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第33話 捨て美少女拾いますか? ノー/いいえ

 俺の父親、伊城木(いしろぎ)直樹(なおき)は生きている。

 飛行機事故で死んだように見せかけて、影で何かを企んでいる。


 一年前、綾乃が誘拐された事件を振り返ってみよう。

 本来ならそれはとてもシンプルな構図で、「フィリスに実力を示すため、ヘルベルトは邪神召喚の儀式を行った」というだけのことだった。


 けれどそこにオヤジが横槍を入れた。

 その結果としてフリーランスの退魔師が殺されかけたり、ヘルベルト自身が生贄に捧げられたり……やたら話が面倒になったわけだ。

 今回も同じ流れのような気がする。


 鷹栖派・朝輝派・白夜派。

 三つ巴の退魔師業界。

 その中で揺れ動く、静玖の婚約話。


 オヤジはこれに介入するため、玲於奈を鷹栖派に近づけたんじゃないだろうか。

 だとすれば、動いている駒がひとつとは限らない。

 玲於奈を助けるため、あるいは、玲於奈もろとも口封じを行うため、まだ見ぬ第二の駒が現れる可能性もある。


 だから備えを用意していた。

 静玖だ。

 俺と玲於奈が戦っているあいだ、静玖は何もしていなかったわけじゃない。


 周辺の警戒、そして、新手が出た場合の迎撃を頼んでいた。


 しかし。

 

「――《火炎術式(フレイムリィ)》・《我が炎は(トリアエズ)浄華灼滅の(殴リタオシテ)鉄槌である(大人シクサセヨウ)》」

  

 変身の限界時間まで20秒を切ったタイミング。

 俺が必殺の一撃を叩きこむ寸前、そいつは玲於奈の影からヌルリと現れた。


 鴉の羽根に包まれた外套に、天狗の面。

 静玖のロングコートも、鳩羽さんの着流しも、ついでにフリーランスの(ふんどし)一丁も霞むほどのインパクト(変態性)だった。

 鴉天狗。

 他に呼び方が思いつかない。

 そいつは手に持っていた刀を構えるなり、奇妙な詠唱を口にしていた。


「《加速術式(Accely)》・《汝は我が(Achilles) 鈍足に(and)追いつく(the)こと能わず(Tortoise)》」


 和風の格好(コスプレ)なのにカタカナ呪文というミスマッチもそうだが、なにより、術の構築が問題だった。

 俺の使っているものによく似ている。こちらの世界ではなく、異世界由来の魔法体系。

 やけに英語の発音がキレイなことに嫉妬を禁じ得ない……というのはさておき。


 鴉天狗の姿が、掻き消えた。

 一瞬のうちに距離を詰め、静玖へと斬りかかる。


「……きゃっ!?」


 あまりにも突然の奇襲。

 実戦経験が少ないせいだろうか、静玖はただ立ち竦むばかり。


「下がれ、静玖!」


 俺が間に合ったのは、幸運としか言いようがない。 

 鴉天狗と静玖のあいだに身を割り込ませ、本来なら玲於奈に放つはずだった《(パイル)華灼滅の鉄(バンカー的な)(アレ)》を発動させる。

 超高温の拳が、迫る刃を溶かしながら砕いた。


 ただし。

 それは鴉天狗の思惑通りの動きだったのだろう。


「……《(mūla)(mantr)》・《(oṃ kṣipa )(svāhā)(oṃ pakṣi )(svāhā)(āvarana)(-traya)(catovāro)( -mārāh)(vajra)》」


 一瞬の間隙を縫い、相手は本命となる術式を組み上げていた。


 * *



 

 魔力の流れから察するに、それはどうやら異空間に相手を引きずり込むもののようだった。

 この手の術を頓挫させるには、大きく分けてふたつの方法がある。


  1.《解呪(ディスペル)

  2.術者の気絶、あるいは死亡


 俺はあんまり《解呪》が得意じゃないので、迷わず二番目の方法を選択した。

 鴉天狗へ攻撃魔法を五発ほどぶち込みつつ、並行して【鑑定】を発動。

 

 結果は、こうだ。



  [名前] 鴉城(あじろ)深夜(みや)

  [性別] 女

  [種族] 不明

  [年齢] 34歳

  [称号] 【天狗の仕業】【第八十八代“乱裁鳥(アヤタチノカラス)”】


  [能力値]

   レベル96

    攻撃力  84(+30)(+30)

