第23話 黒幕の会話は作者の自己満足ではないだろうか
第2章エピローグ的な話。
「わたしも全知全能の神じゃないし、あやふやな部分があるのは許してほしいな」
真月さんはそう前置きして話を始めた。
曰く――
・もともとはフィリスが『異世界から超常的な存在を喚び出す研究』をしていた。
・ヘルベルトはフられた腹いせにそれを盗み出し、日本に逃げ込んだ。
・召喚には生贄が必要であり、存在の波長とやらが『超常的な存在 (=邪神) 』に近いほうが望ましい。
「邪神とわたしの適合率は100%なんだって。当たり前だよね、本人なんだし」
例えるなら「そっくりさんコンテスト、ただし手違いでご本人に賞をあげちゃいました」だろうか。
ご本人登場シーンはどうするつもりなのやら。ひどすぎる。
しかしヘルベルトはそれに気づかないまま真月さんを攫い、召喚の儀式を行おうとしたわけだ。
「あんまり目立ちたくないから様子を見てたんだけど、まさか芳人くんが助けに来てくれるとは思わなかったな。すっごく嬉しかったよ」
ニコッと天使の笑顔を浮かべる真月さん。※ただし邪神です。
「で、なんだかピンチっぽかったから手を貸した感じ。やれやれだね」
うーん。
真月さんの動き方、昔どこかで見たことがあるぞ。
なんだっけな。
ああ。
思い出した。
ひと昔前の二次創作だ。
神様の手違いでトラックに撥ねられ、お詫びとしてチート付きでアニメやラノベの世界に転生することになった傍観系主人公。本編に関わりたくないと言いながら、「やれやれ」を口癖に首を突っ込む。
おまえはスタープラチナの人か。
でもって次々に人助けをするうち、本編の主人公からヒロインを寝取りまくってのハーレムを形成する、わけだ。
つまり俺は攻略対象か。
撫でられたらポッと頬を染めて真月ハーレムに入らないといけないのだろう。
そんなわきゃない。
なお、ヘルベルト自身が生贄になってしまった件については、
「芳人くんがヘルベルトを気絶させた後かな、小さな女の子がやってきて術式を弄ったの。たぶんそのせいじゃないかな」
とのこと。
小さな女の子――アリア・エル・サマリアだろう。
「その子、『予定を外れたのでプランBに移行するのです』とか呟いてたんだよね」
なるほど、な。
プランBがあるなら、プランAもあるのだろう。
ちょっと推理してみようか。
おそらく元々の予定では真月さんが生贄になっていたはずだ。
けれどヘルベルトは俺からマインドハックを受け、儀式の遂行が不可能になってしまった。
こういう不測の事態が起こった場合、プランBに切り替わることになっていたのだろう。
ただし、問題がひとつ。
ヘルベルト自身は、プランBの存在そのものを知らなかったっぽいんだよな。
ヤツの記憶を覗いてみても、玲於奈やアリアと接触した形跡はない。
おそらくヘルベルトは、自覚のないまま黒幕に操られていたのだろう。
その黒幕が誰かといえば、玲於奈曰く、神薙真姫奈。
オヤジの愛人のひとりだ。
真姫奈はヘルベルトを影から動かしつつ、他方、フリーランスを集めて皆殺しにするつもりだったのだろう。なんて茶番だ。
まあ、みんな俺が蘇らせたわけだが。
結局のところ、真姫奈の目的は何だったのだろう。
単に有能なフリーランスを減らしたかっただけとは思えないが、どうにも情報が不足している。
……アリアの精神に仕込んでおいた『盗聴器』と『隠しカメラ』に期待、だな。
* *
そうして事件の顛末について話し終えると、真月さんは「芳人くんと二人で話がしたい」と言い出した。
当然ながら未亜は嫌がる……かと思いきや、
「分かった。またあとでね、兄さん」
すんなりと部屋を出て行ってしまう。
ただし去り際に、
『家に帰ったら、この前みたいに遊ぼうね』
そんな念話を、妙に色気のある声で送ってきたりはしたわけだが。
たぶん昨日の、ベッドでのことを指しているのだろう。
……俺たちはよろしくない方向に関係を発展させつつある気がする。
部屋には俺と真月さんだけが残された。
窓の外ではスズメの群れがピィピィと鳴きながら旋回していた。
