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第25話 人助けで常にフラグが立つとは限らない

 トーナメントとやらがどんなものかは知らないが――


『俺と静玖じゃ身長とか体形とか違いすぎるだろ』

『そこはほら、ご主人さまの魔法で何とか誤魔化す方向で……』

『化けるだけなら無理じゃないが、模擬戦みたいなのはちょっと難しいぞ』

『うーん、困りました……って、きゃっ!? ご、ごめんなさ――』


 唐突に切断される念話(テレパス)

 

『どうした静玖(しずく)? 静玖?』

 

 こちらから声を送っても反応がない。

 何かあったのだろうか。

 念話の媒介に使っているペンダントは、互いの居場所を知らせる機能もある。

 静玖はどうやら新松来駅のあたりにいるらしい。

 放っておくのも心配だし、ちょっと様子を見に行こう。

 

 俺は未亜を起こさないように注意しつつ、こっそり窓から外に出た。

 こうして深夜に外出するのも久しぶりだ。

 一年前、綾乃が誘拐されたとき以来だな。


 魔力で肉体強化をしつつ、屋根から屋根の八艘飛び。

 

 それにしても、『変装してトーナメントに出てくれ』か。

 なんだか静玖には似つかわしくないお願いだ。


 相鳥静玖。

 わずか14歳で相鳥家当主となった少女。

 いつも漆黒のロングコートに身を包み、右眼を包帯で隠している。

 典型的な中二病ファッションにばかり目が行ってしまうが、根っこには強いものを持っていると思う。


 雉間裕二郎という退魔師が暴挙に出たときは、身を挺してそれを食い止めようとした。

 誘拐事件の後は他家からの風当たりが強くなったものの、弱音を吐かずに耐え忍んでいた。


 そんな彼女が、安易にトーナメントの替え玉を頼むものだろうか。

 特訓のお願いなら理解できるんだが、もしかするとかなり重い事情を背負っているのかもしれない。


 考え込んでいるうち、俺は静玖のところに辿り着く。

 新松来駅の北側、いかがわしげな店が立ち並び、お世辞にもガラがいいとは言えない場所だ。

 その裏通りで――


「ああ? 人の肩にぶつかっといて、謝るだけで済むと思ってんのか?」

「へへ、逆らわないほうがいいッスよ。ミチルさんは女みたいな名前ですけど、マサルさんっていう元ボクシングジム通いでプロテストを受けた人の知り合いッス。まあ、マサルさんはプロテストに落ちた上、今はサブロウっていう子分と一緒に新宿二丁目のバーで働いてますがね」

「余計なことを言うんじゃねえ、シロウ!」


 なんだか見覚えのある光景が繰り広げられていた。

 ガラの悪そうな男2人に絡まれる静玖。

 話を聞くに、肩が当たった当たっていないで揉めているらしい。

 

 男2人はニタニタと下卑た笑みを浮かべている。

 止めに入ったほうがいいだろう。

 とはいえ5歳児が出て行っても話がこじれるだろうし……そうだ。

 

 俺はふと思いついたアイディアを試してみることにした。


「――《時間術式(クロックリィ)》・《漆黒の(変身ポーズヲ)騎士は(最初ニヤッタノハ)彼岸より(仮面○イダー1号 )此岸に(ジャナクテ)帰還する(2号ナンダヨ)》」


 詠唱と発音がまったく関係ないのはいつものことだ。

 気にしてはいけない。

 右の脇腹が疼く。

 《泥》に格納された概念情報が展開され、俺は5歳児から黒騎士の姿に変貌していた。

 で、ここからが実験だ。

 鎧の下は前世の姿に戻っているかどうか。


「《装甲(ワタシ)解除(脱イダラ凄イノヨ)》」


 前にも言ったが、魔法なんてのはイメージだ。

 想像できることは基本的に可能なわけで……よし。

 漆黒の鎧がスウッと消え、後には生身の肉体だけが残された。

 (はた)から見れば、きっと18歳当時の俺が再現されているはずだ。

 女騎士の師匠に鍛えられて、それなりに筋肉がついたころの自分。


 発揮できる力は……子供以上、黒騎士以下ってところか。

 そのぶん精神(リア充が憎いので)汚染(まず俺が死ぬべき)の進行も遅い。

 あくまで予測に過ぎないが、30分は変身を維持できるだろう。


 ちょっと整理しておこうか。


  子供状態  戦闘力 低 持続時間制限なし

  18歳生身 戦闘力 中 持続時間30分

  黒騎士   戦闘力 超 持続時間3分


 俺は物陰を出て、静玖たちのほうへと駆け寄る。


「あのー、すみません」

 

