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第32話 ハーレム (という名の危険物集積所) にようこそ

2章に出てきたあの人、再登場。


30話(玲於奈と別れた直後)、31話(時田さんとの会話。鴉城や鷹栖の本拠地)の記述をちょこっと増やしてます。もしお暇でしたら探してもらえると幸いです。

 食中毒で自滅ってなんだそりゃ。

 思いがけない展開に拍子抜けしているうち、車は山の中ほどにある霊園に到着した。

 救急車は呼んでいない。

 なにせ食べたモノがモノだ。

 綾乃お手製の干しイカ。

 そもそも材料がイカなのかどうかも怪しい。


『きゃーこっちよー、うふふふー。あ、浜辺で追いかけっこしてるイメージです』


 車を降り、どこまでもマイペースな玲於奈の念話(テレパス)を頼りに現場へと駆けつけてみれば、そこは霊園そばの木立の中。

 着物に烏帽子のコスプレ集団が地面に倒れ伏していた。

 腹を押さえ、泡を吹いてのたうち回っている。

 人数は、ざっと見て20名ほど。


「芳人くん、来て、くれたんだ……?」 


 玲於奈は巫女装束で桜の下に立ち、学園ものの告白シーンっぽい雰囲気を醸し出していた。

 スルーしよう。

 今はそれどころじゃない。


 一番近くに倒れている男に目を向ければ、異様な事態が起こっていた。

 腹のあたりで何かがモシャモシャと蠢いているのだ。

 

「《硬化術式(ハードリィ)》・《我が指爪は刃の如し(裸ニナレヤオラァ)》」


 強化をかけた爪で、男の袴を引き裂く。

 

「わぁ……」


 遅れてやってきた静玖が声をあげる。


「わたしもあんな風に脱がされてみたいです……」


 アニメのお色気シーンであるよな。

 怪物に服を破かれて、下の肌がチラリチラリとか。

 肝心なところは謎の光で見えないのでDVDあるいはBDをご購入ください。


 あ。

 どうでもいいことを考えていたせいか、ついつい手が滑ってしまった。

 腰から下までビリッと裂いてしまい、男のアレがポロリする。

 ふう。

 みんな安心してくれ。

 謎の光のおかげで俺には見えてない。

 見えてないからな。


 それはともかくとして、男の腹は妙なことになっていた。

 鳩尾(みぞおち)のあたりが膨れ上がり、肌の下ではイソギンチャクめいたものがグニョグニョとした動きを繰り返している。

 そうかー、21世紀になると男も妊娠するんだなー、というのは冗談として、

 

「《分析術式(アナライズリィ)》・《我が求めるは汝の(オイシャサンゴッコ)苦しむ理由である(ウヘヘヘヘヘ)》」


 男の身体に魔力を通し、ザッとその状態を把握する。

 原因はやっぱり干しイカだった。

 アレが胃袋のなかで復活 (!?) し、胃の粘膜を食い荒らしながら成長を続けている。

 

 どう考えても普通の干しイカじゃない。

 【鑑定】を発動させる。



 [名前] 綾野お手製の干しイカ (仮称)

 [性別] 女

 [種族] 邪神 (眷属)

 [年齢] 12分

 [称号] 胃袋喰らい

 [能力値]

  レベル0

   攻撃力      1

   防御力      1

   生命力      1

   魔力   計測不能

   精神力     狂乱

   敏捷性      1

 [アビリティ] 

   眷属:真月(ゼェャダフォァ)綾野(グィレャ)

 [スキル] 増殖Ⅱ

 [魔法] 《時間術式(クロックリィ)》:常時

 [状態異常] 

  狂気の論理:

   わたし、芳人くんの栄養になるはずだったのに……。

   やだやだこんな男に消化されたくないよう。

   そうだ、逆に食い殺して外に出ればいいよね!

   わたしってば天才!

