表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/145

第16話 スぺシ○ム光線のポーズ、右腕は縦ですか横ですか

 俺が自宅に戻ったのは午前4時、まだかろうじて空が暗い時間帯だった。

 

「うぅ……ドーナツの真ん中をうまく()()かないと……、魔王城のみんなが……」


 謎の寝言を呟いている未亜を横目に、二段ベッドの梯子を上る。

 夜更かしに加えて、黒騎士との戦い。

 自分でも思う以上に消耗していたらしい。

 瞼を閉じると、すぐに眠りへと落ちていった。




 そして翌朝、俺はいつもどおり7時に目を覚ましたが――


「兄さん、体調悪いの?」

「いや……平気だ……」


 眠気がやばい。

 なにせ3時間しか寝てないしな……。

 朝ごはんを食べたら二度寝するつもりだったが、それすらも厳しいかもしれない。


 目の前には、こんがり焼けたトーストが……むにゃむにゃむにゃ――――ゴン!

 痛ててて……。

 やっちまった。

 意識が飛んだ拍子に、皿の上のトーストに頭突きをかましていた。

 さすがに血は出ていないようだが、なぜか額がヌルヌルする。


「兄さん、だ、だいじょ……ぷっ、くくくくっ……、あははははははっ!」


 俺を見るなり爆笑し始める未亜。

 なんだなんだ、一体どうしたんだ。

 顔に何かついてるのか?

 リビングを出て、洗面所へ。

 鏡を覗き込んでみると、そこには第三の目よろしく額にマーガリンのカタマリを張り付けた阿呆(あほう)がいた。

 誰だこいつ。

 俺です。


「芳くん、昨日は寝れなかったの?」


 リビングに戻ると、夕子さんがちょうど新しいトーストを出してくれたところだった。


「うん、なんだか寒くって」


 嘘をつくのは心苦しいが「家を抜け出して黒い怪物と戦ってました」なんて言えるわけがない。

 ごめん夕子さん。


「じゃあ、芳くんの毛布、増やしておくわね」


 うう。

 気遣いが胸に刺さる。


 食後。

 二階の部屋に戻るのも億劫(おっくう)だったので、俺はリビングのソファで横になった。

 幸いにして今日は土曜日、幼稚園は休日だ。

 家でゆっくりさせてもらおう。


 ……。

 …………。

 ………………。


 どれくらい眠っていただろう、ふと気づくと「ギャゴー!」という異様な鳴き声が聞こえてきた。

 なんだなんだと思いながら目を開ければ、テレビの中で怪獣が暴れている。

 これは……修二さんが借りてきたDVDか。

 昔懐かしの空想科学シリーズ、赤と銀のウルトラなヒーロー。

 未亜の好きな番組のひとつだ。

  

「ヘァッ!」


 巨人が腕を十字に組む。

 放たれる光線。

 それとほぼ同じタイミングで、


「へぁっ!」


 未亜も同じポーズを取っていた。

 おいおい気をつけろよ。

 俺たちの場合、マジでそれで光線が出るからな。

 魔法ってイメージだし。

 うっかり宿屋を全焼させて、借金地獄に陥った勇者もいるんだぞ。

 

 俺が極貧生活を思い返しているうち、テレビの中では決着がついていた。

 光線技で怪獣は爆発四散、南無三。


「よしっ!」


 グッ、とガッツポーズする未亜。

 そして振り向きざま、

 

「兄さん、起きて、たの……?」


 俺とばっちり目が合った。


「こ、これはその……ま、魔法の練習かな。うん、魔法のイメージトレーニングだよ、トレーニング」


 わたわたと真っ赤になって言い訳を始める未亜。

 嘘つけ。普通に楽しんでいただけにしか見えなかったぞ。


「と、と、ところで兄さん、どうして今日はそんなに眠そうなの?」


 そういや昨日の事、ちゃんと説明しなきゃな。

 俺がそう思った矢先、なぜか未亜はこちらに顔を寄せてくる。


「すん、すん――」


 俺の首元で、匂いを嗅ぐ。


「何をやってるんだ?」

「兄さん、女の人と会ってたでしょ。たぶん、二人」

「よく分かるな」

「んー、なんとなく?」


 あの二人とは密着したわけでもないし、会ってからかなりの時間が経っている。

 それなのに……すごい嗅覚だ。

 俺は素直に驚きつつ、昨日の事件について説明した。


 相鳥(あいとり)静玖(しずく)という少女をチンピラから助けたこと。

 前世の俺そっくりの鎧騎士が現れ、なし崩しに戦闘へと突入したこと。

 その後、フィリスという女性と出会ったこと。

 

