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ニャパリのバルーンスナック

 目の前に高くそびえたつ『物』がある。


「……シリィ、いったいそなたは何をつくったのだ」

「……揚げ煎餅?」


 疑問符がつくのは、自分はそのつもりだったが結果が伴っていないからだ。


「アゲセンベイとは何だ?」

「あー、ニャパリでつくったお菓子です」


 こちらの米に似た穀物───ニャパリは、あちらで言う長米種の米によく似ている。粘り気が少なく、リゾットやパエリアにはいいが、もちもちとした食感に欠ける。


「菓子? これが?」

「はい。……私の計算では、ニャパリだけでは足りない成分をファザが補ってくれるはずだったんですが」


 ニャパリだけでは足りないそのもちもちした食感を出すためにファザという穀物を7:3で配合すると、普通におにぎりがつくれる程度の粘性がでるし、ササニシキやコシヒカリにも劣らぬ自然な甘みも楽しめるるようになる。もちろん、あくまでも代用品ではあったが。


「計算どおりにいかなかったか。シリィにしては珍しい」

「ええ、まあ。失敗はしつくしたと思っても、まだまだあるものですね」


 せんべいをつくるのだから、まずはその配合をそのまま試してみようと思ったのがいけなかったらしい。


(いや、いけなかったのは、普通に焼く煎餅にしないで油で揚げたことかもしれない……)


 目の前には、最近では珍しいほどの失敗作が詰みあがっている。

 からっと挙がったそれからは香ばしい香りが漂い、食欲をそそる。


「かなりおいしそうな匂いはしているんのだがな」

「ああ……別に食べられないわけではありませんから」

「そうなのか?」

「ええ、まあ………たぶん……」


 だが、作成者すら少々不安になるのは、目の前のそれが元は直径が10センチくらいの丸いシート状だったことを知っているからだ。

 だれがこんなにも膨らむものだと考えただろう。


「……随分とふくらむものなのだなぁ」

「ほんとにそうですね」


 二人の視線は、天井近くまでをさまよう。

 台上に小高く積まれたそれ────一つ一つはサッカーボールの二まわりくらいに大きく膨らんでいる球状だ。


(っていうか、調子に乗って全部揚げた私が悪いんだけど……)


 どのくらい大きく膨らむのか? という疑問をもってしまった栞が悪かったのはわかっている。


(たぶん、お餅が膨らむ要領でふくらんで風船状になって、そのまま空気が抜けずに揚がったってことなんだろうけど)


 膨らみ具合が尋常ではなかったせいで、途中からできるだけ大きく揚げることに目的が変わっていたような気がする。


(ん~~~、匂いはかなりいいよね)


 しかも揚げ色もなかなかで、見るからにおいしそうなのだ。


(あと、普通に食べられそう……)


 変な言い方かもしれないが、普通に食べられるものに見える。

 少なくとも、うねったり蠢いたりしていないし、奇声というか異音を発することもない。

 栞の常識でも十分食べ物の範疇に入る代物だ。


「で、これをどうするのだ?」

「食堂において、皆に食べてもらおうと思います」


 ホテル内には従業員用の食堂がある。栞はときどき、そこに消費しきれない試作品を置いて皆に食べてもらっているのだ。


「どうやって食べるのだ?」


 ぷくりとふくらんだそれは今にも破裂しそうなほどで、かじりつくのはちょっと躊躇われる。


「そうですねぇ……」


 栞は大きな木皿にそれを一つとり、ぐっと拳を握り締めて、上から軽くたたき下ろした。

 パリッと音がして、木皿の上でふっくらした薄くて軽いせんべいが割れている。


「で、塩、胡椒をふると……」


 割れ揚げせんの塩胡椒味の出来上がりだ。

 マクシミリアンは、わくわくした表情でそれに手を伸ばした。

 さくっとした軽い歯ざわりが快く、塩胡椒のあっさりとした味がうまくマッチしている。


「うむ、これはいい」


 とても軽い食感だった。今までにない歯ざわりだ。

 一個分をすぐにたいらげたマクシミリアンは、今度は自分もそれを木皿にとって割ってみる。

 パリンと簡単に割れるそれは、何度も割りたくなるちょっとした爽快感がある。


「こういうのも楽しいな」


 マクシミリアンは、自身が強い抗毒体質であり、耐毒因子も持つことから、毒見役を置いていない。

 この体質でよかったと思うのは、温かいものを温かいうちに食べることができることと買い食いができることだ。

 自分の好きなときに自分の好きな物を食べる自由があるというのはとても素晴らしいことである。


「それは良かったです」

「失敗作とシリィはいうが、別に食べられないものというわけではないじゃないか」

「そうですけど。……でも、思っていたものとは別のものができるというのはやっぱり失敗だと思うんですよね」


 栞もそれを口に運んでみる。

 さくっとした軽い食感は、ペキンダックを食べるときについてくるあのあげたえびせんによく似ている。ただし丸い球状だ。

 栞は歌舞伎揚げのようなものを目指していたのだが、まったく違うところに到達している。


(────これは、完全に『想定外』だよね)


