幕間 竜胆祐美と熱い夏
……どうして?
私の方が出来るのに。
私の方が上手いのに。
どうして、ミユの事ばっかり褒めるの?
◇
正直言うとね、当時私は自分の事をかなりの天才だと思ってたの。
運動だって学年で五指に入るし、勉強では常に一番。
よく、優しいね。良い子だね。って言われて、男の子からも女の子からも好かれるし、先生達だって褒めてくれる。
一歳しか違わないけどミユの面倒も見て、お母さんもお父さんも褒めてくれた。
だからね……うん、天狗になってたんだよ。
一番出来るから一番褒められる。そうじゃ無いと嫌になってた。
そんなんだから、ミユの成長を喜んであげられなかった。
……最低のお姉ちゃんだよね。
◇
お父さんが出世して私達は首都の直ぐ近くに引っ越す事になった。
系列の会社が何とかで、御前通り前ニュータウンの方に伝が出来て、折角だからお祭りまでに鈴宮町に引っ越そうとか何とか。
それは夏の事だった。
「はぁ……」
重い溜息をつく。
さっきまで、新しい学校の宿題をやっていたからじゃない。
終わるまでずっと新しい家の私の部屋で宿題をやり続けていたからでもない。
きっと……ミユの方がいっぱい褒められるから。だから……家にいたくなかった。
まるで……私だけ家族じゃないみたいだから。
だから私は外に出た。
お母さんはミユの事ばっかで、お父さんはてれわーく? でずっと部屋にいる。
まだ明るい内なら、勝手に外に出ても、どうせ怒られたりしない。
「はぁ……」
また溜息をつく。
そうでもしないと、何か別の……嫌な物が口をついて出てしまうかもしれないから。
見上げた空は雲一つない晴天。
燦々と輝く太陽が、暑くて熱くて憎たらしい。
「……雲……出ろっ……」
無意味な事を呟いて、暑い道へ視線を下ろすと……ふと、浴衣を着た女の人達が目に入った。
そう言えば……昨日からお祭りって言ってたな。
山の上で……。
「……山って、涼しいだよね……?」
思い立ったが吉日とか言うし、私はお小遣いが入った猫のお財布とリュックを持って、お祭りの会場に向かった。
……お祭りには明後日全員で行く事になってたけど……良いよね? どうせ気にしないだろうしね? ね。
◇
お祭りの会場は広かった。
山だけじゃなく、山の麓の色んな所で屋台が立ち並び、沢山の人が居て、迷っちゃう所だった。
でも、会場は山の上だし、山を見失う事は無い。
階段も分かりやすく大っきくて、兎に角涼しい所に行きたかった私は、真っ直ぐ階段を登って行った。
少し落ち着いたら屋台を巡ってみよう。そう思って。
「はぁ……ふぅ……」
長い長い階段を登って、一番上に着いた。
思っていた以上に階段は長くて、兎に角一度休みたかった。
右に沿って移動して、遠目に見えた木陰の長椅子に腰掛ける。
リュックから水筒を取り出して、麦茶を飲む。
良く冷えたそれを飲みくだし、リュックから出したタオルで汗を拭う。
……帽子持ってくれば良かったかなぁ?
そんな事を考えながら、心地よい疲労感と、時折吹く涼しい風に浸っていた。
太陽は未だに燦々と輝いて、白い石が敷かれた広い空き地を照らしている。
しばらくボーッとそれを見ていると……気付いた。
ーー人が全くいない事に。
遠くから僅かなお祭りの喧騒が聞こえてくるけど、それだけ。
ここには人がいない。
思えば、もう一個前の階段の所にも殆ど人がいなかった様な気がする。
……もしかして……入っちゃダメな所に入っちゃった……?
そう思った次の瞬間、その声は直ぐ真横から聞こえて来た。
「ほぅ?」
「ふひゃぁ!?」
小さな声に振り向くと、直ぐ目の前に顔があった。
あまりに近くてびっくりして飛び跳ねる。
「御鈴に縁無き者がここに入り込むとはな」
改めて見たその人は、綺麗なお姉さんだった。
「はひ……」
「誰にも呼び止められなかった……いや、それもまた……或いは……」
しばらくお姉さんは小さな声で呟くと、鋭い怒った様な目付きで私を見下ろした。
お母さんみたいなそれと違って、目だけがはっきりと怒っていると感じる。
それはとても、恐ろしかった。
「あ、あぅ……」
「ここが禁域と知って入ったか?」
き、きんいき? きん……立入禁止って事? や、やっぱり入っちゃダメな所だったんだ!
「ご、ごご、ごめんなさいっ!」
私は慌てて走り出した。
少し遠くにある、さっきのとは違う階段に向かって。
人のいない静かな、不思議な場所。凄く美人で怖い人。
普段なら怒られるのは何とも無いけど、その時、私は怖くなって逃げ出してしまった。
「あ、ちょっ、そっちはーー」
お姉さんの声が聞こえたけど、私は急いでその場から離れる為に、階段へと走った。
◇
「……まぁ、良いか……くひひ、そっちの方が面白そうだ」
木陰の椅子に腰掛ける少女は、まるで童女の如く微笑み、幼い少女がその階段へ向かうのを見届ける。
止めるのは容易い。この冠界において、少女は3番目に強い力を持っているのだから。
1番目は未だ力の使い方も分からぬ幼霊。2番は来たる日に備えて各国に守霊の要を作って回っている。
実質、彼女は現状最も強い力を持っているのだ。
だが、止めない。
少女は此処に入り込んだ。
御鈴の縁を越え、誰にも止められる事無く。
例え彼女が声を掛けずとも、少女はあの階段を下っていただろう。
ーーそれは運命。
或いは声を掛けた事さえ運命の内だったかもしれない。
少女は御鈴では無い別の、とびきり強い縁に引き寄せられ、この地に辿り着いたのだから。
「くひひ……当主殿はどうするか。……処刑かはたまた引き込むか……どちらにせよ追い返すよりは楽しくなるだろうね」
そう言うと、彼女は椅子から立ち上がる。
玉砂利の敷かれた道を音も無く歩き抜け、屋敷の中へと入った。
奥へ奥へ、ずっと奥へ。
いずれ訪れるその日の為に、彼女は聖域に籠る。
それを知る者は少ない。
彼女を知る者は少ない。
ただ静かに、彼女はその日を待ち続ける。




