効かないというか、精神を弄ってもすぐ元通りになってしまうのだ。
まさにスライム。
なんでも「神薙の人間はそういうものに耐性があって、その中でも私はピカチュー」だとか。
……たぶんピカイチと言いたかったんだろう。
「私を連れていくとお得ですよ。家同士の付き合いで何度か京都に来たこともありますし、戦闘能力だってバリ3です」
おまえはいつの人間だ。
まだガラケーしかなかった頃の言葉だぞ、それ。
「ああ、別に裏切ったりはしませんのでご心配なく。さすがに二度も敗れれば納得もします。前回は遭遇戦、今回は互いに策を尽くした上での衝突。そのどちらでも勝利できなかった以上、何度繰り返しても同じ結果になるだけでしょうし」
「さっきのは横槍が入ったし、無効試合じゃないのか?」
「そういう言い訳はしたくないんですよ。私が負けと思ったから負け、以上、証明終了です」
妙なところで潔いな、こいつ。
「とはいえ、今までさんざん不意打ち騙し討ち福は内をやってきたわけですし、信用するのは難しいでしょう」
福は内ってなんだ。
むしろ玲於奈は「鬼は外」される側だろう。
「なので大サービス。今なら実質無料で玲於奈ちゃんと主従契約が結べちゃいます。行動に制約をかけるような魔法ってありますよね。そういうのを使ってもらっても大丈夫ですよ。抵抗しません」
「……実質無料ってのが怖いな」
スマートフォンなんかその代名詞だよな。
「一定期間買い換えなければ無料」→「早く新機種にしましょう」コンボで金を吸い取ったりするし。
「そりゃ食事代とか寝床とか、いろいろお世話してもらわないと困りますし」
「オヤジのところを追い出されたからって、俺に寄生するつもりか……?」
「むむ、どうやら芳くんは私のことを誤解しているようですね」
ちょっと拗ねたように口を曲げる玲於奈。
「私、あの集団のお世話にはなってませんよ? 誘拐事件までは神薙家で暮らしてましたし」
「その後はどうしてたんだ?」
「三ヶ月くらいチベットのほうで修行してたんですけど、帰ってみたらみんな南の方に逃げてたんですよね。真姫奈姉さんも、伊城木直樹って人も。追いかけるのも面倒なんで、そのまま海外をフラつきながら傭兵仕事をやってました。あ、別に売春とかはしてないんで安心してください。清い身体ですもる」
思い出したかのように語尾に余計なものをつける玲於奈もる。
うっかり忘れるようなキャラ付けならやめておいた方がいいと思うもる。
「で、最近になっていきなり鴉天狗さんが声をかけてきたんです。『ナオキから見放された者どうし仲良くしましょう』って。……あれ? 私もしかして去年の時点で切り捨てられてません?」
うん。
俺も同じことを思った。
むしろなぜ気付かない。
「でもってその鴉天狗さんにもポイ捨てされて異界送りなわけで……うわー、さすがの私も落ち込んできちゃいましたよコレ。責任取ってください、責任。お金ならありますよ。傭兵仕事の報酬がスイス銀行にたんまり貯まってます。でも引き出すのが面倒なんで養ってくれると嬉しいです」
「――末筆ながら貴殿におかれましては今後ますますご活躍されることをお祈り申し上げます」
いわゆる「お祈りメール」の文面をパクってみた。
「神殺しの神薙に祈るとか、もうわけわかりませんね」
わけがわからないのは玲於奈のほうだと思う。いろんな意味で。
「ともあれ仲良くしてくれると嬉しいです。――真面目な話、私って性格的にアレじゃないですか」
「自覚、あったのか……!?」
衝撃の事実だった。
「そのせいで人間関係がグラウンド・ゼロ、生きるのがつまらないと嘯くクールでアヒルな16歳なんです。グエッグエッ」
「ニヒルの間違いというか、もはやクールさの欠片もないぞそれ」
「ナイスツッコミ」
グッとサムズアップする玲於奈。
「これです、これ。私のテンションについてきてくれる上、全力で殺しにかかっても越えられない壁。そんな相手って、世界広しと言えど芳くんだけなんです。……あ、これ比喩じゃなくてマジの話ですよ。さっきも言いましたが、あっちこっち放浪して傭兵やってましたんで。CPRとは私の事です。えへん」
