第28話 ノリと勢いが激突事故
虚構円卓序列5位、“慈悲ある殺戮装置”。
そいつの設定を静玖のノートから抜粋すると――
・大人びた喋り方の幼児。
・序列は高くないものの、総帥代行という特殊な立場。
・戦闘能力はかなり高く、精神攻撃などの搦め手も使いこなす。
・序列1位“明星の令嬢”とは兄妹であり許嫁。
・序列3位“拒絶する理解者”は彼の従者。そして恋人でもある。
・その正体は『C∴C∴C総帥』にして序列零位、“神の真意”。18歳くらいの青年であり、漆黒の鎧を纏っている。
・今は呪いによって子供の姿に変えられ、序列5位を名乗っている。
ええと。
見覚えというか身に覚えのある設定が、チラホラと目につく件について。
この序列5位くん、俺をモデルにしてないか?
ついでに言うと序列1位は未亜、序列3位は静玖だろう。
リアルの人間関係を元ネタにした中二病設定……ううっ、頭が痛くなってきた。
俺も前世じゃ「自分のクラスが異世界に丸ごと召喚されてチートを付与されたら」なんて話をパソコンに書き連ねてたっけな……。人間の持つ闇ってのは恐ろしい。
ともあれ「序列5位くん≒俺」ということなら、なおさら静玖にC∴C∴Cの存在を信じさせるのはたやすいことだろう。
俺たちは場所を外に移し、ノートに書き記された魔法を実演することになった。
が、その前に。
「未亜と静玖お姉ちゃんは先に行ってもらっていい?」
今の事態を引き起こした張本人、真月綾乃はそう提案した。
「芳人くんには虚構円卓の正装に着替えてもらわないといけないし、後からすぐに追いかけるね」
まさかの展開。
どうやら綾乃はコスプレまで用意していたらしい。
用意周到というか凝り性というか。
俺は半ば呆れつつ、彼女に案内されて衣裳部屋へと向かう。
その道すがら、
「いくら諸百会まで時間がないからって、ちょっと強引すぎやしないか?」
C∴C∴Cが実在すると思い込ませ、静玖の魔法に対して強固なリアリティを与える。
短期的に見れば確かに有効な方法だろう。
だが長期的な視野に立ってみれば、むしろデメリットのほうが大きいんじゃないだろうか。
特に今回は洗脳じみた方法を使っているわけだし、静玖がノートの内容をすべて真実を勘違いしてしまう可能性だってある。
そうなると中二病どころの騒ぎじゃない。
ただの電波さんだ。
下手をすれば女の子の人生をまるごとひとつ潰すことになるんじゃないか?
――というような疑問を綾乃にぶつけてみた。
すると、答えは、
「その場合、静玖お姉ちゃんは『序列3位は序列5位の奴隷かつ恋仲』って設定も信じ込むことになるよね。おめでとう芳人くん、あのたっぷりなおっぱいを好きにできるよ」
「…………いや、そういう問題じゃないだろ」
「今、やけに沈黙が長かったね?」
ニヤニヤと笑う綾乃。
まるでこっちの考えを見透かしているかのようだった。
仕方ないだろ、俺だって男なんだしな。
静玖の胸部装甲はこの一年でさらなる進化を遂げていた。
はちきれそうなほどのボリュームは、さながら爆発反応装甲だ。
何を言ってるかよく分からないって?