たまに駅前でも同じ光景を見るけど、何がしたいんだろうな。
「芳人くん」
真月さんは呟くように、俺の名前を呼んだ。
「魔力は大丈夫?」
初めから答えを見透かしたような問い。
彼女はとっくに気付いているのだろう。
「かなり微妙だ」
だから俺も、変に隠したりはしない。
「黒騎士に変身した後からずっと、《泥》に魔力を食われ続けてる。……何が起こってるんだ?」
今の俺の魔力量は、誘拐事件前と比べて50分の1まで低下している。
タンクに穴が開いていて、一定以上はたまらなくなった、というべきか。
最大MPを100とするなら、ずっと2/100で止まっている感じ。
もちろん魔力なんてのは自然回復するわけだが、それがすべて《泥》に流れていた。
この魔力量じゃ、たとえば《時間術式》による死者蘇生なんかは難しいだろう。
「どう説明したらいいかな」
顎に指をあて、んー、と考え込む真月さん。
「それは《時間術式》のちょっとした応用だよ」
「なるほど、分からん」
「昨日、黒騎士に変身した時のことを思い出してみて。魔力が最大量まで回復してたよね。あれ、どこから持ってきたと思う?」
この口ぶり、そして「《時間術式》の応用」というフレーズ。
考えられる答えは、やや信じがたいものだった。
「過去や未来の自分自身から、魔力を持ってきたのか?」
「うん、正解。わたしや他の神様もそうやって魔力を確保してるんだよ。……ただ、呼吸と同じくらい当然のことだから、詳しく説明しろって言われても難しいんだけどね」
つまり神様は当たり前のように時空を超えてるわけか。
すげえ。
さすが神、すなわちゴッド。
「じゃあ、ヘルベルトと戦う前に何度か魔力を食われたのは――」
「たぶんその《泥》を通して、未来の芳人くんが奪っていったんじゃないかな」
なんてこった。
いままで何かと厄介事を将来に押し付けていたが、こんな形で反撃が来るとは思わなかった。
ん?
ちょっとタイム。
考える時間をくれ。
何かおかしくないか。
「俺は魔力切れでヘルベルトに負けて、そのあと真月さんの手助けで黒騎士になったわけだ。……けど、未来の俺に魔力を奪われなかったら、ヘルベルトとの戦いはどうなってたんだ?」
「芳人くんのことだし、たぶん楽勝だったと思うよ」
真月さんは力強く言い切った。
そうなると……まずいな、頭が付いて行かなくなってきたぞ。
未来の俺がヘルベルトに負ける
→真月さんの手助けで黒騎士に変身する
→この時、過去の俺から魔力を持っていく
→過去の俺、魔力が枯渇したせいでヘルベルトに負ける
→(以下ループ)
卵が先か、鶏が先か。
しかも魔力が足りていれば、そのままヘルベルトを倒せていたわけで……ううむ。
「あんまり難しく考えないほうがいいよ。なるようになる、略してなるなる、だね」
ふわっと微笑む真月さんは、思わずドキリとするほど可愛らしかった。
なるなる。
俺ってチョロい。
「じゃあ別のことを訊かせてくれ。結局この《泥》って何なんだ?」
「知りたい? 結構ビックリしちゃうかも」
もったいぶらずに早く教えてほしい。
「それは『神様の素』だよ。成長するとわたしとか他の邪神みたいになるんだけど、なぜか芳人くんとばっちり融合してるの。それこそ『わたしを生贄にわたしを召喚する』級に相性がいいみたい」
「……邪神って、おい」
かなりヤバいんじゃないか、それ。
「大丈夫だよ。適合してなかったら《泥》に食べられちゃうけど、奇跡みたいなぴったしカンカンだし」
ああ、今も夕方にやってる旅番組の……って、そりゃ『ぴったんこカン★カン』か。
ちなみに俺は「ぴったん」と聞くと『もじぴったん』を思い出す世代だ。もやし食べたい。
「それに《泥》は芳人くんの一部として定着したみたいだし、もしも何かあったらわたしがフォローするよ」
「……すまない、迷惑をかける」
「いいんだよ。それにね、嬉しいの」
「嬉しい?」
予想外のフレーズに問い返すと、真月さんは、まるで花が咲くような満面の笑顔でこう答えた。
――これで2度とわたしから離れられないね?