 俺はミチルさんと呼ばれた男に声をかけた。

 浅黒い肌をしており、唇にいくつもピアスを通している。

 ちょっと引っ張ってみたいが、ガマンガマン。

 

「なんだぁ、テメエ。オレたちはいま大事な話をしてんだ、すっこんでろ」

「いやー、なんだかウチの妹が失礼しちゃったみたいでホントすみません」

 

 ペコリペコリ。

 俺は頭を下げて下げて下げまくる。


「それでですね、慰謝料をお支払いしようと思うのですが……」

「へへっ、そいつはいい心がけじゃねえか」

「額はですね――――ああっ! う、う、後ろ! び、美人の首なし幽霊が!」

「へっ!?」「マジッスか!?」


 我ながらひどいセンスの嘘と思うが、男2人は見事に引っかかっていた。

 その隙に、


「え、えっと、ど、どちらさま……?」


 俺が誰なのか気付いていないままの静玖を抱え上げ、その場から逃げ出した。


 



 男たちを振り切るのは案外と簡単だった。

 ま、ステータスは全盛期のままだしな。

 女の子ひとりをお姫様抱っこしていても、そんなのは何のハンデにもならない。


 俺は川近くの公園に辿り着くと、そこで静玖を地面に降ろした。


「ありがとうございました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」


 頭を下げる静玖。

 とても丁寧な物腰ではあるものの、「これ以上関わらないでほしいオーラ」をひしひしと感じる。


 まあ、当然といえば当然か。

 この姿で静玖と会うのは初めてで、向こうにとっては見知らぬ他人でしかない。

 そいつにいきなりお姫様抱っこされるとか、現実的に考えりゃ警戒心を持つのが普通だろう。

 

 静玖の気持ちが手に取るようにわかる。

 「助けてもらったのは感謝するけど、この人もこの人でヤバいんじゃ……?」みたいな。

 

 うーん。

 なんだかちょっと新鮮だな。

 いつも接しているのは「わーいご主人さまー」みたいな静玖なので冷たい態度もかえって楽しい。

 とはいえ彼女を不必要に怖がらせるのもかわいそうなので、


『静玖、俺だ、芳人だ』


 念話(テレパス)を交えつつ、ネタをばらすことにした。



 * *



「ああもう、本当にびっくりしました……。ご主人さまならご主人さまと言ってください。わたし、本当に怖かったんですから」


 そう語る静玖は、ほんの少し涙目だった。


「ご主人さまとか若奥さまに虐げられるのはいいんですけど、知らない人が相手なのはちょっと……」


 彼女の言葉に、俺はふと苦い記憶を思い出す。

 そうだよなー、Mだからって誰でもいいわけじゃないんだよなー。

 童貞はそのへんをわきまえず「わたしMだからー」なんて言ってる女の子に意地悪して嫌われるんだよ。

 あ、俺のことです。

 死にたい。

 

「ご主人さま、急にがっくりしてどうしたんですか?」

「いや、なんでもない」


 昔、ココロの膝に矢を受けてしまってな。

 それがひどく傷むのさ。

 うう。

 

「と、ところで……」


 遠慮がちに呟く静玖。


「さっきの話――替え玉のことなんですけど、やっぱりダメ、ですか?」

「……トーナメントの話だよな」

 

 俺の確認に静玖は頷いた。


「はい。正しくは『諸百家(しょひゃっか)子女(しじょ)技芸(ぎげい)交流会(こうりゅうかい)』と言う名前なんですけど、みんな略して『諸百会(しょひゃくかい)』って呼んでます。18歳までの退魔師が集まっての模擬戦ですね」