安心しろ、俺も意味不明だ。
でもたぶん揉んだら凄いはず。
「とまあ幼稚園児らしからぬジョークはさておき、最初に芳人くんがやろうとした方法よりはずっとマシだと思うよ。だって西洋魔術に関する記憶を消すつもりだったんでしょ?」
そこを指摘されると痛いものがある。
言葉による洗脳か、意識の改造か。
外道さではたぶん俺のほうに軍配が上がると思う。
「そもそも本気で洗脳するならもっと時間がかかるよ。密室に閉じ込めたりとか、食事を抜いたりとか。わたしのやってることなんて、せいぜい催眠術レベルのお遊びかな」
さらに綾乃はこう続ける。
静玖自身がノートの内容を信じたがっている。「これが現実だったらいいのに」と願っている。
そのおかげで『C∴C∴Cは実在する』という暗示が成立するのだ、と。
「ああ見えて静玖お姉ちゃんは芯が強いし、心のどこかにちゃんと冷静な自分を残してると思うよ。リアリティの強度としては一枚落ちるけど、この国の退魔師を蹂躙するには十分じゃないかな。もし完全な洗脳なんてやっちゃったら、むしろ強くなりすぎてあちこちの組織から狙われちゃうかも」
俺は想像する。
もし自分だけで静玖の件を解決しようとしたら、どうなっていたことか。
マインドハックに失敗して廃人を生み出すか、うっかり鍛えすぎて超人にしてしまうか。
いずれにせよ静玖の人生を台無しにしていたはずだ。
そう考えると綾乃の方法は、俺のより遥かにマシと言えるだろう。
「……ありがとな、綾乃」
「いいんだよ、芳人くん」
綾乃は微笑む。
底意のまったく感じられない、穏やかな表情。
曇りのない瞳で、こう口にした。
「わたしがいないと何もできない。そんな芳人くんになってくれたら嬉しいな」
……邪神怖いです。
* *
俺は、いつ、どこで、どんな風に綾乃の好感度を稼いでしまったのだろう。
パッと思い浮かぶものはない。
考え込んでいるうちに着替えが終わり、屋敷の外へ出る。
敷地の中にはお誂え向きに開けた場所があったので、そこを使わせてもらうことにした。
俺の服装は、黒い燕尾服に指出しグローブ。
衣装のあちらこちらには『罅割れた逆十字』の紋章が刺繍されている。
「……兄さん、けっこう似合ってるね」
未亜は俺を見るなり駆け寄ってきて、そんな風に褒めてくれた。
雰囲気からするにお世辞ではなさそうだ。
「ねえ綾乃、あたしの衣装はないの?」
「ちゃんと用意してあるよ。未亜ちゃんも虚構円卓のメンバーだしね」
たしか序列1位゛明星の令嬢”だったか。
コレ、偶然かどうかは知らないがなかなかピッタリの二つ名だよな。
ちょっと中二病回路を動かしてみよう。
明星といえばチャルメラ……じゃなくて、明けの明星。
明けの明星といえば最終回のウルトラセブ○……と見せかけて、ベタなところでルシファー。
つまりは魔王なわけで、「明星の令嬢=魔王の娘」ってことだったんだよ!
と言ってみたものの、静玖のやつが未亜の前世について知るわけがない。
たぶん、たまたまだろう。
それはさておき、いよいよ俺はノートに書いてある魔法を実演するわけだ。
繰り返しになるが、魔法はイメージ。
想像さえつけばたいていのことは可能だし、極論、詠唱は適当でいい。
例えば《火炎術式》の上位魔法――《我が炎は浄華灼滅のナントヤラ》。
別に《ただし炎は尻から出る》や《燃やせ燃やせ至る所に火を付けろ》でもかまわない。
スポーツにおける「みんな声出していこうぜ!」の「声」なのだ。
とはいえ別に、気取ったセリフが嫌いなわけじゃない。
「――我が名は虚構円卓序列五位にしてC∴C∴C総帥代行、゛慈悲ある殺戮装置”ヨシト・キラサワ。安楽なる死に沈むか、永遠の狂気に揺蕩うか。慈悲だ、選ばせてやる」
設定に沿って名乗りを上げているうち、なんだかテンションが上がってきた。
「彼は寒さを感じない。雪の女王に愛されているからだ。彼の心臓は凍り付いている。雪の女王に求められているからだ。彼は薄い氷を組み合わせて何かを作ろうとしていた。ひとつの言葉を書き表そうとしていた。けれどもそれをどうしても作り出せない。彼は雪の女王とともに永遠を過ごすだろう、永遠という言葉を彼女に捧げるその日まで。――汝ら括目せよ、《不朽凍土の永遠世界》!」
発動とともに広範囲の結界が広がり、あたり一面が吹雪に包まれる。
「わぁ……!」
感嘆の声をあげたのは静玖だ。
「さすがご主人さま、最上位の結界魔法をこうもやすやすと使いこなすなんて……」
ふふん。
褒められてなんだか気分がいいぞ。
次行ってみよう、次。
「黄昏よりくら――」
ってこれ、大昔のラノベの超有名呪文の丸パクリじゃないか。
さすがにこれは畏れ多い。
次の魔法にいこう。
「桜は雷に打たれて枯れ、鴉は翼を折られて飢え渇く。我は世界最後の夜明けに懺悔し、諸手をあげて滅びを礼賛する。――汝らに逃げ場なし、《雷鳥は大地に落ちる太陽の如し》!」