 ついでに《無貌の泥》を取り込んだことや、フィリスに対して【魅了返し】が発動したことも話した。

 こういうのを変に伏せると、いずれトラブルの元になるからな。


 ただ。

 静玖から「ご主人様」と呼ばれてることや、彼女がその……とても特徴的な人格(被虐妄想持ちの中二病)であることまでは言えなかった。

 というか、どう説明すりゃいいんだ。

 そのまま喋っても誤解を生みそうだし、かといって上手な物言いも思いつかない。

 ええい、こういう時は保留だ、保留。

 未来の俺に期待しよう。

 頑張れその時の俺。



 

 * *



 

 俺がすべてを話し終えた後、未亜はしばらく黙り込んでいた。

 彼女なりに内容を咀嚼(そしゃく)しているのだろう。


 果たしてどんな反応が返ってくるか。


 予想その1、危険な場所に向かったことを咎められる。

 予想その2、「あたしの知らないところで女の人を引っ掛けて……」とお説教される。


 答えは、どちらでもなかった。


「ごめんね。兄さんが大変な時に、あたし、ずーっと眠りこけてて」


 ポツリと小さな声で呟き、


「身体はだいじょうぶ? 辛くない? 朝から気怠そうだけど、本当に眠いだけ?」


 やたらと俺のことを、気遣ってくれた。


「怒らないのか?」

「何の話?」

「ええと、鎧騎士と勝手に戦ったこととか、フィリスに【魅了(チャーム)】がかかったこととか……」

「そんなの今はどうだっていいよ。大事なのは兄さんの身体だし。ほら、寝るならベッドで寝ようよ。あたしも横についててあげるからさ」

「あ、ああ……」


 未亜に手を引かれ、俺は寝室に向かう。

 あれよあれよという間にベッドに寝転がされ、その横に未亜も並ぶ。

 夜ならともかく、まだ明るい朝のうちから添い寝をするのは何だかちょっと気恥ずかしい。

 

「子守歌、いる?」

「いや、大丈夫――」

「まあまあそう言わずに、いいからいいから」


 俺の反応など気にせず、未亜はゆっくりと歌い始める。

 それは日本語でも英語でもなかった。

 あちらの世界の言葉。

 伸びやかに澄んだ歌声に耳を傾けるうち、俺はとても深い眠りへと誘われていた。



  


 次に目を覚ましたのは昼食の時で、全身の疲労感は完全に消し飛んでいた。

 

「なんだか顔色もよくなったね。安心した」

「未亜の子守歌のおかげかもな」

「これからも歌ってあげようか?」

「考えとく」


 そんな話をしながらリビングに降りると、カレーの匂いが俺たちを出迎えた。

 

「ふふっ、二人ともぐっすりお昼寝してるわね」


 どうやら寝ているところを夕子さんに見られたらしい。

 俺たちはちょっと照れくさい気持ちになりながら食事を済ませる。

 

 ちなみに修二さんは不在だ。

 剣道部の遠征があり、明日の夕方まで帰ってこない。


 食後、俺たちは再び部屋に戻った。

 さてこれからどうしようという話になり、


「あたしたちだけで外出できたら、フィリスって人に会ってみたいんだけど……」


 吉良沢(きらさわ)家の場合、出かけるには両親の付き添いが必要だ。

 これはたぶん、前に俺が誘拐犯(マーニャ)に声をかけられたことが関係しているのだろう。

 

「使い魔でニセモノを作ろうにも、あんまり複雑な挙動はできないしな」


 たとえば夕子さんが部屋にやってきたら大変だ。

 ニセモノではたぶん、うまく応対できないだろう。


「どうしたものかな」


 俺がそう口にすれば、


「――大丈夫、問題ないわ」


 と、誰かが答えた。

 未亜じゃない。

 もっと大人びた、気品のある女性の声だ。


「こんにちは、ヨシト。変わりはないかしら」


 部屋を見回す。

 俺と未亜以外に人影はない。

 どうなってるんだ?


