閑話 吸血鬼とサンディア ※挿絵あり
静かなる微睡みの底から、意識が浮上する。
暗闇の中、私は目を覚ました。
「ぅん……ふぁ……」
軽く伸びをして体の調子を整える。
主様が我々吸血鬼に用意してくれた窓の無い部屋。
皆デイウォーカーの資質を持つとは言え、寝起き間も無く朝日を浴びるのは少々嬉しく無い。
主様の御配慮には痛み入るばかりだ。
……主様と言えば……頂いた血は正に天上の美酒。あれ程の甘美な味、突き抜ける快楽を知ってしまっては……最早主様から離れる事は出来ない。
願わくばもう一口、いや二……浴びる程に主様の血を感じたい……!
「んふ……あるじ、さまぁ……」
あの時の快楽を思い出して身悶えしていると、それは唐突に現れた。
ーーガチャッ! バァァーーン!
「んひゃぁ!? リアラっ、あれ程ノックをしろ……と……」
シーツを掻き抱き、飛び込んで来た下手人へ慌てて文句を言おうとしたら、それはリアラでは無くサンディア様だった。
「さ、サンディア様。この様に朝早くから何用、でしょうか?」
「〜〜! ……? ーー♪」
「は、はぁ……承りました、お供致しましょう」
ニコーッと愛らしい笑みを浮かべるサンディア様。
その可愛らしさを敢えて表現するなら、レミアの様な愛らしさだ。
サンディア様はニコニコと微笑みながら、私の手を引きーー
「〜〜♪」
「あ、まっ、待ってください! 服をっ、せめて服を着てからにっ!」
ーー私が裸なのも御構い無しに、外へ連れて行こうとしてきた。
◇
どうにか装備を整える時間を貰い、手を引かれるままに連れて行かれる。
廊下ではこの屋敷を管理する任を与えられた少女達が、作業の手を止めて跪いている。
彼女等はロード。
本来であれば、単独で一つの城を持つ程に強大な力を誇る吸血鬼の王。
それがこの屋敷の中には100に迫る程存在し、その全てが一介の侍女に甘んじている。
そんな彼女等が跪き頭を垂れる相手は……王族である私では無くサンディア様だ。
サンディア様は己の血統を持つ吸血鬼の始祖であらせられる。
我々と系統こそ違えど、真に敬い仕えるべき我等吸血鬼の王。
その血は希少性で言えば、貴き血筋である私やレミア、セバスチャン殿やリアラ殿、果ては吸血鬼達の帝王である我が父やリブラ様ですら及ばない。
我々吸血鬼にとって、サンディア様は神の様なお方なのだ。
そしてサンディア様やそれに匹敵するか凌ぐ程に強大な力を持つ方々を統べる主様は、言うなれば神王。
私が拝謁する事すらおこがましい偉大なるお方なのである。
……と、教わっているし実際その様なお方なのだが、我等が主、ユキ様もサンディア様も、非公式の場で行儀を求める方では無い。
公式の場においては相応しき立居振舞いを是とするが、そうでない場合はむしろ謙る事を良しとしない。
だからこそだろうか? どうしても、彼女等を愛してしまうのは。
これが策略だとするならば、ユキ様は正に神算鬼謀と言えるだろう。
しかしーー
「リアラ、お前は砕け過ぎだ」
「だそうですよサンディアちゃん」
「〜〜? 〜〜♪」
リアラの奴は、どこに出しても恥ずかしくない完璧な侍女だ。
それは、粗暴な私ですら理解出来る程に素晴らしい。
と言うか、出奔するまでリアラは完璧な侍女だと思っていた。
なのにこいつと来たら、サンディア様は真に仕えるべきお方と私に教育しておいて、自分はサンディア様をちゃん付けで呼び、あまつさえ抱き着いて匂いを嗅ぎ、終いには牙を突き立てようとするのだ。
まぁ、牙を剥く度に逆に噛み付かれて血を吸われているが。
その上、リアラを止められるのは吸血鬼の中ではセバスチャン殿だけ。
他の侍女達は羨ましそうにリアラを見る物だから始末に負えない。
「ーー! 〜〜?」
「分かりました。そう言う事なら私もお供致しましょう。レミア様と幾人かの侍女も呼びますので、先に迷宮へ向かってください」
「〜〜♪ 〜〜?」
「心配せずとも大丈夫です。屋敷の管理ぐらい小娘共でも3人いれば十分ですので。ゴーレム様方も復帰なされましたので、皆暇をしているのです。じゅるり」
涎を垂らすリアラを引っ叩いてサンディア様から引き剥がした。
「酷いですよお嬢様。……後で覚えてろよ」
「私は脅しには屈しない! ……因みに何をする気だろうか?」
私の問いに、リアラはニタリと笑うと、胸を張って言い放つ。
「次にユキ様の血を下賜して頂いた時は奪います。命を懸けて」
「最低だっ。お前は最低だ!」
「〜〜♪ 〜〜!」
「サンディア様が真似をするので下品な真似はやめなさい」
「お前が言うかっ!? 怠け者めっ」
「はっ……大体今何時だと思ってるんですか?」
「朝だろ」
「昼だぐうたら」
「日が昇ってたら朝だろう!」
「日が昇ってたら昼ですから、お嬢たら」
「なっ、ば、馬鹿にしてっ!」
その後しばらくリアラとの言い合いは続き、迷宮への出発が遅れ、屋敷を出る頃には予定者全員の準備が完了していた。
しかし、イェガ殿の手伝いで森の伐採……人手がいるとの事だが、どう言う事なんだろうか?