「18歳以下だから子女、模擬戦を指して『技芸交流』か。……諸百家ってのは何なんだ?」

「いろんな退魔師の家系をひとまとめにして『諸百家』です」

「なんだか格好いい言い回しだな」

「ですよね!」


 力強く答える静玖。

 気持ちはよく分かるぞ。

 漢文っぽいフレーズって、なんだか魂が震えるよな。


「で、どうして優勝しなきゃならないんだ?」

「実は、その……ややこしい事情がありまして……」


 ゴニョゴニョと口籠る静玖。

 

「――こんな時間に逢引とは、相鳥家というのは随分と奔放な家のようだな」


 そこに割って入る声があった。


 鷹だ。

 夜空をぐるりと旋回し、俺たちの眼前に鷹が舞い降りる。

 月光を受けて輝くその羽毛は、眩しいほどの純白。


「使い魔にて失礼する、自分は鷹栖(たかす)家長男の鷹栖(たかす)文鷹(ふみたか)という」


 鷹の(くちばし)が動くたび、そこから低く重たい男の声が響く。

 魔法か何かでこの鷹をスピーカー代わりにしているのだろう。


「そこのお前は……見たことのない顔だが、まあいい、どうせ取るに足らん零細退魔師だろう。名乗らなくて構わん。どうせすぐに忘れる」


 鷹はこちらを見てそう言った。

 声色から漂うのはあからさまな嘲り。

 安い挑発……ではない。

 この鷹栖という男は、本気で俺のことを見下しているようだ。

 

「ま、相鳥家の娘がどれだけふしだらだろうと我は気にせん。それが王の器と言うものだからな」


 我?

 これまたすごい一人称だ。

 静玖、雉間、鳩羽――ほんと退魔師には変わり者しかいないよな。

 

「静玖よ、今朝告げた通りだ。次の交流会で優勝できぬ場合、弟と婚約してもらう。真月家やフィリスイリスとの繋がり、おまえのような女が持つには勿体のない代物だ。潔くすべて我が鷹栖家に差し出せ、いいな」


 言うだけ言うと、白い鷹はバサバサと飛び去っていく……ように見せかけ、近くの木立に身を隠した。

 視線を感じる。

 というかあの鷹、静玖が男2人に絡まれたときも上空にいたっけな。

 ずっと静玖を見張っているのかもしれない。

 ストーカーなのか偵察目的なのかは不明だが、プライバシーの侵害はどうかと思う。

 

 よいしょ、っと。

 

 この程度の距離なら魔法も届く。

 鷹を眠らせて、と。

 適当に静玖の出る夢でも見せておくか。

 俺がそうやって細工をしている間、静玖はジッと黙り込んでいた。

 眉を(ひそ)め、かなり厳しい表情だ。


「静玖、今のが優勝しないといけない理由か?」

「……はい」


 声もやけに固い。

 

「あの人、やたらしつこく婚約を押し付けてくるんです。ずっと断っていたんですけど……」


 どうやら鷹栖文鷹という男はかなり強引な質らしい。

 静玖に脈ナシと見るや、あちらこちらに手を回し、


 ――次の交流会で優勝できなかった場合、相鳥静玖は鷹栖家の次男と婚約する。


 そういう風に話をまとめてしまったのだ。

 当主を抜かした決定事項に有効性なんかなさそうだが、曰く、本家筋から命令されてしまったとか。

 本家分家の関係って、現代日本にもあるんだな。

 退魔師業界ってやっぱり怖い。

  

「自分の実力で優勝できれば理想的なんですけど、もう時間がありませんし……」

「交流会はいつなんだ?」

「再来週の土日です。今はもう0時を回ってて金曜日ですから――」

「今日を入れて8日、だな」

 

 わりと目前にまで差し迫っている。


「まずは静玖の魔法を見せてくれないか? 稽古をつけるくらいならできるだろうし」

「よ、よろしいんですか? ……ごめんなさい、そもそも替え玉ってバカな話でしたね」

「気にするな。いきなり結婚だの婚約だの言われりゃ、誰だって混乱するだろ」


 そもそもこの現代社会に、許嫁だの何だのが存在することが驚きだ。

 退魔師とやらの業界は本当にややこしい。


「ま、それより魔法だ魔法。準備はいいか?」

「ちょ、ちょっとお待ちください!」


 静玖はやや緊張気味に答えると、コートの右ポケットから小さな宝石を取り出した。


「《起動(ウェイクアップ)》」


 それがキーワードになっているのだろう。

 宝石がヴヴンと音を立てながら宙に浮かび、周囲に金属製のパーツがいくつも出現した。

 ひとつひとつが磁石のように引き付け合い、段々とひとつの形になっていく。

 まるでロボットアニメの合体シーンだ。

 

