第28話 神代に音は響く
第七位階上位
ざぶざぶと冷たい水を浴びる。
巫女達が手に持つ布で肌を清め、髪をすすぐ。
普段ならこうはいかないが、最後の儀式を前に彼女等も真面目モードだ。
——宵は間も無く訪れる。
日は沈めども、火は灯り、響く音は夜闇を払うだろう。
清めたその身に神は降り、響く音色は魔を祓う。
——日は間も無く、地平に沈む。
◇
蒼衣を纏い、目隠しを付けて会場入りした。
何も見えなくとも、慣れ親しんだこの場所では何をも見失う事はない。
拝殿の横、天界に繋がる階段の前。下界へ繋がる石畳。
巫女達が用意した茣蓙に正座する。
僕の前の三方台に三寸鳴金鈴珠が設置され、更にその先に二本の神酒が置かれる。
下々の者達は境界を意味するロープの外に居り、その実は殆ど町内の人である。
その境界の内側には、全ての護鈴が面を外して並び、護鈴の更に内側には、多くの巫女が座し、僕へ向けて平伏している。
僕の正面に、3人の巫女が立った。
——しゃんしゃんと鈴の音が響く。
神楽が捧げられる。
巫女達は人々の信仰をその身に集め、激しくも静かに舞い踊る。
宵闇を人工の灯が照らし、鈴の音は遠い闇夜へ響き渡った。
程無くして、鈴の音は止む。
3人は幼い順に神酒を鈴で叩き、最後の1人がそれを回収する。
邪魔な台やらは分家の巫女や我等が若き巫女頭様が片付け、新たに用意された杯に神酒が注がれる。
トクットクッと僕の横で小さな音が鳴り、巫女の介添えを得て、僕はソレを一口飲み下す。
——ふわりと意識が浮き上がる。
意識に霧が掛かったかの様に、僕と世界の境界が曖昧になる。
そんな中、僕は引き寄せられる様に、金の鈴が付いた五十鈴もどきを持ち上げた。
巫女達が邪魔な物を退け、平伏する。
人々は祈りを捧げる。
巫女も鈴巫女も鈴御霊も、本質的には同じ物。
鈴御霊は神の様に崇められるし、事実多くの物が鈴御霊を神だと認識しているが、実際は違う。
鈴御霊は鈴の化身を下ろす器。
本当の神に正しく信仰を捧げる為に、俗世を限りなく除去する為に、鈴御霊と言う役職は作られたのだ。
僕は器。
金の鈴を打ち鳴らし、神楽を舞って、祈りを捧げる。
僕は依代。
世に祝福を響かせる、鈴の化身の代行者。
掲げた腕を振り下ろした。
——リィィーーン
◇
ハッと目が覚めた。
そこは、何度か見た事がある、真っ白な世界。
そんな世界に、僕がいた。
目の前にいる銀髪に深い青の瞳を持つ僕は、金の本を大事そうに抱え、目を見開いて僕を見ている。
一方僕も、同じ様に目を見開いて、蒼銀の僕を見詰めている事だろう。
……何コレ、どう言う事?
……取り敢えずは状況確認だ。
僕が自分を確認するべく視線を下ろすと、蒼銀の僕も同じ様に視線を下ろした。
僕は、金の鈴を大事そうに胸元に抱えていた。
そうと認識した次の瞬間、鈴と本が黄金の輝きを放ち、お互いの手元から擦り抜ける。
視界を埋め尽くす黄金の中、鈴と本は静かに——衝突した。
《【…話………ト】『救世……資… 一 御妃…金霊…』……リ…し……た》
金色が爆発する。
◇
ハッと気付くと、僕は神楽を舞い終わっていた。
どうやら意識が飛んでいたっぽい。
キラキラして温かい白昼夢を見ていた気もするが、どうにも記憶が判然としない。
取り敢えず、神事も終わった事だし、後は撤収あるのみ。
鈴を持ったまま天界に続く階段へと引き返す。
リナが開けた新酒を持ち、アヤが未開封の新酒を持ち、リンカちゃんが杯を持って僕に続く。
そして、分家の筆頭巫女達が台を運び、巫女達がその他全ての道具を持って、最後に護鈴がついて来て……これにて鈴音祭、響鈴の儀は終了。
僕は前に誰もいないのを良い事に、軽くあくびをする。
「ふぁ……ねむ」
「ふふ」
耳聡いリナが微笑むのを聞き流しつつ、目隠しで見えない階段を登った。
◇
「儀式の無事な成功を祝って、乾杯!」
『乾杯!』
さっと掲げられた杯を傾け、一口の更に半分のソレを飲み下す。
コレ、お酒じゃないから。清められたお水だから。そんな言い訳を誰かが言っていた様な気もするが、気のせいかもしれない。
……ただ僕が言える事は……気が付いたら、お腹いっぱい桃を食べ終えていて、宴会も終盤で用意されたバーベキュー用の食材や大皿が空になっていたと言う時間が飛ぶ謎現象は解明しなくて良いらしいと言う事。
なんか皆が今日ばっかりは仕方ないとか言ってたが、何の事だろう?
まぁそれはさておき、足の早い食材を今夜で食べきった所で、お楽しみタイム。
そう、全国各地から送られて来た捧げ物を分配するのである。
勿論、お給料は別途払われるぞ。