 

 えっと。

 見なかったことにしていいだろうか。

 特に「狂気の論理」のあたり。


 とはいえ放置すれば死人が出るだろう。

 さすがにそれは避けたい。

 鷹栖家の連中を生かしておけば、背後関係を吐かせるなり、身柄を交渉材料に使うこともできる。

 いっそマインドハックで操り人形にしてもいい。

 

 よし。

 この干しイカをなんとかしよう。

 とはいえ《時間術式》の中和は、子供のままじゃちょっと難しい。


 だから。


「――静玖、俺が気絶したあとは頼むぞ」

「えっ!? あっ、はい!」


 ひと声かけてから、俺は深く息を吸う。


「《時間術式(クロックリィ)》・《漆黒の騎士は(戦闘以外ノシーンデ)彼方より此方に(変身シテバッカリ)帰還する(デスネ)》」


 3分限定の全力状態。

 黒騎士の姿に、変化する。


「《破邪術式(セイントリィ)》・《汝らは在るべき(男ノ内臓ファッ○)彼方に(トカ)還らねばならない(マジデ誰得ヤネン)》」


 まずはこれで干しイカを消滅させ、そして、


「《胃薬術式(イグスリィ)》・《その胃壁は(オダイジ)何度でも蘇る(ニネ)》」


 食い荒らされた胃袋を元に戻した。

 俺はあんまり回復魔法を得意としていないんだが、局所に絞ればそれなりの威力が出せる。


「お久しぶりですね、しずしず」

「ど、どうもご無沙汰してます……」


 背後では、玲於奈が静玖に話しかけていた。

 雰囲気からするとこの二人、もともとの知り合いらしい。


「しずぽん、どうしたんですか。昔はもっと偉そうな喋り方でしたよね。いつもの一発芸やってくださいよ。――『我が名は銀翼片羽の堕天使†シヅク! 高貴なる天上人の末裔にして緋色の(レッド・)運命(ディスティニー)を追う者!』って。ちなみに緋色は英語だとスカーレットです」

「あう……」


 ちらりと静玖のほうを見れば、痛々しい過去をほじくられて半泣き寸前まで追い詰められていた。

 助けてやりたいところだが、俺は救命作業に忙しい。すまんな。


「そういえば高校に通ってるという話を聞きましたが、静にゃん、友達はできましたか?」

「ええっと、まだ入学式だけですし……」

「何を悠長なことを言っているのやら。リア充と呼ばれる人種は入学前からSNSで知り合いを作り、入学式の後はそのままホテルにしけこみ、次の週には相手の親に殴られているのですよ? 静にゃんのくせにニャンニャンしてないとは何事ですか、まったく」

「そ、その……ごめんなさい」


 もはや友達とはなんの関係もない理不尽な説教だが、妙な勢いに押されて静玖は頭を下げていた。


「謝る必要はありません。誠意は行動で示してください。芳くんを押し倒すとかそんな感じで」

「は、はい……」


 俺を巻き込むな。

 そして静玖も頷かないでくれ。


「ともあれここで会ったが百物語、せっかくなので鷹栖家の目論見をバラしておきましょうか」


 

 百物語じゃなくて百年目だと思う。

 というか玲於奈、誘拐事件のときもこんな風に内幕を喋ってたよな。

 ……大事なことを話しちゃいけない相手リストに入れておこう。




 * *




 玲於奈が語った内容は、ある意味で怖い話ではあった。

 

 なんでも鷹栖派としてはここで静玖を行方不明にしておいて、「我々と朝輝派の接近を阻止するため、白夜派が動いたに違いない!」と主張するつもりだったらしい。

 そうして白夜派を潰した後、「白夜派の暗躍を、朝輝派が気付かないのはおかしい」という方向に話を持って行き、鷹栖家の一人勝ちを狙っていたんだとか。


「今回の私の立場としては、いわゆるひとつの傭兵ってやつです」


 洗いざらい喋ってスッキリしたのか、玲於奈はとても満足した表情だった。


「ちょっとした付き合いで鷹栖派のお手伝いをするつもりでしたが、芳くんが京都に来るっぽいんで、こりゃもうクルクルクルッポーだな、と。ああ、今のはハト語で『ダメダメっすわー、うまく行くはずないじゃん』って意味です」


