第33.5話 「ジロウ、視点を変えて同じ内容を――」「もういいから」
Q.33話はどうなったの?
A.次回です。
投稿は32話→33.5話→33話 という不思議な順番ですが、演出ということでひとつ。時系列としては、32話→33話→33.5話です。
Q.ジロウって誰?
A.雉間裕二郎です。彼に呼びかけているのは祖父で、なんというかインターネットに詳しい人です。
「冗談、冗談だよね? 時田さん、わたしをからかってるんだよね?」
綾乃の声は震えていた。
電話口から聞こえるのは、真月家に古くから仕える執事の声。
『……芳人様ならびに静玖様は瓜生山霊園において神薙玲於奈と交戦、その後、何者かの襲撃を受けて行方不明となっております』
どこか言い聞かせるような調子で、報告が繰り返される。
「嘘、ありえない、認めない。……わたしの芳人くんが誰かに負けたりなんてするはずないよ。本当はそこに芳人くんがいるんでしょ? わたしが『振り回していい』って言ったから、ちょっと遊んでるだけだよね? そうだよね?」
縋るように問う綾乃。
だがしかし、老執事から帰ってきた答えは沈黙のみ。
それに耐え切れず、綾乃は一方的に電話を切ってしまった。
ぽふん、とベッドに倒れこむ。
「……綾乃」
ここは真月家の屋敷、綾乃の部屋である。
彼女ともう一人、未亜もこの報告を聞いていた。
「まずは落ち着こう? 兄さんだって人間だもの、失敗することもあるよ」
動揺に捕らわれている綾乃とは対照的に、未亜はきわめて冷静な様子だった。
「そんなわけない。芳人くんが――わたしを殺したひとが、人間ごときに敗れるなんて何かの間違いだよ」
「負けたんじゃなくって、何かの策で身を隠してるだけかも。そういうのも含めて、綾乃を振り回してるんじゃない?」
「……そうなの、かな」
「もしかしたら大怪我を負って動けないのかもしれないけど、兄さんなら絶対に大丈夫だよ」
未亜は強く断言する。
それは無根拠な妄信ではない。
前世。
芳人はほぼ単独で魔王軍とその背後で暗躍していた邪神教団を壊滅に追い込んでいる。
それを知っているからこその確信であった。
「とりあえず冷静になって、もう一回、ここまでのことを整理しようよ」
未亜はなだめるように綾乃の頭を撫でる。
そうするうちに、少しばかり、綾乃の顔色もよくなってきた。
「ありがと、未亜ちゃん。ちょっと落ち着いてきたかも。……ごめんね、取り乱して」
「気にしないで。だって友達でしょ、あたしたち」
未亜は朗らかに微笑みかける。
「……っ」
照れたのだろう、綾乃はぷい、と顔を背けた。
両耳ともわずかながら朱色に染まっている。
未亜はそれに気づかないまま、話を始めた。
「まずは土山SAでの話だよね」
ここで吉良沢芳人は神薙玲於奈に遭遇し、「京都で事件が起こり、それに玲於奈が一枚噛むことになる」と予想した。
そして玲於奈の捕縛のため、鳩羽というフリーランスの退魔師に連絡を取っている。
一方、神薙玲於奈は鷹栖派に協力していた。
本来なら相鳥静玖を拉致するはずだったが、芳人と出会ったことで「この作戦は失敗する」と確信。
干しイカを奪い、これを利用して芳人を討つ策へと切り替えた。
「ハタから見ると意味不明の先読み合戦だよね、これ」
呆れたようにつぶやく未亜。
「兄さんのカンが鋭いのは知ってたけど、神薙玲於奈って人もそれに近いタイプなのかな」
「……共通点は恋愛のきっかけにはなるけど、互いに重なりすぎると長続きしないんだって」
「綾乃、それ、いまは関係なくない?」
未亜は小さく嘆息して窘めると、話を戻す。
「要するに兄さんと神薙玲於奈の戦いは、『予言者VS予言者』みたいな、当事者同士にしか理解できない空中戦なんだろうね。……これ、綾乃的には予想通りの展開なの?」
「ううん。わたしが知ってたのは、鷹栖派が静玖お姉ちゃんに何かするかもしれない、ってことだけ」
綾乃としては、これを利用して静玖に実戦経験を積ませるつもりだった。
芳人をつけておけばまず間違いはない。
そう信じていたのだが、結果はこの通り。
