第146話 休日? 〜2日目・午前:傍若無人な飴と鞭〜
第五位階下位
水精母娘には、彼女等に適した住居を迷宮内に建造してあるので、黒霧に案内させた。
次に行うのは、リムの妹『ツァールム』の蘇生だ。
主なやり方は2種類あるが、今回は器を用意して魂を定着させる方法を取る事にした。
肉体の素材は悪魔獣なので、悪魔の一種である淫魔とは相性が良い。
無駄な因子の除去や魂から採取した因子の培養など、細かい調節は恙無く終わり、ルムは復活した。
その際、ルムたっての希望として胸部装甲の増量を提案されたが、死ぬ前と不自然に変えて何か不具合があると行けないので却下した。
……ルムはサキュバスの中では非常に珍しい、何がとは言わないが大平原の持ち主だった。
◇
「なぜなのです? なぜ、なぜルムの胸は小さいのです?」
リムを幼くした様な容姿の少女は、自分の慎ましやかな胸部をムニムニとさすり、悲しげに呟いた。
蘇生した第一声がそれとは大分拗れている。
まぁ、ルムのコンプレックスは白夜のそれとは異なるのでしょうがない。
そもそも胸部が大きいのはサキュバスの基本特性であり、それが小さいと言うのは種族的におかしいのだ。
皆黒髪なのに1人だけ赤みの強い茶髪が混じっている様な物だ。
上から見たら凄く目立つ。
「それじゃあルム、状況は知っているだろうけど——」
「——お前もお前なのです。ルムのお姉様を誑かす泥棒猫め、です。……まさかお姉様がボクっ娘好きだったなんて、知らなかったのです。今日から一人称は僕にするのです」
……ふむふむ、シスコンか。まぁ、そうじゃないとその状況で自殺なんて出来ないだろうしね。
取り敢えず不穏分子は排除しないと。
「うん、ルム。ちょっとお話ししようか」
「はぁ!? 何言ってるです!! ルムはおま……ユキ様に忠誠を捧げてるです! その証拠にさっきから敬語です! お話しなんて不要なのです!!」
急に慌てだしたルムには悪いが……。
「薄っぺらい嘘はつかなくて良いよ。吹けば飛ぶ様な忠誠なんて無価値だ」
「嘘なんてっ……ついてないけど確かに吹けば飛ぶのです」
「だろう? だから私とお話ししようね」
「お、お話しなんて言ってっ、本当は洗脳なのです! 洗脳は——」
「——じゃあ、洗脳にする?」
「へ?」
ルムは一瞬だけ惚けた様に口を開いた後、急激に青ざめて行った。
……そんなに怯える必要はないのに。
震える彼女の頬に触れ、視線を合わせる。
「お話しは賢くなるだけ。洗脳は何も考えなくて良くなるだけ。何も怖い事なんてないよ」
「ひっ! や、やなのです……に、人形はやなのです……!」
「ふふ、人形、ねぇ……じゃあお話しにしようか?」
「お、お話しにするのですぅ!!」
ルムがコクコクと頭を上下させたので、両手を頬から離した。
そもそもサキュバスと言う種族は食欲と色欲がほぼ同一だ。強い欲望を持つ彼女等は、その悪魔種故の強い力に後押しされ短絡的行動を取りやすい傾向にある。
その点ルムはサキュバスにしては非常に強い自制心と知性を有している様だ。
何せルムは私の精気を吸えば最高の快楽を得られる事を知っている。
これに飛びつかない彼女は、やはりサキュバスとして少しおかしいのだろう。
或いはその知性こそが、ルムのサキュバスとしての成長を妨げているのではないだろうか?