* *
そのあと俺は真月さんの部屋を出たが、すぐに帰宅とは行かなかった。
彼女の祖父、真月家の長老である真月宗源が呼んでいるらしい。
なんでも孫娘を助けてくれた礼を言いたいのだとか。
28歳独身のメイドに連れられ、今度は屋敷の外へ。
和風の離れに案内された。
「おお、よく来てくれた喃」
真月宗源は、名前のとおり厳めしい顔つきの老人だった、が。
「待ってたわ、ヨシト」
部屋にはなぜかフィリスの姿もあった。
四つん這いになった宗源さんの上に、くつろいだ姿で座っている。
手にはなぜか乗馬用のムチ。
なにこのSM空間。
老人虐待じゃないのかこれ。
「私のほうが年上だもの、問題ないわ」
ああ確かにフィリスさんは二千……じゃなくて数百歳ですもんねはい。
「いやはや、相変わらずフィリス様は軽くていらっしゃる。この老骨には心地いいくらいですわい」
おまえらどういう関係やねん。
思わずエセ関西弁で突っ込みたくなるくらいアレな光景だった。
早く帰りたい。
俺はこれからシャ○のDVDを見て、過ぎ去りし中二病の記憶に悶え苦しむ予定が入ってるんだ。
……どっちにしろ地獄だな。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、宗源さんはやたらと長々しく感謝の言葉を述べ始めた。
もちろん四つん這いのままだ。
北欧神話にヨトゥンヘイムって地名があったよな。
氷と霜の世界なんだっけ。
まさにこの部屋の状況だよ。
何が悲しくて他人のSMプレイを鑑賞せにゃならんのだ。
つうかフィリスのコネって、もしかしてこんなのばっかりじゃないよな。
……考えないようにしよう。
世の中には触れるべきでないことがある。
それを知った四歳の夕暮れだった。
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――すまない、直樹。今回の実験は失敗だ……。
――構わないよ真姫奈。被害を報告してくれるかな。
――最悪の中の最悪、だ。召喚は失敗、フリーランスは全員生存、アリアは魔法を封じられて使い物にならん。斯くなる上は腹を切って詫びを……!
――別にいいよ。誰にだって失敗はあるさ。
――あ、ありがとう。やっぱり直樹は優しいな。
――真姫奈のことは大事に思っているからね。玲於奈はどうしたんだい?
――あいつなら一人だけツヤツヤしてたな……。狂人の考えることはよく分からん。
――10代の女の子は難しいからね。それで、失敗の原因は何かな。
――非常に言いづらいんだが、その。
――芳人だね。
――どうして分かったのだ。
――カン、かな。芳人と僕はどうしようもなく相性が悪い。水華を寝取られた時からそう感じていたけれど、やっぱり正解だったね。二番計画はすべて凍結、僕たちのあらゆる足跡を消し去るんだ。3年くらいは南の島でバカンスしよう。いいね?
――何故なのだ、直樹。
――芳人を関わらせないようにするためだよ。
――だが、まだ四歳児ではないか。
――あの子は見た目よりずっと賢いよ。舐めちゃいけない。昔ながらの言い方をするなら「天魔・鬼神の加護を受けた早熟の俊才」ってやつだろうね。
――だったら一番計画はどうする。
――なに、また別の子供を作ればいいだけだよ。そうだろう、真姫奈?
次回から第3章、詐欺みたいなサブタイトルになります(予告)