 さて。

 俺が20名の治療を終えたのはこのタイミングだ。

 すでに変身してから2分が経過しており、その反動もかなり大きくなっていた。

 心の底から響いてくる、過去の自分の声。

 ――義妹だけじゃなくヤンデレに中二病に、ハーレムなんか作りやがってこんちくしょう。

 ふと気を抜くと、自分で自分の自分をもいでしまいそうだ。(R-18に配慮した婉曲表現)


「ところで私、前に約束しましたよね。いずれ芳くんの陣営につく、と。だからまあ、今回は鷹栖派のみなさんに一杯食わせてみたわけです。文字通り」


 どや、と言わんばかりの表情を浮かべる玲於奈。

 風が吹いて、ハラハラと桜の花びらが舞い落ちる。


「じゃあ、玲於奈さんは味方なんですか?」


 静玖がそう問いかけると、


「ええ、もちろんです」


 玲於奈は深く頷き、そして。






「――ま、嘘ですけど」

「――そんな気がしてたよ」


 


 

 

 鋭く、刃が鳴った。


 神薙玲於奈は、ほとんど予備動作もなく刀を抜き放っていた。

 その速度は以前にも増して(はやく)く、眼にも止まらぬほど。


 けれどそれは、俺にとって予想の範疇だった。

 剣を抜き、斬撃を打ち払う。


「読まれていましたか」

「可能性の一つとして考えてただけだ」


 神薙玲於奈がもっとも望んでいることは何か。

 それは俺との殺し合いで、ただし、正々堂々とした決闘なんかじゃない。

 前回だって当たり前のように奇襲をかけてきたしな。

 

 勝利のためなら勝利を選ばないタイプ。 

 だから鷹栖派の食中毒を囮にして、奇襲をかけてくる可能性は十二分にあった。


 できれば出会い頭に《拘束術式(バインドリィ)》をかけておきたかったんだが、どうにも隙が見つからなかった。


「さてさて芳くん、その姿でいられるのはどれくらいですか?」


 刀を振るいつつ、玲於奈は言う。

 相変わらず、戦闘中だってのによく舌を噛まないものだ。


「前に戦ってからずっと考えていました。私が勝つにはどうしたらいいか、と」


 まずいな。

 完全に押されている。

 誘拐事件の時に比べて玲於奈が強くなっているのもあるし、なにより。


 体内の《泥》が怯えているのだ。


「動きが悪いですね」


 予想通り、といった様子の玲於奈。


「理由を教えましょうか? 貴方のその姿は、何らかの神の力を借りたものなのでしょう? そして私は『神殺しの神薙』――相性としては、最悪のはずですよ」


 ッ……!

 鎧の中で、冷や汗が一筋流れ落ちた。

 やられた。

 これなら変身しない方がまだマシだったかもしれない。

 子供の姿に戻るか?

 ダメだ。

 途中で変身を解除しても、魔力枯渇と気絶は避けられない。

 その隙に殺されてしまうだろう。


「芳くんは悪ぶっていますけど、本質はその真逆です。明確な敵でない限りは見捨てられず、わが身を削ってでも助けてしまう。助けずにいられない。覚えていますか、いつぞやの洞窟でのこと。魔力不足のリスクを冒してでも、私に殺された退魔師を蘇らせていましたね? 申し訳ありませんが、その性格を逆手に取らせていただきました」

 

 俺が鷹栖派の連中を助けようとすることも、そのために変身することも、すべて玲於奈の計画のうちってことか。

 やるじゃないか。


 残り時間は40秒を切っている。

 それまでにケリを付けなければ一巻の終わりだ。

 周囲の被害を無視すれば、いますぐでも可能だろうが――


「しずしず、そして、地面に倒れている鷹栖派。そういう塵芥を気にするあまり思うように戦えないのも織り込み済みです。さあ、どうします? もう一段くらい変身を残してたりしませんか?」