クレイジーだのサイコだのといったアダ名がつくあたり、きっとロクでもないことをしていたんだろう。
報酬を貰ったその場で依頼人を斬殺とか、わりと普通にやりそうだしな、うん。
「そういうわけで私としては、芳くんのおそばにおいてくれると嬉しいなー、と。……それに」
俺の耳元に唇を寄せる玲於奈。
「近くにいれば、いつでもさっきの続きができますよ?」
ふう、と息を吹きかけてくる。
くっ。
スタイルは流線形どころか直線形なのに、時々、妙に仕草が色っぽくて困る。
「いま、ちょっとアリかなと思いましたね?」
ふふん、と勝ち誇るように微笑む玲於奈。
「――その心の隙、いただきです」
* *
それはまったく殺気のない動きで、想定外のことでもあった。
油断していたと言えばそれまでなんだが、不覚にも玲於奈に出し抜かれてしまった。
「えい!」
玲於奈は俺の右手を取ると、その中指に指輪を (勝手に) 嵌めた。
台座には赤紫の宝石が控えめな光を放っている。
さらに。
「《誓約》」
小さく呟きながら自分自身の首にチョーカーを、いや違う、黒い革製の首輪を巻く。
正面となる位置には赤紫色の宝石。
指輪と同じものだ。
「ここに神薙玲於奈は貴方の従僕たることを (一方的に) 誓い、貴方の許可なく、貴方と貴方に近しい者を害さないと約束します。よかったら1週間に1回くらいチャンバラしてください。将来、エッチな気分になったらいろいろしましょう。他は……まあ、その時々の流れで」
指輪と首輪。
それぞれに取り付けられた宝石が、同時に、強く輝いた。
似たようなものを、前世、あちらの世界で見た覚えがある。
『主の指輪』と『従者の首輪』。
2つで1つのマジックアイテムだ。
首輪を嵌めた人間は、対となる指輪を持つ者に逆らえなくなる。
こっちの世界にもあったんだな、コレ。
というか、“従者”側から契約を結ぶのなんて初めて見たぞ。
「いやー、いつぞやの仕事の報酬で貰ったものですが、意外なところで役立ちましたね。押しかけ妻もとい押しかけ従者です。芳くんの実力なら契約破棄もカンタンでしょうが、その際は血みどろの全面戦争になりますので気を付けてください」
実際、玲於奈の言うとおりだった。
指輪も首輪もなかなかのマジックアイテムだが、俺にしてみれば、無効化するのはさほど難しくない。
とはいえ現状、暴れ馬がおとなしく馬小屋に入ってくれたようなものだし、それをわざわざ追い出すのも無益というものだろう。
むしろ契約を強化しとくか。
玲於奈の場合、よく分からない方法で首輪の力を打ち消したりしそうだしな。
「うんうん、その油断しない感じがいいですね。スーパー玲於奈ちゃんポイントを1点あげましょう。5点集めると、なんと……!」
「契約があるから襲いかかるのは無理だろ」
「いいえ襲います。性的に」
やめてくれ。
「ちなみにデート1回かチャンバラ1回でも代替できます」
まあ、犬の散歩みたいなものか。
「……という感じで私は玲於奈ちゃんエンドへのフラグを着々と立ててるんですが、静ぽん、生きてます?」
くるり、と後ろを振り返る玲於奈。
俺たち3人は並んで歩いていたはずだが、静玖は、いつの間にか遠慮がちに後ろへと下がっていた。
「えっ、あ、うん」
話しかけられると思っていなかったのだろう、キョドりながら返事する静玖。
「大丈夫か? どうせここからの脱出は長期戦になるだろうし、疲れたら遠慮なく言ってくれよ」
「い、いえっ、ホント平気です、ご主じ……芳人、くん」
いつもと違う呼び方。
明らかに静玖の様子がおかしい。
腰の引けた態度というか、距離を感じる。
「やっぱり同年代が一緒にいるとやりにくいですか」
玲於奈は、やれやれ、といった感じで肩を竦めた。
「そういえば芳くん、学校での静ぽんを見たことあります?」
俺は首を振った。
静玖もあんまり喋りたがらないし、よく分からないんだよな。
「私はおんなじ中学校に通ってましたが、まあ、なんというか別人ですよ。ロングコートも着てませんし、包帯だって巻いてません。眼鏡をかけて目立たない感じで、こう、2人組を作れなかったり、3人でいると2人と1人になってたり――」
