第2話 ユキミン配給中
第七位階上位
建築と設定を終えたので、休憩。と言う名のお仕事をしに行こう。
そう——お祭り散策である。
何故僕がお祭りを堪能するのがお仕事なのか。
その由来は古い伝統。悪習の残り香だ。
そも、鈴御霊、昔で言う鈴巫女は、本来生贄の様な役割で命懸けのお仕事だったのだ。
具体的にはおおよそ500年前。
巫女は一月以上の断食を行なっていた。死者が何人か出たらしい。
300年くらい前から、断食の期間が現実的な数値になった。
そして100年くらい前から、伝統は形骸化して断食は数日となり、縛りが緩くなった為お腹を空かした鈴巫女がお祭りに忍び込んだ訳である。
ヤヨイやサトリが改革を推し進めた現在では、僕は座敷童的存在として認知されている。
昔では原則禁止で良くない事とされていたが、今はむしろ推奨されているのだった。
そんな訳で、今代の鈴御霊として僕はお祭りに紛れ込む。
◇
桃アメを舐めながら歩いていると、櫓にその名札が掛かっているのを見つけた。
「……む。クリア、じゃなかったレイナ」
そう、クリア。本名清水麗奈。
折角1人なのだし、この機を逃さず襲撃しよう。
邪魔になりそうな桃アメは今の内にむしゃっておく。
札を掛け、コソコソと階段を登ると、そこにいたのは……山盛りの焼きそばを貪っているクリア。
「やぁ、クリア」
「むが? もぐもぐ」
手をひらひら振りつつ、クリアの横に腰掛ける。
鈴守の者はあまり化粧とかしないが、クリアはミサキ同様ちょこっとだけしている様だ。
ちょっとだけ頬に紅を差し、アイラインを引いている。
浴衣は落ち着いた藍紫色の花柄。
まぁ、色気より食い気と言った感じで、僕が入って来たのに体をゆらゆら手をひらひらさせるだけで食事を再開したが。
セイトは街明かりを見て黄昏ていたけど、クリアにはそう言った風情と言うかこう……まぁ、僕はどっちでも好きだけどね。
僕が見守る前で、クリアは一掬いした焼きそばを口に入れると、モクモクと咀嚼しながら、焼きそばと箸を置いた。
割と育ちは良い方らしく、一度箸を付けた物は直ぐ食べる。口に物が入ってる内は喋らない。咀嚼している見苦しい姿を見せない様に口元を隠す。そして僕を待たせていると思っているのでちょっと急いでいる。
そんな訳で、僕は水筒を用意しつつ、ちょっとした悪戯を仕掛ける事にした。
ほら、セイトにはやってクリアにはやらないとか、失礼だからね。
クリアが飲み下すタイミングに合わせ、瞳を覗き込む様にして……。
「レイナ……好き」
「ごぐっ!? んんぐっ!!」
案の定、クリアは喉を詰まらせた。
すぐさま水筒を差し出すと、クリアはそれを引ったくる様にして、桃100%ジュースを飲んだ。
「んぐっ!!??」
どうやら思っていたのと違ったらしい。
あたかも心配する様にクリアの背中を摩りつつ、言葉を続けた。
「——かな? 桃ジュース」
「ごほっごほっ…………」
恨めしげに此方を睨むクリアに、僕はにこりと微笑んだ。
しばらく睨まれていると、ふとクリアは何かを思い付いたと言わんばかりにニヤリと笑う。
「……えぇ〜。勿論、だぁ〜い好きですよぉ〜」
次の瞬間。クリアは持っていた僕の水筒を傾け、瞬く間に中身を全て飲み干してしまった。
「……」
「はぁ〜。とぉっても美味しかったですぅ。ユキさん、ありがとうございます〜」
「……」
僕は無言で渡された空の水筒をポシェットにしまった。
僕は無言でイスに寝転がると、クリアの膝に頭を乗せた。
「……」
「……あ、あのぉ……」
「……」
世界には桃がある場所と無い場所がある。
「……」
「……ゆ、ユキさん……?」
ここに。
桃は。
無い。
「……」
「ゆ、ユキさーん! …………ど、どうしよ……」
◇
致命傷を受けた。
僕はもうダメかもしれない。
そんな危機からも僕は不死鳥の如く蘇り、オートモードから頭を切り替える。
「……もぉー。ごめんなさいって言ってるじゃないですかぁ」
クリアはぷんすこと唇を尖らせ、右手で僕の髪を梳きつつ謝っていた。
オートモード時の記憶を思い起こす。
「……」
「…………」
ふと、クリアの左手が僕の胸元に伸びた。
右手では髪を梳きつつ、チラチラと僕の顔を伺い、クリアは恐る恐ると僕の胸に触った。
「……うーん……ちょっと膨らみが……ううーん?」
最初は撫でる様に、しかし僕が反応せずにいると、チラ見をやめて胸元を凝視し、次第に遠慮なく両の手でまさぐり始めるクリア。
しばらく揉みしだいていた彼女は、確認する様に一度僕の顔を見て、視線が合った後また胸を揉みしだき、そして二度見三度見した。
クリアは何事も無かったかの様にするりと右手を髪梳きに戻し、左手で何故か僕の顎を撫で始めた。
「も、もー。ユキさん謝ってるじゃないですかー」
「……レイナ」
「はひ」
たじろぐクリアにここぞと言葉を言い放つ。
「——好きだよ」
ピタッと、彼女の全てが止まる。
クリアはしばらく固まると、右手でゆっくりと髪梳きを再開しつつ、左手は僕との間に壁を作るかの如く膝に置かれた。
「……桃ジュースがですかぁ〜?」
僕は体勢を変え、クリアの方を向くと、その左手を両手で包み込んだ。
「セイトの事も、オウリの事も、マヤの事も、レイナの事も、ね」
「……」
クリアは何も言わず僕の髪を梳き、僕の手を優しく握った。
しばらく静かな時間が流れる。
お互いに手をにぎにぎしつつ、ゆったりと彼女が心を整理する時間を作る。
なんだかんだ言って、セイトやマヤは優秀な人材だ。オウリは言わずもがなである。
そんな中で、レイナはパッとしない。
彼女は優秀だ。優秀な凡人だった。
そこには、誰も気付かない小さなささくれがある。
彼等彼女等の関係は傍目から見て分かる程度には良好で、深い。親友達だ。
それ故に、近いが故に、深いが故に、才能の光を前にして心は傷付く。
分からない様にささくれて、知らない内にひび割れて、気付かない間にボロボロになる。
その点僕は、最も親しき友人達としてちゃんとタクやチサト達には気を使っている。
だが、セイト達にそれを求めるのは酷と言う物だろう。
幸いクリアは元来図太いのか、傷は浅い。
浅いうちに治療あるのみである。
彼女はしばらく目を瞑って、僕を撫で撫でにぎにぎした後、我が意を得たりと目を大きく開いて良い放った。
「……ふふ、ユキさんはぁ、ビッチですねぇ〜」
失礼な。誰が雌犬か。そもそも雌じゃない……まぁ、軽口くらい付き合ってやる。
「レイナ、愛シテルヨー」
「ふふーん。浮気性の愛してるは信用できませーん」
プイっと明後日の方向を向いたクリア。
今しばらく。
彼女の気が済むまで。
にぎにぎ撫で撫でされておいてやろう。




