第26話 両手に花、ただしどちらもパックンフラワー
「……兄さん、昨日は夜遊びしてたでしょ」
「な、ナンノコトダロウナー。~♪ ~~♪」
ピーピピゥーと口笛を吹いてみる。
そういや「くちぶえ」ってドラク○だと敵を呼ぶスキルだったよなー、なんて思っていると、
「静玖さんと何してたの?」
さらに追及が増えてしまった。
くっ、やっぱりごまかすのは難しいか……?
別にピンク色の展開があったわけじゃないが、夜中に静玖と会っていたのが妙に後ろめたい。
俺が内心で冷や汗を流していると、
「ふーん」
ひとり納得したように未亜が頷いた。
「昨日、窓から静玖さんが兄さんを抱えて入ってきた……ような気をするの。夢かと思ったんだけど、その様子だと本当だったんだね」
うぐっ。
どうやら俺はカマをかけられていたらしい。
「幼稚園についたらじっくり聞かせてもらうから」
幸い、説明を考える時間はありそうだ。
今日の俺は運がいい。
……なんてのは、ただの儚い幻想だった。
人の夢と書いて、儚い。墓ない。つまり野垂れ死に。
自分で言ってて意味が分からなくなってきたが、とにかく状況は悪化した。
「それじゃあ裁判を始めるね」
「兄さん、洗いざらい吐いてもらうから」
未亜だけじゃなく、綾乃まで追及に加わったのだ。
幼稚園の図書室。
丸テーブルを囲んで三人が座っている。
俺、未亜、そして綾乃。
この場には人払いの結界が張られており、他の園児の姿はない。
机の上には、なぜかおままごとセットの包丁。
刃が鋭く輝いていた。
これって裁判じゃなくて拷問だろ。精神的な。
「まあ、芳人くんに訊くことはあんまりないんだよね。普段から行動はぜんぶ把握してるし」
じゃあこの場は解散で……いや、ちょっと待った。
今、サラリとストーカーめいたことを口走ってなかったか。
俺が疑問を差し挟む隙もなく、綾乃はこう続ける。
「昨夜の芳人くんはこっそり家を抜け出して、不良に絡まれてる静玖ちゃんを助けてあげたみたい」
「ふーん。兄さん、思ったよりマトモなことをしたんだね」
おっ。
どうやら今のは未亜的にポイントの高い行動だったらしい。
ピリピリしていた雰囲気が少し和らいだ。
かと思いきや。
「その時の芳人くん、前世の姿に戻ってたの。静玖ちゃんをお姫様抱っこしながら走り回って、最後は夜の公園でデート。ラブラブで羨ましいよね」
急転直下。
綾乃がものすごい爆弾を投げ込んだ。
「年頃の男女がふたりっきりで夜の公園、うーん、いったいどんなことをしてたのかなー」
「兄さん?」
未亜の視線が険しくなり、その手が包丁に伸びる。
ひいいいいい。
オモチャとは分かっているんだが、なぜかやたらと背筋が寒い。
「実際はただ単に相談を受けてたみたいだけどね」
「あっ、そうなんだ。……よかった」 (包丁を手放す)
「でも夜中にわざわざ相談に乗ってあげるなんて、もしかして芳人くん、静玖さんのこと――」
「む……」 (やっぱり包丁を手に取る)
「と見せかけて本命は未亜ちゃんと思うよ」
「えへへ」 (ふたたび包丁を置く)
「――お前ら、俺を怖がらせてそんなに楽しいか?」
「「うん、とっても!」」
うちの義妹とその親友のコンビが強すぎる件について。
正直、まったく勝てる気がしない。
そんな感じで何度となく包丁に脅かされはしたものの、俺はなんとか事情の説明を終える。
すると未亜は、
「鷹栖って人、なんか怖い」
少し震えながら、そんな感想を漏らした。
「静玖さんは婚約を嫌がってるのに、強引に話をまとめちゃうなんて……。こういうのって、退魔師の家じゃ普通のことなの?」
「ううん、違うよ」
首を振って答えたのは綾乃だ。
「文鷹って人がすごく強引なだけ。鷹栖家が勢いに乗ってるってのもあるかな」
曰く――
もともと日本の退魔師のトップには鴉城という家が君臨していたらしい。
しかし2年前の飛行機事故で当主を失った後は凋落の一途を辿りつつある。
代わりに台頭してきたのが鷹栖家だ。
長男の文鷹はまだ当主ではないものの、退魔師としての実力は国内でも五指に入る。
若手を中心として支持が広がっており、「鷹栖派」もとい「文鷹派」は現在のところ一、二を争う派閥になっているんだとか。
「……綾乃、やけに詳しいな」
「だってわたしは真月家の娘だよ? 国内のことならおじいちゃんに訊けばまるわかりだし、芳人くんが知りたがると思って今朝のうちに訊いておいたの。あっ、これ良妻アピールね」
二コリと微笑む綾乃。
幼稚園の男子連中は「綾乃ちゃんマジ天使」なんて言ってるが、俺からするとただの営業スマイルにしか見えない。みんな騙されてるぞ。こいつは邪神なんだ。比喩的な意味でも、リアルな意味でも。
「そうそう、静玖ちゃんの実力も調べてあるよ。去年は神祇局が混乱してたせいでトーナメント――『諸百会』はなかったみたいだけど、二年前と三年前は出場してたみたい」
「結果はどうだったんだ?」
「どっちも予選落ち。手も足もでないまま負けちゃってるよ。……今日を入れて残り8日だっけ。普通のやりかたじゃ優勝はムリと思うけど、芳人くん、何かアイデアはあるの?」
