第155話 休日の様な 〜2日目・午後:爪を研ぐ夜〜
第五位階上位
先ずは帝国。
撤退した80万の軍勢は、各戦場から十分に離れた場所で野営をしている。
予定通り明後日には前線の少数精鋭が完全に孤立するだろう。
帝国軍が撤退するに至った確定情報は不明だが、推測する事は出来る。
正確にこれだと言い切れる訳では無いが、おそらく貴族ないし王族が保身に走った結果この様な事になったのだと思う。
撤退した帝国軍が防備を固めるにせよ此方を攻めるにせよ、得体の知れない力を持った少数精鋭より数の力を信じる辺り頭の硬さを感じる。
私にとって一番最高の可能性が貴族の保身だとすると、最悪は……80万の軍勢と周辺諸国含む全ての人間が邪神復活の贄にされる可能性だろうか?
邪神の考えている事なんて分からないので無いとは言い切れないし、準備だけはしておこう。
一方東方諸国はと言うと、帝国が撤退した事を訝しむ様に斥候を放ち、帝国軍の動きを見ている様だった。
後方の常備軍を前線まで送るくらいの事はしているが、基本的にはそれだけだ。
奪われた砦を奪い返しに行く様な事も無く、ただじっと、または呆然としている様である。
1日置けば混乱していた東方諸国も一定の落ち着きは取り戻すだろう。
おそらく西方同様東方も対帝国の同盟等を結んでいる筈だし、しばらく放っておけば連合軍が出来る物と思われる。
東西両方の始動が遅れた理由は、帝国軍の兵糧や武具の準備があまりに静かだった為だろう。
鹵獲した携行食は、転生者の知識と能力を用いて量産されたと思われるドライフルーツやシリアルバー、缶詰等。
その他に、氷属性の魔石を用いて金属で囲った冷蔵馬車や火属性の魔石を使ったライター等、様々な先進的アイテムがあった。
長い時間を掛けて密やかに爪を研いで来たのだろう。
予測は幾らでも出来るが、相手が実際に動かないと正解は分からない。
幸い此方は万事に対応出来る以上の戦力を用意すれば良いだけなので、やる事は何も変わらない。
重要情報の確認と整理はここまでにして……小煩くなって来た連中は放っておいて夕食を食べるとしよう。
「ふっ」
「む……言いたい事があるのなら聞いてあげるのです。だからその醜い顔をやめるのです」
「み、醜くないし……ふふん、まぁ? 大人な私はそんな発言気にしないさね」
「戯言は良いのです。キモイのです。聞いてあげてる内に吐くのです。あとルムは子供じゃないのです」
「ふん! ……天麩羅をつゆダクとか……体相応さね」
「あ゛あ゛?」
「て、天麩羅は塩が通なのさっ。それが分からないお前——」
「——お前は泣き虫だから塩が足りてないのです」
「なっ!? お、お前こそさっきから魚ばっかりさね! 野菜食わないからチビなんだよ!」
「はぁ!? お前こそルムより背が高いのに真っ平らなのです! 未来は絶望なのです!!」
「ぐぬぬ、チビの癖に生意気……!」
「真っ平らな馬鹿が大人ぶってんじゃねーのです……!」
「……せんこく、どんぐりのおおきさをくらべてもしかたない」
「「ドングリじゃない《のです》!!」」
その後、飛び火して拡大する騒ぎは、醤油派、かぼちゃ派、そのまま派、キノコ派等の出現と共に群雄割拠の様相を呈し、紅花の『……一番美味しいは個人で違う』の発言を機にゆっくりと収束して行くのだった。
◇
各自を仕事場に見送った後、桃兎のお守りを引き続き白夜に任せて灼海に戻った。
先ず最初に行ったのは、他よりも弱いと言わざるを得ない六王結界の防衛力強化だ。
事前に蟹君達には短い時間で最低限の強化を施していたが、これを更に強化した。
彼等の硬い甲殻に魔法を刻み、柔な頭でも理解出来る様な特別情報パックを挿入し、個々人の適性に合った強化を施す。
肉体の強化が終わった後は、装備の取り付けだ。
蟹君達は比較的おつむが弱めなので、魔道具を『起動』させる事が出来ない。
正確に言うと、出来るは出来るが使おうと言う思考に至らない。
そんな訳で、魔道具の効果はパッシブでなければならない。
作ったのは、手足に取付けられるリング型の魔道具で、効果は戦闘時に自動で発動する硬化や怪力の魔法と、魔力を貯蓄する魔力タンク。
これで蟹君達は戦闘時における個々の力が40レベル分上昇した。
尚、それらの強化に使った資材は、灼海のあちこちに生えている火属性の結晶や地表に露出した赤鋼の鉱脈から採取したので、此方は何も消費していない。
今後の活動の事も考えて、レベル50相当未満の強化を『友軍に対する最低限度の強化』と定義しておこう。
また、灼海自体にも、防衛施設という様な形で強化を図った。
巨大な火属性結晶を可能な限り圧縮し、球体状に纏め、ウォーターゴーレムを生成したのである。
ギガントボイリングスワンプゴーレム LV350
平べったい為に全長約20kmに及ぶ超巨大ゴーレムは、体が熱湯で出来ており、普段は水中に沈んで待機している。
戦闘時は蟹君達をしっかり援護してくれる事だろう。
灼海の防衛強化が終わった後は、灼海周辺の調査を行った。
灼海の北は荒野が続いており、魔割山脈の上から見ると遠くに森と山がある。
西には当然海があり、東には森と川があった。
今回向かったのは、灼海に温水と強力な火属性魔力を流し込む川の上流。
東から流れていた川は緩やかなカーブを描いて魔割山脈の裾野に至り、そこにあった祠から……ヒヒイロカネの神像を回収した。
魔眼の因子は蟹君達が持っているので、配下にした蟹君の魔眼を発現させよう。
その後は、北側に黒雷を打ち上げて地図埋めを任せ、迷宮に帰還した。