「ゴッドバード」のあたりで右手を高く掲げ、「ストナー・ザ・サン」で振り下ろす。
魔力で象られた巨大な鳥が、「ピケエエエエエエエ!」と奇声をあげながら大地に落ちた。
暴力的なまでの熱と光が乱舞し、《不朽凍土の永遠世界》を崩壊させる。
未亜たちにはそれぞれ防御系の術式をかけてあるからノーダメージだ。
ところでこの《雷鳥は大地に落ちる太陽の如し》というフレーズに聞き覚えがないだろうか。
そう、去年くらいに俺が紙飛行機をカミカゼアタックさせた時、静玖が勝手につけた名称だ。
まさかこんなところで採用されてるとは思わなかった。
ちょっと嬉しい。
調子に乗った俺は次々にノート内の魔法を実演していった。
そのたびに静玖は「さすがですご主人さま!」「なかなかできることじゃありません!」と大騒ぎしてくれる。前世を含めてもトップクラスに「遣り甲斐」というものを感じた時間だった。
わりと空しいな、俺の人生。
ノートに書かれていた魔法はおよそ70ほど。
すべてが終わった時には一時間が経過していた。
「ありがとうございました、ご主人さま。わざわざわたしなんかのために……」
「別にいい、静玖には優勝してほしいしな。――ああ、そうだ」
俺はふと、ノートの記述を思い出す。
『虚構円卓の面々はそれぞれ、序列零位“神の真意”と契約を結ぶことでさらなる力を発揮できる』『ただし現時点で零位に認められた者はいない』
よし。
暗示のクオリティを上げるためだ。
もう少し頑張ってみるか。
「《時間術式》・《漆黒の騎士は彼岸より此岸に帰還する》」
俺の身体が変化を起こす。
5歳児の吉良沢芳人から、前世の自分へ。
全身が漆黒の鎧に包まれる。
ノートの設定的には、序列零位“神の真意”になったわけだ。
「ご主人さま、いえ、総帥……!?」
突然のことに目を丸くする静玖。
黒騎士に変身できることは前々から伝えていたが、そういえば、実際に見せたのはこれが初めてだった。
「静玖、いや、序列三位“拒絶する理解者” 」
総帥という立場を意識し、ちょっと偉そうな口調で呼びかけてみる。
「は、はいっ!」
「これより契約の儀を執り行う。いいな?」
「あ、ありがとうございます。ですが、わたしはまだ何も手柄を立てておりません。本当によろしいのでしょうか……?」
さて、どう答えたものか。
次のセリフは言うかどうか迷ったが、設定上、序列5位 (=零位) は3位の静玖と恋仲なわけで、ちょっとくらい積極的なことを口にしてもおかしくはないだろう。
ついでに言うと俺の中ではまだ中二病回路がフル回転していて、とりあえず何でもいいからキザったらしいセリフを吐きたくてたまらなかったのだ。
「お前を、鷹栖などという馬の骨に奪われたくはないのだ。さあ、手を出せ」
「は、はい……」
おずおずと左手を伸ばしてくる静玖。その顔は赤い。
俺は彼女の手の甲に触れると、魔力を練って紋章を刻んだ。
それは『罅割れた逆十字』じゃない。
前世、俺がサイン代わりに使っていた図形だ。
――偏方二十四面体。
これを通して、俺と静玖のあいだで魔力をやりとりできるようにしておく。
使うアテはないが、何かの時に役立つかもしれない。
「虚構円卓ではお前が最初の契約者だ。必ず勝て」
「しょ、承知しました! 必ずや勝利をこの手に、そして御身に!」
ピッと背筋を伸ばして敬礼する静玖。
やる気は十分、といった雰囲気。
細かい指導は綾乃がやるつもりらしいが、これなら大丈夫だろう。
俺は安心して子供の姿に戻る……と、そのまま意識が遠のいていく。
しまった。
変身解除に伴う魔力枯渇、そして気絶。
これは自発的に変身を解いたとしても避けられない。
せめて屋敷に戻るまでは鎧姿でいるべきだったかもしれない……。
そして翌朝。
俺はなぜか畳敷きの部屋に寝かされていた。
ここは……真月邸の離れだ。
気絶した後、誰かが運んでくれたのだろうか。
「おお、目を覚ましたか、芳人」
声をかけてきたのは宗源さん。
いつものように好々爺然とした表情を浮かべている。
「実はおまえさんに頼みがあってのう」
なんだろう。
「ワシもC∴C∴Cとやらに加えてくれんか?」
どうやら宗源さんは、俺が魔法を実演する様子をこっそり見ていたらしい。
と、いうか。
「一応言っておきますけど、C∴C∴Cは架空の組織ですよ?」
「なん……じゃと……」
愕然とする宗源さん。
「ワシの知らぬ秘密結社があったのかと思ってワクワクしておったのじゃがのう……」
そのまま部屋の隅で三角座りを始めてしまうアラセブ老人。
最終的に「C∴C∴Cを本当に立ち上げるときにはスポンサーになってもらう」という約束を交わすことで、この件は片が付いた。
……もちろんこの時点じゃ、それが現実になるだなんて思ってなかったけどな。
作者のメンタルが限界なので、次からは平常回に戻ります。
永久凍土(ry の元ネタはアンデルセン童話の『雪の女王』です。
ゴッドバード (ry はいろいろ混ぜてます。