    防御力  70(+30)(-30)

    生命力  71

    霊力   175(+30)

    精神力  74(-20)(-10)

    敏捷性  128(+50)(+40)(+30)


  [アビリティ]

    【鴉天狗】:

      鴉城家の暗部を担う者――“乱裁鳥”が纏う戦装束。

      ハタから見ればただの不審者のはずだが、不思議と人目につかない。

      攻撃力・防御力・霊力・敏捷性が上昇。隠密判定にボーナス。

      なぜだ。


    【迦楼羅天の加護】:

      敏捷性が上昇。隠密判定・結界術形成に大きなボーナス。


    【乱裁鳥の矜持】:

      致命傷時の生存判定を強制的に成功させる。

      その際、負傷によるデメリットを無効化。

      一生に (だいたい) 三回まで。すでに二回消費。

      「あっ、いま三回目が消費されたよ」(by アルカパ)


 [スキル]

    【鴉城流陰陽術 Ⅷ】【鴉城流陰陽術・裏 Ⅸ】

    【ナオキ式異世界魔法(仮称) Ⅴ】【気配遮断 Ⅸ】

     その他不明


 [状態異常]

     失恋:

      10年以上連れ添った相手に捨てられた。

      私の青春を返せ、いますぐ返せ。

      攻撃力・敏捷性上昇、防御力・精神力低下。


     不安:

      自分の意思で動くのは久しぶりすぎて、ちょっと戸惑いぎみ。

      精神力低下。

     

     瀕死:

      本来なら死亡してもおかしくないほどの重症。

      【乱裁鳥の矜持】により無効化されている。

    


 鴉城深夜。

 知っている名前だ。

 オヤジの愛人の一人なんだが、ええと、状態異常のところがなんだか不穏だぞ。

 なんだこの「失恋」とか「不安」って。

 オヤジと破局して、独自行動を取ってるってことだろうか。

 他にも気になる点はあるが、ゆっくりと検討している余裕はなかった。


 【乱裁鳥の矜持】のせいで、俺は鴉城深夜を倒しきれていない。

 もう一回くらい攻撃魔法を食らわせておきたかったものの、タイムアップ。

 変身が解け、意識が遠ざかる。

 最後のあがきに《風霊術式(ウィンディ)》を暴発させてみたものの、さて、どれだけ効果があるものやら。

 少なくともフリーランスの連中は安全圏まで吹き飛ばせた、はず。





 ここで記憶が途切れ、そして。


「……ご主人さま! ご主人さま! 起きてください!」


 ゆさゆさ。

 ゆさゆさ。

 身体を揺すられている。

 背中が妙に固い。

 ごつごつとしていて、まるで、アスファルトの上で寝ているような心地だった。


「静にゃん、ここは私にいい考えがありますよ」


 聞こえてくるのは、静玖と玲於奈の声。


「男女の立場を入れ替えてみるのが最近の流行ですし、王子様に目覚めのキスなんてのはどうかなーと思ったり思わなかったり」

「キ、キ、キスって、そんな、いきなり……」

「おやおや、どうしたのですか静にゃん。さっきは『わたしもご主人さまに脱がされてみたいですー』なんて艶っぽい発言をしてましたが、やっぱり口だけでしたか。まあでも、口だけあればキスはできます。というわけで、いざレッツトライ」

「え、ええっと……」


 なんだこのラブコメ展開。

 意識ははっきりしてきたが、この後どうなるのかも気になる。

 薄く目を開けてみれば、照れた様子の静玖が見えた……が。


「――早い者勝ちですよ、こういうのは」


 俺の両頬に、細やかな指が添えられた。

 ぐっと迫ってくる気配は玲於奈のもの。

 甘い香りがして、ついつい瞼を開いてしまう。


 目が合った。

 ふふ、と。

 玲於奈はやけに大人びた表情で微笑む。

 桜色の唇が迫り――右耳に、やわらかく湿った感触。

 キス。

 そのまま、ゆっくりと耳朶を舐めあげられる。

 

「……っ、ぁ」


 思わず、変な息が漏れた。

 