私が離れた事によって少し落ち着いたらしいルムは、青ざめながらもその我の強さ故かキッと私を睨みつけて来た。
「……ふ、ふん、精々頑張るのです。ルムはお姉様と違って頭が良いし気持ち良いからとか……ちょっと容姿が優れているからとか言う理由では靡かないのです」
「うんうん。ルムは優秀そうで何よりだよ」
「ふふん。ルムは優秀なのです。頭の固い老害共よりもたくさんの事を知っているのです」
「そんな賢いルムに1つ良い事を教えてあげるよ」
訝しげに此方を見上げるルムに対し、私は自分の胸元、心臓の上に指を添えた。
「ルムの此処には魔石が2つ入ってる。1つはルム用に調整した魔石。もう1つは……サキュバス達に私がいない所でもご褒美をあげられる様にする為の試作品だ」
「うん? それが……ま、ましゃか……!」
またもやサッと青ざめたルム。
普通のサキュバスならご褒美が何処でも貰える事に喜びこそすれ、その機能に関しては思い付きもしないだろうが、ルムは良く理解しているらしい。
……おそらくこの先に続く私の言葉も。
「うんうん。ルムの考えている通り、試作には実験がつきものだ」
「そ、そんにゃのやにゃのれ、ぁぇ? ろりぇちゅが……」
「そしてお話しは既に始まっているんだよね」
「う、うしょ……? かりゃだが、こ、こんにゃのしりゃない……」
「その魔石もどき、実は理論上『全解放』と言う事が出来てしまうんだ。万が一誤作動を起こして全解放された場合、サキュバスが何処まで耐えられるか。何処から狂ってしまうのか。濃度の調節が必要だと思うよね?」
仮面を取ってニコリと微笑んで見せると、ルムは全身をピンク色に染めつつも、慌てた様に大声をだした。
「ら、らめにゃのれす! おみゃえもるむがこわりぇたらこまるはずにゃのれす!」
「ルムは優秀だから大丈夫だよ。万が一壊れても頭の悪いリムなら生きてるだけで喜んでくれるさ」
「ひっ、や、やら、にんひょうはやら——」
プルプルと覚束ない体を奮起させ、ルムは少しずつ後退っていく。
「——忘れちゃったのかな? 私がいない所でもご褒美をあげられる様に開発した、って」
「あ、あぁ……ゆ、ゆるひて……ゆるひてくらしゃい……!」
脅すのはこれくらいで良いだろう。
大丈夫。壊れても記憶を切除するから問題なんてない。
そもそも悪い物なんて一切入っていない天然素材、別にヤバイ薬で薬漬けにする訳ではないのだ。
ルムの頭を心待ち優しめに撫で——
「——大丈夫、痛くない。苦しくもない。ただ気持ちいいだけ」
「ぁ——」
実験開始っと。
◇
「ユキ様ぁ。ルムは馬鹿なお姉様と違ってすっごく優秀なのです。ルムに何でも任せるのです! ご褒美をいっぱいくれればルムはもっと頑張るのです!」
「うん、期待しないでおくよ」
「それで良いのです! 期待してないユキ様に成果をばーんと見せるのです! そしたらご褒美もどーんといっぱいなのです!!」
ルムは両手を広げて嬉しそうに笑う。
ユキ様と呼ぶその声には、最初の様な薄っぺらさは感じられない。
「因みにご褒美は何が欲しい?」
「取り敢えずお姉様を頂いておくのです!」
「そう言うのはお互いで話し合って決めてね」
「それは無理なのです。あの馬鹿は人間の知識を馬鹿なりに馬鹿な解釈をしていて、きんしんそーかんは危険とか言ってルムとしてくれないのです。これだから馬鹿は嫌なのです。毎日盛ってるんだから一発くらい妹としてもバチは当たらないのです」
「うん、元に戻った様で何よりだよ」
「も、元に戻るなんてとんでもないのです……ボソボソ《もう元になんて戻れないのですよぉ。ユキ様はイジワルなのです》」
妙にくねくねニヨニヨしているルムは置いておいて、実験の最中、彼女は驚く程の耐久力を示してくれた。
分かった事は主に2つ。
1つは、ルムがサキュバスの研究において全く参考にならない個体であると言う事。
2つ目は、その結果によって、ルムはサキュバスであってサキュバスでない、突然変異個体であると言う事実。
ルムは快楽を受ける器官や吸精する能力が未成熟、と言うよりも成長の上限が低い様である。
そして何より一番の問題が、ルムの属性適性にある。
ルムは悪魔種の一種、サキュバスと言う闇の存在でありながら、光の属性魔力に高い適性を持っている。
この事から、ルムは天使や光精霊などの転生個体である可能性が高い。
取り敢えずもう昼食の時間なので、更に拡張した食堂に向かおうか。