「おししょー、そろそろ……何?これ?」


 やってきたディナンが首を傾げる。


「えーと、ニャパリの粉でつくったスナック」

「へえ……どうやってくうの?」


 ディナンは育ち盛りだ。いつだって余分な食事をもう一食とるくらいの余裕はある。別腹なんて言わなくても、おやつはいつだって大丈夫だ。


「あ、そのままだと味ついてないから。割って、塩胡椒ふるの。ソースとかかけてもいいね」

「ああ、私がやってやろう」


 割るのが楽しくなったらしいマクシミリアンは空いた木皿の上に自分で割り、塩胡椒を適度にふってディナンに渡す。


「ありがとうございます。……お、これ、うまい」

「んー、狙ってたのとはまったく違うんだけどね」


 本当は、揚げた煎餅をあつあつのまま、醤油ベースのソースにくぐらせるつもりだったのだ……これほどまでに膨らまなければ。


「いっぺんに大量にできるなら、これ、屋台とかで売ったら楽しいんじゃないっすか?最初から生地に味付けしておくとか、そうすると見た目の色も違って面白いし……」

「おお、それは楽しいな。ディナン、やってみるか?」

「え?」

「中央広場のバザールの日の屋台をやってみたらどうだ?リアと二人で」

「ええっ、お、俺が?」

「ああ。こうやって積んであると見栄えもするし、いろいろな色があれば更に華やかになる」


 確かにこのあげせんタワーはいいディスプレイになるに違いない。


「商売でやるなら、もうちょっと小さめがいいね。それで紙袋にいれて渡すの。割るときは紙袋の口をしっかりしめて、その中で手で割るの。そうすれば道具とかいらないから……味付けをかえられるようにいくつか用意して自由にかけられるようにするといいね。屋台でやるからには極力手間は省くんだよ」

「え、おししょー、それ、やること前提?」

「え?やらないの?」


 当たり前のように言われて、ディナンは反射的に言ってしまう。


「……や、やる!」


 屋台といえど、それは自分とリアの店だ。


「よし。……じゃあ、殿下、これに名前をつけてもらえます?」

「そうだな……風船菓子というのはどうだろう?」

「えー、なんかつまんない、それ。せっかく新しい菓子なんだから、俺はもっとかっこいい名前がいいと思う」

「私は元々ネーミングセンスがないんだ。おまえも売れそうな名前を考えろ」


 ディナンの素直な意見にマクシミリアンは軽く眉をひそめる。


(……確かに、殿下はネーミングセンスないですよね)


 何しろ、愛馬につけた名前が『メア』だ。古語で『馬』という意味なのだと栞は知っている。


「私の世界の言葉でちょっとかっこよく言うなら、バルーンスナックですね」

「ばるーんすなっく?」


 ディナンがたどたどしい口調で繰り返す。


「ええ、バルーンスナック」

「バルーンスナックか」


 マクシミリアンの発音はとても流暢だ。


「なんか、いいかも。……うん。かっこいい! 呪文みたいだ」


(へえ、こちらの世界の人には何か謎の呪文みたいに聞こえるのか……)


「うん、いいんじゃないか?」


 センス的には『風船菓子』と同レベルなのだが、音が違えば良いらしい。


「じゃあ、ニャパリのバルーンスナックで」

「なんとか風ってつかないの? おししょー」

「ホテルの商品じゃないからね……そこは、あなた達が出す屋台の店名をつけるといいよ」

「俺たちの店の名前……」


 目を丸くしたディナンのその何ともいえぬ表情を目にして、栞は小さく笑った。

 夢と希望に満ちた、どこかくすぐったくなるような表情だった。

予約投稿をセットしてある8/8は実は誕生日だったりします。

自分のお祝いを兼ねて蔵出し品をお披露目しておきます。

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