 さすがにそんな都合のいいパワーアップはない。

 けれど。

 備えなら、ある。

 

「取ったァ!」


 木立を突っ切り、着流し姿の男が飛び出した。

 猛烈な勢いのまま、玲於奈へと斬りかかる。


 覚えているだろうか。

 鳩羽(はとば)兵衛(ひょうえ)

 去年、綾乃の救出作戦に参加したフリーランスの一人だ。


 鳩羽さんだけじゃない。

 あたりに次々と、呪符の貼られた小刀が突き立つ。


「転移式急げ!」

「いきます!」

「送り先、霊園の駐車場。良しッ!」


 飛び交う声。

 地面に方陣が浮かび、気絶していた鷹栖派の連中が姿を消した。

 これで戦うのが楽になった。

 ありがたい。


 ざっと周囲を一瞥すれば、10人近い退魔師の姿。

 その出で立ちは様々で、陰陽師っぽい者もいればスーツの者もいる。

 ……ひとりだけ(ふんどし)なのは見なかったことにしよう。

 

 彼らもまた誘拐事件に関係したフリーランスだ。

 洞窟の中で玲於奈に殺されたメンツでもある。





 ここで、タネ明かしをしておこうか。


 まずは土山SA。

 玲於奈と別れ一人になったタイミングで、俺は鳩羽さんに電話をかけた。

 ――神薙玲於奈が京都にいるかもしれない。すぐに動けるフリーランスがいれば声をかけてほしい。

 するとどうだろう、結構な数の退魔師がリベンジマッチに名乗りを上げた。


 次に、土山を出てから京都に着くまでの間。

 綾乃からは「振り回してくれて構わない」というメッセージを受け取ったので、ひとつ派手にやらせてもらった。

 時田さんから携帯電話を借り、再び鳩羽さんへ連絡。

 真月家の名前を使い、静玖の護衛依頼を出したのだ。

 

 いくら勇者だろうと、自分だけで何もかもを守れるわけじゃない。

 必要なら人手を増やす。それはとても大事なことだ。


 それから静玖を拾って霊園に向かったところ、タイミングよく玲於奈から念話(テレパス)が来た。

 ラッキー。

 俺は閃く。

 ここで玲於奈を捕まえてしまおう、と。


 玲於奈はどう動くか分からないジョーカーだ。

 オヤジたちを裏切るとは言っていたものの、いつになるのかは不明。

 そんなコマを自由にさせておくメリットはない。

 せっかく尻尾を出してくれたのだし、ここで身柄を押さえるべきだろう。


 というわけで再び鳩羽さんに電話、霊園にすぐ到着できるメンバーだけで策を練った。

 即興なので、もちろん作戦はシンプルに。

 俺が玲於奈の気を惹きつけ、フリーランスのみんなが横から殴りかかる。


 《泥》の怯えは計算外だったものの、奇襲はギリギリ間に合った。

 結果オーライ。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前――《内縛・外縛》!」

「土よ、溶けて彼の者を捕らえよ、《火生土》……!」

「篭、加護、過誤。汝、篭の中に在れ。《囲め囲めインプリズナード・バード》」


 四方八方から捕縛の術が飛び、玲於奈の動きを封じようとする。


「やってくれますね、芳くん……!」

 

 悔しそうに呻く玲於奈。

 その刀が閃き、自らに迫る術を切り裂く。

 

 別に構わない。


 俺が魔法を放つための隙、1秒と少しを稼いでくれればそれでいい。


「――《火炎術式(フレイムリィ)》・《我が炎は(トリアエズ)浄華灼滅の(殴リタオシテ)鉄槌である(大人シクサセヨウ)》」


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