 やがて完成したのは、先端に「罅割れた十字架」をあしらった魔法の杖。

 そのデザインは彼女のロングコートに刺繍されたものとまったく同じだった。

 ちなみに静玖の服装は変わっていない。

 一回全裸になってからの衣装チェンジはロマンなんだが、現実は厳しいということだろう。

 残念。


「えっと、どんな魔法にしたらいいですか?」

「とりあえず火の玉を出す感じで」

「了解です!」


 威勢よく返事をすると、静玖は左手を大きく広げた。

 包帯で覆った右目の前にかざして詠唱を始める。

 現時点では別に魔力の動きは感じられない。

 おそらくテンションをあげるための動作だと思う。

 

「――輝くものが(Brightness)(falls)から(from)堕ちる(the)とき(Air)私は(The)星の群れ(Stars)(My)(Desti)赴くだろう(nation)


 詠唱。

 なんだかものすごく聞き覚えがあるというか、コレ、SFのタイトルを適当につなげただけじゃないか?


「――遠き(a)深淵(Fire)(upon)(the)(Deep)(The)の星(Fomalhaut)(is)(a)慈悲な(Harsh)女王よ(Mistress)――」


 フォーマルハウトって、おい。

 前後の文脈からするに実在の星というよりはクトゥルフ神話のほうのアレだろう。

 名状しがたいものとか出てきたらどうするつもりなんだ。


 細かいツッコミどころはさておき、静玖を中心にして魔力が渦巻き始める。


 一年前の記憶だが、退魔師として最前線でバリバリ戦っている雉間の魔力は70台だった。

 

 現在の静玖のステータスを見てみよう。


 [名前] 相鳥静玖

 [性別] 女

 [種族] 中二病

 [年齢] 15歳

 [称号] 相鳥家第八代当主

 [能力値]

  レベル56

   攻撃力  56

   防御力  52

   生命力  45

   魔力   92

   精神力  44

   敏捷性  57

 [アビリティ]不明

 [スキル] 西洋魔術Ⅲ その他不明


 去年の時点ではレベル52で魔力は80台だったが、どうやら俺の知らない間に成長していたらしい。

 魔力が90台ってのはなかなか高いな。

 向こうの世界でも宮廷魔術師を狙えるレベルだ。


 それなのに、感じられる魔力の波長がやけに弱い。

 本来のポテンシャルを打ち上げ花火とするなら、この出力は線香花火だ。

 なんだこの落差。


「我が手に完成せよ――《煉獄の(フレイム・)炎弾(キャノン)》!」


 いつになく凛々しい声で静玖が叫べば、

 ……ぽん。

 なんだか間の抜けた音とともに、手のひらほどの火炎球が出現する。

 ノロノロと進んだあと、力尽きたように消滅した。

 

「ど、どうですか? 実はわたし、若手の中でもわりと底辺なんですけど……」


 不安げに尋ねてくる静玖。

 ステータス上の魔力は90台だが、それがまったく発揮できていない。

 実質的な出力としては、その三分の一以下か。


 こういうケースはあっちの世界で何度か目にしている。

 まず考えるべき原因は相性だ。

 本人の資質と、使っている魔法体系がまったく合っていないのかもしれない。


 さて、どうするかな。

 わりと致命的な問題だぞ。


 俺はううむと唸りながら考え始めたわけだが、そこでタイムリミットが訪れた。

 魔力が切れ、前世の姿を維持できなくなる。

 身体がしゅるしゅると縮みはじめ、同時に、意識が遠ざかる。

 まずい。

 このまま眠ったら、家に、帰れ、ない――。


「ご、ご主人さまっ!?」


 戸惑ったような静玖の声を聞きながら、俺は意識を手放していた。






 そして翌朝。

 俺はいつのまにやら自宅のベッドに戻っていたものの、

 

「……兄さん、昨日は夜遊びしてたでしょ。静玖さんと何をしてたの?」


 未亜から、思いがけない追及に晒されることとなる。

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