「神薙玲於奈はね、私の誘拐事件からずっと行方不明になってたの。まさか京都にいたなんて……」
嘆息する綾乃。
表情はひどく暗い。
その顔に、未亜は――ぽふぽふぽふぽふ。
「わっ!? な、なにっ!?」
「えっと、やわらかいものに触れてたら元気が出るかなー、って」
未亜はベッドに転がっていたタコのぬいぐるみを掴むと、その頭の部分でもって綾乃のほっぺたをリズミカルに叩いていた。
神も恐れぬ所業である。
「……未亜ちゃん、なんだか芳人くんに似てきたね」
「そうかな?」
少し嬉しそうに表情を緩める未亜。
「まあ5年も兄妹をやってればそうなるよ」
「じゃあ、わたしがもしも芳人くんにフられちゃったら、未亜ちゃんと結婚しようかな」
少しは気分も上向きになってきたのだろうか、綾乃は冗談めかした様子で身を寄せる。
未亜は言った。
「ごめん綾乃。あたし、触手趣味はちょっと無理」
「いや、趣味というか触手はわたしの存在意義というか……あっ、別に変な意味じゃないから遠くに行かないでお願い」
* *
二人の会話は (たまに脱線しつつ) 続いている。
「最終的に兄さんは、瓜生山霊園ってところで神薙玲於奈を倒した……んだよね?」
「うん。けれども誰かの横槍が入ったらしいの。気付いたら芳人くんと静玖お姉ちゃん、それから神薙玲於奈もいなくなってた、って。詳しいことは今、フリーランスの人たちが調べてくれてるみたい」
「そっか……」
んー、と考え込む未亜。
「気絶した鷹栖派の人はどうなったの?」
「時田さんがごうも――尋問してるんだって」
「今、拷問って言いかけてなかった?」
「ドリアードだよ未亜ちゃん」
「……はい?」
「ドリアード、木の精、気のせい。ともかく今は情報待ち、かな」
そう語る綾乃は、ようやく普段の調子を取り戻していた。
「鷹栖派のことは宗源おじいちゃんにも知らせないとね、いろいろ交渉することになるだろうし。……ほかにやるべきことって、あるかな?」
「あたしたちが京都に行くのはどう?」
「わたしもまだ昔の力を取り戻しきったわけじゃないし、未亜ちゃんも魔力はそんなに高くないよね。やめたほうがいいと思うな」
「わかった。じゃあ、松来市で待機だね。ところで、兄さんが今日中に帰ってこなかった場合の対策は大丈夫かな。うちのパパとかママとか、あとは幼稚園なんかも誤魔化す必要があるだろうし……」
「確かにそうだよね。だったら任せて。……えい!」
綾乃の掛け声とともに、足元で黒い渦が生まれた。
そこから無数の蔦が飛び出し、絡まり合い、人の形へと変わっていく。
「はい、完成。芳人くんのニセモノだよ」
「……なんだかホンモノの兄さんより弱そうじゃない?」
「そうかな? わたしはそっくりと思うけど」
「いや、もっとこうワイルドな雰囲気で――」
未亜の提案を受け、ニセ芳人の姿が少しだけ野性味を帯びたものに変わる。
「えー、もっとこう、上品な感じだよ」
「目が小さすぎ」
「前歯は真っ白で――」
「横顔はもっとキッとしてて……」
わいわい。
がやがや。
2人で相談すること30分、そうして完成したのは――
「できたね、未亜ちゃん」
「うん、兄さんそっくり」
ホンモノより明らかにハンサムなニセ芳人である。
このあと言動についても2人の指導が入ったが、しかし。
それは恋する少女の願望が山盛りのシロモノであり、結果としてニセ芳人は少女漫画のヒーローみたいなキャラになってしまう。
被害者は主に、幼稚園で実習中の文系女子大生。
あるいは、ボランティアにきた真月学園中等部・高等部のおとなしい女生徒。
かくして吉良沢芳人の幼稚園生活は、本人の知らないところでピンチを迎えるのであった。
次回が33話です。
ちゃんと玲於奈は仲間になりますのでご安心ください。
というか、あんな無茶苦茶な動きをする人間を抱えてくれる組織なんて、普通はいないわけで……
ともあれ真相は次回。
果たして芳人は予期しない不意打ちを受けてしまったのでしょうか?(予告)
あと、活動報告に魔法関連のヨタ話あります、よければどうぞ。