「に、兄さん、あれ……」


 未亜が指差したのは、ベッドの下。

 そこからスッと出てくる人影があった。


 長身の美女だ。

 銀色の髪に、輝くような珠の肌。

 豪奢な白いドレスを身に纏い、漂わせる雰囲気はどこかの姫君のよう。


 ――フィリスだ。

   

 俺たちの前に立つと、スカートの裾を広げて優雅に一礼する。


「いきなりお邪魔してごめんなさい。妙なところに転移魔法のゲートができたみたいね」


 まったくだ。

 ベッドの下から人間が出てくるなんて、まるで都市伝説みたいじゃないか。

 

「そこの可愛らしい子は妹さん? 魔力の気配も強いし、彼女も『こっち側』の住人かしら」


 こっち側というのは、魔導師や退魔師がらみの業界を指しているのだろう。

 俺が頷くと、フィリスは未亜のほうに改めて向き直る。


「私はフィリスイリス・F・クラシア。フィリスでいいわ」

「吉良沢、未亜です。よろしくお願いします、フィリスさん」

「へえ……」


 興味深げに未亜を眺めるフィリス。


「ヨシトと同じで、子供とは思えない雰囲気ね」


 そりゃそうだ。

 俺も未亜も、前世ってのを経験しているからな。

 精神年齢が肉体に釣り合っちゃいない。

 やっぱりそのあたり、フィリスも不審がっているものだろうか。

 ……と、思ったら。


「まあいいわ、『こっち側』じゃそう珍しい話じゃないもの」


 なんだか当たり前のように受け入れられてしまった。

 水華(すいか)さんの時も似たような反応だったし、人生二度目のヤツは意外と多いのかもしれない。


「ところでミア、ちょっといい?」

 

 軽い調子で問いかけるフィリス。


「貴方、【魅了返し】のことはヨシトから聞いてる?」


 その言葉に対して未亜は、少しばかりの動揺を見せた。


「……なるほどね」


 一方でフィリスは何かを納得したように頷き、


「心配しないでいいわ。私は貴女のお兄さんを奪ったりしないから」


 いきなり、そんなことを言い出した。


「だってこっちは500年以上も生きているおばあさんだもの。彼に釣り合うわけないでしょう?」

「500年、ですか……」


 思いがけない数字に驚いたのだろう、震えた声でミアは呟く。


「ただ、今の今まで恋愛なんてものに縁がなかったの。ちょうど【魅了返し】されたことだし、その感覚を楽しませてもらっているところ。だから貴女とヨシトを引き裂いたりはしないし、仲良くしてくれると嬉しいわ」


 俺は静玖(しずく)が言っていたことを思い出した。

 ――フィリスイリスは、知的好奇心を満たすためなら自分自身すら実験台にする。

 【魅了】も彼女にとっては、興味深い現象のひとつなのかもしれない。



 * *



 フィリスは俺の身体について未亜に説明すると、自分の部屋へと戻っていった。

 ゴソゴソとベッドの下に潜り込んでいくから、いまひとつ格好がつかない。

 ドラ○もんみたいに机の引き出しだったらマシだったろうに、と思う。


「……よく考えたらこれ、不法侵入だよね」


 ポツリとつぶやく未亜。

 まったくもってその通りだ。

 もし夕子さんに目撃されていたらどうなっていたことか。


 次はこっちから訪ねるとしよう。

 幸い、ベッド下のゲートは今後も残り続けるらしい。


「フィリスさん、個性的な人だったね」


 安心しろ未亜。

 相鳥静玖ってヤツはもっと個性的だからな、うん。

 


 ああ、そうだ。

 静玖で思い出したんだが、フィリスの弟子が何やら悪事を企んでるんだっけな。

 お偉いさんに報告して指示を仰ぐと言っていたが……どうなったんだ?


 何の音沙汰もないまま日々は過ぎていく。

 日曜、月曜、火曜、水曜、木曜――。

 俺の身のまわりで変わったことと言えば、真月(まつき)綾乃(あやの)が幼稚園を休んでいることくらいか。念のために補足しておくと、秋ごろに俺とおままごとをやって、なぜかヤンデレエンドに辿り着いた子だ。アイドルみたいな容姿でファンも多く、彼女の欠席は大きな話題になっていた。


 まあ、インフルエンザか何かだろう。

 実際あちこちの組でかなりの欠席者が出ていたし、なにも珍しいことじゃない。

 俺はそう思っていたんだが――


 ここでようやく、静玖から連絡が入る。 

 曰く。


「……真月綾乃という女の子を、ご存知ですか」


 もちろんだ。

 彼女が、どうかしたのか?


「フィリスさんの弟子に誘拐されて、行方不明になっています」

こんなこと言ってますが、仮にフィリスさんルートに進むとすごいことになります。

み、魅了されてるんだから仕方ないわよね……的な。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