第31話 中二病の女の子から「総帥代行殿」と呼ばれたいだけの人生だった
「時田さん、ちょっといいですか?」
「ええ、なんでございましょう」
土山SAを出てしばらく経ったころ、俺はふと気になったことを訊ねてみた。
「俺が京都に向かっていること、静玖は知ってるんですか?」
「答えはノーですな。お嬢様からはサプライズにせよと言われております」
曰く、相鳥家ゆかりの霊園に先回りして静玖を待つことになるらしい。
うーん。
さっき玲於奈に出くわしたこともあって、トラブルの予感がするんだよな。
前世の経験上、こういうカンはたいてい当たる。
あんまり静玖を一人にしておきたくないな……。
よし。
やらない後悔よりやる後悔だろ、ここは。
「すみません、ちょっと予定を変えちゃってもいいですか」
「それが芳人様の判断でしたら、私奴からは何も申すことはございません」
時田さんの表情はどこか悠然と余裕を感じさせるものだった。
渋っている様子もないし、つまりはオーケーってことだろう。
俺は念話を静玖に飛ばす。
『静玖……静玖……俺の声が聞こえますか……』
『どうしたんですかご主人さま、性格診断でもするんですか?』
すげえ、コレ分かるんだ。
ちなみにスーパーファミコン版のドラ○エ3の冒頭部分な。
オリジナル要素の性格診断が面白くて、無駄にニューゲームしまくったヤツは俺だけじゃないと思う。
『いや、実はいま京都に向かってるんだ』
『マジですか』
『マジだ』
『これまた急な話ですね。もしかして、わたしに会えないのが寂しかったんですか?』
おどけるような調子の静玖。
『なっ、何を言ってるんだ! そ、そんなわけないだろ!? ……でもまあ、静玖に会えれば嬉しい、かな』
『~~~~~~!』
テンプレのツンデレで返してみたら、なんだかすごいことになった。
念話越しに、静玖が転げまわっている気配が伝わってくる。
『わ、わかりました! わたしも一人旅で寂しかったところなんです、どこで合流しましょう!?』
『すごい気迫だな……。俺はまだ滋賀県のあたりなんだ。静玖は?』
『ちょうど宿についたところです』
『実は真月家に車を出してもらってるんだ。宿まで行くよ。名前を教えてくれ』
静玖が泊まっているのは、京都郊外にある大きめの旅館らしい。
俺たちはそこで落ち合ってから墓参りに向かうことにした。
どうして親戚でもないのに同行するんだって?
護衛だ、護衛。
何が起こるか分からない以上、可能な限りの対策をとるべきだろう。
静玖にも注意喚起をしておくか。
『俺が到着するまでは十分に注意してくれ。……ええと、その』
口に出してから気付く。
よく考えたらコレ、根拠らしい根拠がないんだよな。
――綾乃が思わせぶりなことを言っていたから。
そんな理由で人を説得できるわけがない。
しかし。
『承知しました、総帥代行殿。序列三位゛拒絶する理解者”、これより警戒任務にあたります』
返ってきたのは、妙に心強い返答。
さっきまでは俺のことを「ご主人さま」と呼んでいたのに、いつの間にか「総帥代行」に変わっていた。
……。
『静玖、もう一度、さっきのセリフを言ってくれないか』
『ええっと……コホン。――承知しました、総帥代行殿。序列三位“拒絶する理解者”、これより警戒任務にあたります』
いいねえ。
女の子から「総帥代行」って呼ばれるのは、なかなか味があってグッドだ。
「ご主人さま」よりワンランク上な感じがする。
『ああ、頼むぞ』
つい、普段よりちょっと偉そうな口調になってしまう。
『すまないな、事情を詳しく話せなくて』
『構いません。わたしは代行殿の従者であり、こ、こい、ここっ――コケコッコー、ですから』
『俺の許可なく人類をやめないでくれ』
『失礼しました……』
おめでとう、「あいとりしずく」は「にわとりしずく」に進化した。
どう考えてもBボタンキャンセルの案件だ。
あと多分、静玖は「恋人」と言いたかったんだろう。
ノートの接待だと、序列3位と5位はそういう関係らしいしな。
『ところで代行殿は今晩、どちらに宿泊される予定ですか?』
『まだ未定だ。できれば同じ宿にしたいと思っている』
『でしたらわたしが旅館の者に訊いておきます。よろしいでしょうか……?』
『ああ、頼む。それじゃあ会えるのを楽しみにしているぞ、静玖』
『はっ、――我らは神の真意のもとに』
『我らは神の真意のもとに』
秘密結社って、会話の締めくくりに妙ちくりんなフレーズを使うイメージがあるよな。
エル・プサイ・コングルゥとかそんな感じ。
くそう。
ちょっと楽しいぞ。
ところで、静玖は果たしてどの程度までノートの内容を信じているのだろう。
今の様子からすると、あくまで「ごっこ遊び」を楽しんでいるだけに思える。
綾乃の暗示、あんまり効いてないんじゃないか?
