閑話 愛の形
「……最近、妹の様子が……変だ」
彼はしょんぼりと尾を垂らし、そう言いました。
変、ですか……。
「状況も大分変わりましたし、その様な事もあるのでは?」
「具体的にはどう変なんです? 最近入ったばっかで、俺分かんねぇんですが」
私の言葉に追従したのは、つい先日主様が連れてきた新たなる我等が同胞の内の1人。
半日前までは蟹の姿をしていた男だ。
今この神木の迷宮を進んでいるのは、彼の慣らしを行う為。
我々2人が付き添っているのは、彼に求められる性質が我々と同じ物だからです。
主様がお休みになられてから進化した為、黒霧様の御命令で彼に訓練を施している。
そんな神木での狩りを進め、ある程度慣らした所で、ルーベル殿がポツリと呟いた次第だ。
ルーベル殿の妹と言うと、ミュリア殿の事。大方、神木から漏れ出る聖属性の魔力を感知して思い出したのだろう。
「生憎と私も主様と合流する前の2人の関係は良く知りません。……一体どの様に変だと言うのですか?」
私の問いに、ルーベル殿は少し首を傾げた後、ポツポツと語り出した。
「……前は、何時も、付いて来てたのに、今は……それに、良く遊んで、ずっと一緒だったのに……」
「それは……何故でしょうか?」
昔と今、何が違うと言うのでしょう? 私はともかくルーベル殿は獣だった時とそう変わってはいない。ミュリア殿も条件は同じ筈ですし……主様が良く仰っている性差と言う物でしょうか?
2人で首を傾げていると、新入りの彼は驚いた様に声をあげました。
「はえっ!? ……ルーベルとラースの兄貴……それ、思春期って奴ですよ」
「「ししゅんき?」」
「えぇ、思春期ってぇのはーー」
彼の話によると、ししゅんきと言うのは、親離れや兄弟離れをし始めて自立したり、素直になれなくなって孤立したりする時期の様です。
前者ならともかく、後者の場合は少し問題ですね。
蟹の彼がルーベル殿に秘策を授けてくださったので、彼の教導は私が行い、ルーベル殿はミュリア殿の元へと向かって貰いました。
……孤立、孤独は恐ろしい物ですからね、上手く行くと良いのですが……。
◇◆◇
「ミュリア、行こう」
「はい?」
唐突に現れたルーベルさんは、唐突に私の手を引き、正座していた私を立ち上がらせました。
ちょっと待ってください、私の顔に付けられた『謹慎中』の札が見えないんですか読めないんですね納得です。
「あの、私今謹慎中で」
「きんしん? ……行こう」
ルーベルさんは少し首を傾げると、結局分からなかったのか、かなりの力で私の手を引いて行きます。
もう、強引ですねっ。これで怒られたらルーベルさんの所為ですからね?
◇
連れて来られたのは、命泉の迷宮。……同じ狼獣人だから発情されて物陰とかに引き込まれる可能性も万が一にはあるかなと思いましたが、杞憂だった様ですね。
私はルーベルさんは趣味じゃないので良かったです。
ご主人様程とは高望みしませんが、レイエルちゃんとかレイーニャちゃんとかくらいの美少女じゃ無いと食指が動かないんですよねー。
で、こんな所に連れ込んでどうする気なのでしょう?
私の思考を読み取った訳ではないでしょうが、ルーベルさんは私の目を覗き込む様にして、答えました。
「狩り、する」
「狩り、ですか……」
……まぁ、ルーベルさんと私なら、火力不足に困る事も無さそうですからね、大丈夫でしょう。
「分かりました」
「うん」
「じゃあ、手を離してください」
「……なんで?」
「戦い辛いでしょう?」
「……成る程。うん」
まったく。成人直前の男女じゃ無いんですから、手を繋ごうがイイトコ見せようが靡きませんからね?