「そういう可愛らしい声も出せるのですね」


 耳元で囁く玲於奈。

 鼓膜がとろけるような蠱惑的な響きだった。


「続きはまた今度にしましょう、ええ。次はじっくりと」


 玲於奈の身体が離れていく。

 それがひどく名残惜しく感じられた。


「わっ、あわわわわ……」


 静玖はというと、完全なパニックに陥っていた。

 俺も俺でわりと心臓が暴れ気味だったが、静玖の動揺ぶりを眺めているうち、多少は気分も落ち着いてきた。

 まあ、耳だしな。

 別にディープキスしたわけじゃないから……と思うものの、どうにも玲於奈の顔を直視できない。


「まったく、静にゃんはヘタレですね」


 玲於奈の嘆息が聞こえた。


「ここでハッタリのひとつでも演じてくれれば面白かったのですが、まあ、芳人の顔に免じて()()()しましょう」


 やけに「よしと」を強調してたが、ダジャレのつもりなのだろうか。

 

「滑りました。こうなったら切腹しかありません」


 玲於奈は思い切りよく刀を抜いた。

 いきなり俺の腹へと切り付けてくる。


「うわっ!?」

「さすがの瞬発力です。惚れ惚れしますね」

「いや、普通に危ないだろ……。というか自分の腹を切れよ」

「私は常識に縛られない女なので」


 ちょっとは常識に従ってほしい。

 さっきまでの甘酸っぱい気持ちも、今となっては行方不明だ。


「ところで芳くん、現状は把握できてますか?」

「……いいや、さっぱり」


 俺は周囲を見回す。

 どこまでも広がる曇天の下、古風な雰囲気を残した街並みが続いている。

 ただ、人の気配はまったくない。

 シーンと静まり返っている。


「見た目は京都っぽい雰囲気なんだが、どこだ、ここ」

「京都です」

「京都か」

「はい」


 会話終了。


「いやいや、もうちょっと説明してくれよ。京都ってもっとこう、観光客がウロウロしてて賑やかなもんだろ?」

「それに気づくとは鋭いですね。スーパー玲於奈ちゃんポイントをあげましょう。チャリーン」

「自分で効果音を言うなよ……」


 真月家のメイドさん (28歳・独身) みたいなことになるぞ。

 あ、今はもう29歳なんだっけか。


「ちなみに5ポイント集めるごとに、もれなく私が襲ってきます。肉 (を斬りたい)欲的な意味で」

「やめてくれ」


 というか、スーパー玲於奈ちゃんポイントいらないです。


「それを捨てるなんてとんでもない! 呪われますよ?」

「捨てられない時点で既に呪われてるだろこれ……」

「とまあそういうわけで、この京都はニセモノなわけです」


 俺の嘆きを華麗にスルーし、いきなり真面目に語り始める玲於奈。


「京都を模した結界、いえ、規模からいえば異界と言った方がいいでしょう。《(mūla)(mantr)》・《(oṃ kṣipa )(svāhā)(oṃ pakṣi )(svāhā)(āvarana)(-traya)(catovāro)( -mārāh)(vajra)》。鴉城家に伝わる奥義のひとつで、やっかいな敵を脱出不能の空間に閉じ込める恐ろしい術です」

「……そうか、敵か」

「はい、敵です」


 さて問題です。

 俺、静玖、玲於奈。

 この中でひとり仲間はずれがいます。だーれだ。


「私としては半年くらい『敵か味方か、謎の美少女剣士!』ってポジションで引っ張りたかったんですが、どうやらそのまえに切り捨てられちゃったみたいです。あはは」


 そりゃそうだよなあ。

 いくら腕利きとはいえ、制御不能のコマなんて誰も欲しがらない。

 処分されるのは、ある意味じゃ当然だろう。


「クゥーンクゥーン」


 なぜか突然、捨て犬みたいな声をあげる玲於奈。


「あー、どこかにノラ玲於奈ちゃんを拾ってくれる五歳児はいないでしょうか。可愛らしい顔をして容赦なかったり、大人顔負けの実力者だったりするとストライクゾーンです。ほらほら、死ににくいし老いにくい、肉壁も肉奴隷もこなせる万能美少女ですよ。今ならスーパー玲於奈ちゃんポイントが4点もついてきてお得なセット、ものすごい優良物件と思いませんか?」


 さっきのポイントと合わせると合計5点。

 いきなり襲われる流れじゃないか。

 とんでもない事故物件だろ、コレ。


「静玖、とりあえず脱出手段を探そうか」

「は、はい……。玲於奈ちゃんのこと、いいんですか」

「きっといい飼い主が見つかるさ」


 俺は玲於奈の幸運を祈りながらその場を立ち去った。


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