* *
そうして静玖との念話を終えた後、俺は時田さんに予定の変更を伝える。
時田さんは嫌な顔ひとつせず、
「承知いたしました。それではまず旅館に向かうとしましょう」
「すみません、勝手なことを言ってしまって」
「いえいえ、お気になさらず」
鷹揚に頷く時田さん。
「ちなみに綾乃お嬢様からは、芳人様がこちらの予定を外れた場合のメッセージを預かっております。お聞きください。『芳人くんのことだし、なかなか思い通りに動いてくれない気がするんだよね。もしそうなっちゃったら遠慮せず、わたしを振り回してくれると嬉しいな』――とのことです」
「時田さん、声真似すごく上手ですね……」
まるで綾乃が隣にいるかのようだった。
モノマネじゃない。
もはや声帯模写の域に達している。
「若い時からこればかりが取り柄でしたからな。ああ、そうそう。お嬢様を振り回していただく分には結構なのですが、この場合、どう考えても最初に被害を受けるのは私奴のような……」
「すみません、大事にならないよう善処はします」
「はは、冗談ですよ。この時田、まだまだ若い者に負けるつもりはありませんからな」
左手をハンドルから離し、力こぶを作ってみせる。
ジャケット越しでもわかるほど太い腕だった。
「ときに芳人様、京都には鴉城の総本家があることはご存知でしたかな?」
「初めて聞きました。じゃあ、鷹栖家も――」
「元々は京都にあったそうですな。しかし、明治維新の時に東京へ拠点を移しております。聞くところによると当時からずっと鴉城家を出し抜こうとしていたとか。100年越しの執念ですなあ」
時田さんは長年にわたって真月家の執事をやっているだけあってか、退魔師業界のことも色々と詳しかった。なんでも以前、綾乃救出に加わったフリーランスのほとんどは京都を拠点にしているとか。
そういった四方山話を聞いたり、今後に備えての準備をしているうち、車は京都郊外の旅館に到着する。
「お待ちしておりましたご主人さ――いえ、総帥代行殿」
俺を出迎えてくれた静玖は、どこかためらいがち……じゃないな。
おそるおそる、まるで距離を測るような様子で声をかけてきた。
「待たせたな、シェル」
ノートの記述だと静玖の二つ名は「拒絶する理解者」。
そして愛称は「Sheriruth」から「シェル」とのこと。
向こうが俺を「総帥代行」と呼ぶので、ごっこ遊びのつもりで合わせてみた。
すると静玖は安心したように口元を綻ばせ、
「いえっ、代行殿のためならば3日でも4日でもお待ちする所存です!」
やけに誇らしげというか嬉しそうな様子で、そう答える。
この時の静玖はいつも通りの中二病ファッションだったが、ひとつ、昨日と大きく異なる点があった。
「……ビナー、両手のグローブはどうした?」
ロングコートや包帯のせいで目立たないが、彼女はいつも両手に指出しグローブを付けていたはずだ。
それが、見当たらない。
「ええっと」
なぜか頬を赤らめて俯く静玖。
「もしかして真月邸に忘れてきたのか?」
「そうじゃなくってですね、その、昨夜、せっかく左手に紋章を頂いたので…………いえっ、何でもありません。と、とにかくお墓、お墓行きましょう、ご主人さま」
微妙なキャラ崩壊を起こしつつ、静玖は俺を車内へと追い立てる。
「……若いというのは羨ましいことですな」
時田さんがふっと微笑む。
「では参りましょうか。お二人とも、いちゃいちゃされるのは結構ですが、シートベルトはしっかりお締めください」
そうし車は出発したわけだが、道中、静玖の様子が少し変だった。
「はぁ……」
左手の甲をうっとりと眺めたり、ときどき、チラリと俺の方を向いては照れくさそうに眼を伏せたり。
そんな静玖を見ていると、なんだかこっちまで恥ずかしくなってくる。
「いやあ、青春、青春」
運転席の時田さんはやけに楽しそうだ。
俺は、隣の静玖を意識していると息がつまりそうだったので、窓の外に目を向ける。
自動車は山道を登っていた。
奇襲をかけるには絶好のポイントがあるよなー、と思っていると、
『よっくんよっくん、スモークチーズはあるかい』
まったくもって意味不明の念話が飛んできた。
この波長は……玲於奈か?
『はい正解。やーやーさっきぶりです。ヨッシーさん』
ひとの呼びかたをコロコロ変えないでほしい。
正直、反応に困る。
『いま近くにいるんですけど、相談事してもよろしおす?』
『なんで中途半端に京都弁なんだ』
『今日から空気の読める女を目指そうと思いまして』
玲於奈には無理じゃないか?
どっちかというと場を真空地帯にするタイプと思う。
『ともあれ相談を聞いてください。さもないと耳にマヨネーズを流し込みます』
地味に嫌……というか普通にタチが悪い。
どう考えても中耳炎になるだろ、それ。
『実はいま、東京から来た鷹栖家のみなさんと一緒に、相鳥静玖って女の子を拉致しようと墓地で待ち伏せしてるんですよ』
もしかして敵の情報を漏らしてくれているんだろうか。
って、鷹栖?
なんで静玖の嫁ぎ先が襲ってくるんだ?
――俺の戸惑いを無視して、玲於奈は続ける。
『やっぱり襲撃ってメンバー同士の連携が大事になってきますよね。だからお近づきの印にヨッシーからもらった干しイカを配ったんです。なのに誰一人として食べたがらないので口に捻じ込んだりしましたが、まあ、それは細かい話かと』
おい待て。
その干しイカ、綾乃ちゃん印のアレだよな。
『で、全部で20人くらいいるんですけど、みなさん、急に白目を剥いて倒れちゃいまして。あ、なんかピクピク痙攣してます。ここは武士の情けで介錯してあげるべきなんでしょうけど、なんだか気が乗らなくって……。どうしましょう?』
えーっと。
……。
…………。
……………………救急車を呼んでやれよ。
夏は食中毒に気を付けてください。




