第16話 血塗れの悪夢
第七位階上位
その絵日記には、何の変哲も無い山羊獣人の家族の日常が描かれていた。
拙い文字で楽しかった事や嬉しかった事が書かれ、山羊一家は幸せそうだ。
しかし、その絵日記の所々に赤い影がちらついている。
その影はページが進む毎に徐々に近付いており、そして……最後のページは赤黒いクレヨンで塗り潰されていた。
「ふむ……」
「ふむふむ、成る程……つまりどう言う事です?」
「赤い奴に殺されたと言う事では無いか?」
きっと山羊一家は赤黒い奴に食べられたのだろう。
僕はベルベルを見た。
ベルベルは相変わらずの無表情で尻尾をふりふりしていた。
「殺されたと言うと、最後のページですかね? 真っ赤に塗ってあるだけですけど」
「……ん、楽だった」
「「…………」」
「……まぁ、楽だよね」
赤く塗る事か山羊一家をむしゃむしゃする事かは知らないが。
取り敢えずベルベルは尻尾をふりふりしている。
「こ、こっちのページは細かく描けてますね!」
「……ん、大変だった」
「こ、こっちは綺麗ですねー」
「……ん、頑張った」
「……ベルベルちゃんはお絵かき上手ですねぇ」
「……ん♪」
どうやら何でも良くなったらしいミュリアは、ベルベルの頭を撫でた。
ベルベルは嬉しそうに尻尾を振り……ピシッと硬直する。
「…………違う、山羊が言ってた」
「ほう、因みに山羊君の名前はなんだろうか?」
ニヨリと悪い笑みを浮かべ、ウルラナが問う。
それにベルベルは視線をぐるぐる回して悩んだ後、大きな声で答えた。
「…………山羊が言ってたと感じた……!」
良い事を思い付いたとばかりに自信満々にそう言うベルベル。
対するミュリアとウルラナは、尻尾をブンブン振って胸を張るベルベルを見て、ほっこりしていた。
「……じゃあ、洞窟に行こうか」
ベルベルがこれ以上ボロを出す前に終わらせてあげるのが良い読者だと思うんだ。
◇
薄暗い洞窟の奥から、生暖かく獣臭い風が吹いて来る。
おそらく、ここがベルベルのクエストの最終エリアだろう。
「……行く」
ベルベルは繋いでいた手を離し、洞窟へ一歩踏み出した。
僕等はそれに続いて歩き始める。
ベルベルはふんふんと鼻息荒く、闘争を前に昂っている様だ。
進む事十数メートル。
おそらく、ここも空間が歪んでいるのだろう。
光は遠く置き去りにされ、そこにあるのは暗闇のみ。
先の見通せない闇の中、ふとベルベルが立ち止まった。
感知するに、その先は広間になっている。
「……来る」
ベルベルがそう呟いた次の瞬間、それは唐突に現れた。
血に染まった様な赤黒い体毛。
ギラギラと光る片目。
鋭い爪と牙。
——赤い毛糸。
黒い糸の縫い目とボタンの目。
暗闇に浮かび上がる様に出現したそれは、ぬいぐるみと本物が混じった巨大な狼だった。
ブラッディ・ナイトメア LV600
——GuRuooooonn‼︎
洞窟内をこだまする咆哮。
それに呼応して壁に赤い炎の松明が灯り、広間が赤く照らされる。
広間には、いつの間にかナイトメア・スレイブが溢れていた。
……ボス、ベルベルじゃなかったのか。
「ベルベル、ごめん」
「ごめんなさい」
「すまなかった」
「……ん?」
何を言われているのかわからない様子で首を傾げるベルベル。
そんな狼少女や僕等に構わず、敵は襲い来る。
◇
戦闘は一瞬で終了……しなかった。
ウルラナとベルベルがスレイブを瞬く間に殲滅し、ミュリアが神気を宿した巨大な光の柱を撃ち込んでブラッディ・ナイトメアを消しとばした。
その数瞬後、広間の壁からじわりと赤い靄が滲み出て、渦を巻いて収束し、復活した。
「な、なんでですかー!」
一撃に全霊を注ぎ、勝利を確信して前のめりに倒れ込んだミュリアが、うつ伏せのまま叫ぶ。
確かに。
確かに敵は今、死んだ筈だ。
だが、瞬く間に同じモノが復活した。
……レベルがある、魂があるから生物じゃない訳ではない。
エネルギーの流れから見て、幻覚の類いでも無いだろう。
これは、そう……フライング・ポークが死んだ時と似ている。
だが、あれとこれでは規模があまりに違い過ぎる。そんな事、出来る訳が……いや、まて……そうだ……この世界でなら可能だ。
ブラッディ・ナイトメア。
——血塗れの悪夢。
この怪物は、誰かが見ている悪夢なんだ。
それを倒すには、悪夢を見ている創造主の息の根を止めるか、悪夢から目覚めさせるか、或いは……変質しやすいこの世界そのものを変えるしか無い。
成る程、これが夜迷夢か。
差し当たってやるべきは……誰がこの悪夢を見ているかを——
「——……あー、ナニカアッター」
ふと、ベルベルが棒読みで指差した。
そこには、ブラッディ・ナイトメアがいる。
しかし、ベルベルがわざわざ指差すからには何かあるのだろう。
巨狼のデカイ図体の下を注視すると……気付いた。
低い円形の舞台がある事に。
巨狼が消えた時に気付かなかったのは、いつの間にか地面を赤い靄が覆っていたからだ。
何をする気か知らないが、碌な事では無いだろう。僕の属性魔力を放出して靄を払い、ついでに靄に埋まり掛けていたミュリアを抱き起こす。
「さて……」
「んぁ、ん……ご主人様ぁ……激しいですぅ」
ミュリアに魔力補充をしつつ、考える。
感知したところ、円形の舞台は10個あった。
そして、ブラッディ・ナイトメアはぬいぐるみが混じった様な見た目をしている。
それが指し示す事は、悪夢を見ているのは——子供。
そして僕のインベントリにある7匹の子山羊像と3匹の子豚像よ。
考えるまでも無かった。