ない。
昨日はそれを考える前に寝てしまったし、今日はまったく暇がなかった。
なにせ今の今まで未亜の包丁に怯えっぱなしだったしな。
「パッと思いつくのは……ひとつくらいだな」
「どんなの?」
「静玖はステータス上、魔力が90くらいあるんだ。けれど実際の出力は三分の一を切っている。たぶん、魔法体系との相性が悪いんだろうな」
と、ここまで話したところで俺はふと疑問を抱く。
「そういや静玖って、あんまり『退魔師』って感じじゃないよな」
むしろ『魔法使い』とか『魔導師』という言葉のほうがしっくりくる。
すると綾乃は、すでにそのことについても調べていたらしく、
「相鳥家は鴉城の分家のひとつだよ。明治維新の時にできた家で、西洋魔術を学ぶように本家から命令されてるの」
と、教えてくれる。
「ただ、初めは妙な取り決めがされてたんだよね。『日本の退魔師に勝ってはならない』『強力な魔法を学んでもよいが、使ってはならない』――どうしてだか分かる?」
「やられ役、か?」
「うん、そんな感じ。相鳥家は、日本の退魔師が『西洋魔術なんて大したことない』ってみんなが安心するための敵役だったんだよね。WWⅡのあと――第六代当主からはそういう取り決めもなくなったんだけど、やっぱりそれまでの印象もあるし、他の家からは見下されているみたい」
「……なんだか綾乃、すっごく詳しいね」
横で未亜が感嘆のため息をつく。
「いずれわたしがしは――ううん、何でもないよ。ちょっと興味があって、おじいちゃんにいろいろ教えてもらってただけだし」
いま「支配」とか言いかけてなかったかこの邪神。
けどまあ日本の退魔師業界ってロクな話も聞かないし、いっそ綾乃あたりに丸投げした方がマシになるような気もする。
あっちの世界の邪神教団、少なくとも信者間はものすごい仲良しだったんだよな。
何かというと宴会やってるし、末端の独身信者のために合コンとかやるし、なぜか幹部のひとり (29歳独身♀、極度の絡み酒) が毎回参加してるし。
「それよりほら、静玖ちゃんを優勝させる方法だよ。芳人くん、さっき言いかけてたよね」
やや強引に話を戻そうとする綾乃。
「魔法体系との相性が悪いってことは、他の体系を教えてあげるってこと?」
「まあ、そうなるな」
こっちの世界でもあっちの世界でも、魔法の本質はまったく同じだ。
重要なのはイメージ、テンション、リアリティ。
詠唱や魔法理論ってのは「こんな魔法を使える気がする!」と思い込むための足掛かりに過ぎない。
だから例えば「火の玉を出す魔法」でも、体系によっていろんな呪文や理論が存在している。
「でもたった8日で、別の理論に乗り換えさせるのは無茶じゃない?」
「いちおう無理じゃないんだ、うん。……ろくでもない方法になるが」
「どんなの?」
覗き込むようにして問いかけてくる綾乃。
未亜も興味深そうにこちらを見ている。
あんまり言いたくないんだが……まあ、もしかしたら2人がもっといい案を出してくれるかもしれないか。
それを期待しながら俺は言う。
「マインドハックで静玖の記憶を弄って、それまで学んだ魔法体系を全部忘れさせるんだ。その上で、イメージ重視の、俺がやってるような方法を教えようと思うんだが…………っておい、そんなドン引きしないでくれ、しないでください、傷つくから」
「だって、ねえ、未亜」
「兄さんってやっぱり外道だったんだね……」
「やっぱり、ってなんだ、やっぱり、って。今のはあくまで案の一つだ。実際にやるつもりはないぞ。俺は清廉潔白な勇者だからな」
「――それじゃあ芳人くん、わたしが誘拐されたときのことを思い出してみて」
綾乃が妙ににこやかな表情で話しかけてくる。
「ヘルベルトから記憶を吸い出してたけど、あれ、一歩間違ったら廃人だよね。しかも発狂するような呪いまでかけてたし」
「そ、それは綾乃の安全を確保するためにやむなくだな……」
「洞窟でレオナって女の子と戦った時も、殺すのぜんぜん躊躇ってなかったよね」
「ええと……」
「兄さん、ちゃんと罪を認めた方がいいよ」
綾乃に続き、未亜がやたら優しい目つきで俺に語り掛ける。
「大丈夫、そういうの魔族的にはポイント高いから。あたしの気持ちは変わらないよ」
「邪神的にもオールオッケーだから安心してね、外道の芳人くん。ううん、外道くん」
「よかったね、兄さん……じゃなくて、外道さん」
俺のアイデンティティが外道で塗りつぶされた件について。
とんだ風評被害だ。
損害と賠償を請求したい。
……損害をこれ以上増やしてどうする。
「でもごめんね芳人くん、今回はわたしに任せてもらっていいかな」
「綾乃、何か考えがあるの?」
「うん。芳人くんと未亜にも協力してほしいんだけど、今夜からうちに泊まりに来てほしいの」
「えっ、いいの? なんだか楽しみー」
キャッキャウフフと盛り上がる未亜と綾乃。
それはとても可愛らしい姿なんだが、綾乃は何をしようとしてるんだ。
当たり前のように外道枠を俺に押し付けてくれたわけだが、この中じゃ彼女が一番ドス黒い。
なにせ邪神だしな。
正直なところ不安で仕方がなかった。