◇
おかしい。
先程からルーベルさんがおかしいです。
最初はどんな敵が来ても一撃で粉砕していたのですが、途中から『……違った』とか言って手を出さなくなって……今も『……おかしい』とか『……なんで?』とか言って私が敵を殲滅するのを見ています。
鋼の如き肉体を持つ餓鬼を裏拳で弾き飛ばし、群がる炎に包まれた餓鬼の群れをホーリーレイで浄化する。
そうこうしている内に餓鬼道の敵を殲滅した。
「……これじゃ出来ない……」
何故かしょんぼりしているルーベルさんに、私もいい加減怒る事にします。
別に腹が立っている訳ではありませんが、自分から行こうと誘っておいて何もしないなんて、ご主人様の配下としてはちょっとどうかと思います。
「……何がおかしくて何が出来ないんですかね?」
そう問うと、ルーベルさんは首を傾げて話します。
「……ピンチ?」
ほうほう……つまり私を危機に陥れたいと? 何ですかそれ、怒りますよ?
「で、私がピンチになったらどうするんです?」
「助ける」
はぁ? 意味わかんないですね。ご主人様に怒られるかもしれないのを抜け出して来たのに。一体何がやりたいんですかねっ。
「助けて、それでどうなるんですかっ」
「うぅん? 好感度、上がる?」
「……ふーん、そうですか」
……なんだ、ただの発情狼じゃないですか。考えも稚拙だし、所詮獣ですねー。
可愛かったら別に何でも良いんですけどねー。残念、趣味じゃないので。
全部聞き出してご主人様に報告ですかねー。ご主人様、私はともかくウルル姉様の事大好きですしねー。
「……好感度上げてどうするんです?」
「……仲良く、する?」
あーはいはい、仲良く《意味深》ですね。分かります分かります。
「……仲良くナニするんですかー?」
「……遊ぶ?」
ほうほう、私で遊ぶ、と? 可愛かったら万事問題なしなんですけどねー。
と言うか何で私なんですかねー? ……手頃だとでも思いましたか?
「 何で私なんですかね? 私じゃなくても良いのでは? 手頃だとーー」
「ーー妹だか……ん?」
「で……も……………………」
……………………。
「……そ、そういえば……そうでした……………」
「……ん?」
変わらず首を傾げるルーベルさん。
そう言えば私、今生では兄弟も両親さえもいるんでした…………。
……何と言う事でしょうっ。これじゃあ私、ただの馬鹿で変態じゃないですかっ!?
これでも聖女として戦ってきた実績があるのに……どんだけ頭お花畑何ですかねっ?
「……もう、もうっ」
「……もうもう?」
恥ずかしくて死にそうですよっ! 良く考えてみれば、こんな純粋なルーベルさんが邪な事を考えつく筈がないですしっ。
「……ミュリア、大丈夫、か?」
「っ!」
頭を抱えて踞み込んでいると、ルーベルさんはご主人様がやるのと同じ様に、私の頭を撫でてきました。
良く聞くと、私の名前を呼ぶ声にも、親愛の情が強く感じられます。
見上げた瞳は心配そうでーー
「ーー顔、真っ赤」
「っ!! も、もうっ!」
私は飛び跳ねる様に立ち上がると、さっさと次に向かう事にしました。
……こんな顔、誰にも見せられないですし? もう、もうっ。知りませんからねーっ!
「は、はやく次に行きますよ、そ、その……ルーベル兄さーー」
「ーー俺の方が、速い」
小走りで地獄道へ向かう私の横を、ズザザッと歩き抜けるルーベル兄さん。
……彼は馬鹿なんですか? 純粋でしたねそうでした。
駆けっこじゃないんですから、何で先に行こうとするんですかね? ……まったくもう。
「兄さんーー私より速いつもりですか?」
「……身体強化」
「あ、ちょっ! それはずるいです! もうっ!!」
◇◆◇
『命泉探索報告書』
本日、私、ミュリア・リーズベルトは、謹慎の罰則を破り、兄、ルーベルと共に命泉で狩りをしました。
大将級3体の討伐と再発生した魔物を駆逐したので……許してください。
ミュリア・リーズベルト 印
許してあげてください。ルーベル 印
仲良く上下に2つの肉球印が押された紙。
それを見てから、黒髪の彼女は、疲れ切って眠る2匹の狼を見下ろした。
「……まぁ、良いでしょう。私の主人が聞いたら逆に喜びそうです。……迷宮探索計画の方を一部見直さなければなりませんね」
過去を持ち、未だぎこちない妹と、家族思いの純粋な兄。
狼一家の小さな物語は、始まったばかりーー