ううっ。
胸が痛い。
3人が2人+1人になって、1人がこっそり消えてるんだろ。
謎の人体消失現象。
けれど2人はそれに気づかないまま喋り続けてるんだ。
怖くて残酷だよな、現代社会。
まあ実際のところその1人は、いたたまれなくて逃げ出しただけなんだけどな。
前世、こっちの世界にいたときの俺です。
コミュ障と呼ばないでください。
「『我が名は銀翼片羽の堕天使†シヅク!』ってのも、周囲に人がいないときだけの一発芸ですしね」
容赦なく暴露を続ける玲於奈。
「鳩羽さんとかあのへんの、年の離れた退魔師の前だと色々ハシャいだりするみたいですけど、私みたいな同年代がいると、途端に縮こまってしまうんですよ。……まったく、何を常識人ぶっているのやら」
はあ、とため息。
静玖はというと、今にも爆発しようなくらい真っ赤になってプルプルと震えていた。
ものすごい涙目だ。
ええっと……。
「め、眼鏡姿の静玖も、たぶん、可愛いだろうな、うん」
「わかりました……。こ、今度、お見せしますね……」
俯く静玖。
元気づけてフォローするつもりが、全然別の結果になっていた。
「芳くん芳くん、実は私も眼鏡ヒロインなんです」
なんだか幻聴が聞こえた気がする。
たぶん気のせいだろう。
「これが噂の放置プレイ……ビクンビクン」
自分で擬音を口にするのはやめたほうがいいと思う。
どこかのメイドさんみたいに婚期が遅れる。
と、いうか。
「玲於奈、もしかして静玖のことが嫌いなのか?」
「いえいえ、むしろ大好きですよ。芳くんの次くらいに愛してます。だからまあ、こう、中途半端に常識側に留まっているのがじれったく――おっと、着いたようですね」
どこにだ?
そもそも俺たちはどこに向けて歩いているのか。
京都を模した異界。
脱出の方法を探すため、ひとまず適当にブラついてみただけなんだが、
「実はこっそり鴨川の方に誘導していたんです。水遊びでスケスケなお色気展開をやろうかと思いまして」
けれど、そうはならなかった。
鴨川を知っているだろうか。
京都の東を流れる川で、「なぜかカップルが等間隔で座る現象」で有名なデートスポットだ。
その川のほとり。
等間隔に影があった。
筋骨隆々としたシルエット。
頭には雄々しい一本角。
鬼としか言いようのない怪物たちが、等間隔に三角座りして、生気のない目で川の流れを見つめていた。
なんだこの欝々とした空間は。
「こ、これは……!」
「知っているのか雷電、じゃなくて玲於奈」
「知りません」
もうやだこの子。
「嘘ですよ、ちゃんと知ってます。前に調べたんですけど《三障四魔境》って、術者がこれまで殺してきた相手の魂を閉じ込めておく場所でもあるそうです。つまりプライベートな地獄ですね」
ふむふむ。
「だから当然、あの鬼も鴉天狗もとい鴉城深夜に退治されたモノだと思います」
「負けたのがショックで落ち込んでる、ってことか」
「たぶんそうじゃないでしょうか」
頷きながら、玲於奈は大きく手を振った。
すると鬼たちもそれに気づいたのか、手を振り返してくる。
なんだかシュールで平和な光景だった。
あれ?
なんか続々と立ち上がって、こっちに近づいてくるような。
「困りましたね」
むう、と顔をしかめる玲於奈。
「どうやらあの鬼たち、鴉城深夜の支配下にあるようです」
「つまり?」
「私たちを殺すように命令されてるかもしれません」
それは厄介だな、というか。
「玲於奈が手を振らなかったら何も起こらなかったんじゃないか?」
「……」
なぜ目を逸らす。
「冗談です、冗談。どのみち鴉城深夜としては私たちを仕留めるつもりでしょうし、遅かれ早かれ戦闘になってましたよ。ああ、芳くんは何もしなくて結構です。ここはひとつ、私と静玖のダブル雌犬二人コンビで蹴散らして見せましょう」
ただし片方は狂犬だけどな。
保健所はどこだ。
お待たせしました。
もうすぐ静玖が覚醒しますよ。
章の終わりくらいに黒騎士のパワーアップもあるかも。




