第136話 ユキ、美女を泣かせる
第五位階下位
薄暗い部屋の中、金の双眸が怪しく光る。
長い白髪がフワリと揺れた。
暗闇に佇む美女は、魅力に富んだ肢体を惜しげも無く晒し、何処か憂いを帯びた微笑みを浮かべて私を見詰める。
「……マシロ殿。我を——」
伸びてきた腕はしなやかで、仄明かりを受けてアラバスターの輝きを放っている。
金の瞳がそっと私を覗き込んだ。
「——抱いてくれ」
「……」
私は無言で彼女の頬へ手を添え——
「マシロ殿…………マシロ殿?」
——更に先のこめかみを押さえた。
うむ。スイッチオンだな。
「マシロ殿!? 痛っ、いたたっ! や、やめっ! 痛い! 痛いーっ!!」
パッと手を離すと、美女は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
その身長に相応しい大きな胸部が膝に押し付けられ、ぐにゃりと歪んでいる。
……私の体もあんな感じなのだろうか?
ともあれ、私も彼女の前にしゃがみ、涙目の美女、モンデシウルと視線を合わせる。
「……」
「い、痛い……まだ痛いぞ……酷い……」
彼女の右腕には、二本のリングが合わさった様なデザインの腕輪がつけられている。
その腕輪は名を『人繋ぎの双輪』と言い、魔力を充填すれば最大6時間凡ゆる生物を人に変じさせる事が出来ると言う魔道具だ。
弱点は知能がそのままの事であろう。
「うぅ……まさか痛くするのが好きなのか……? 我は痛いのは嫌いだ……」
モンデシウルの思考があらぬ方向へ飛び立ち始めたので、さっさと指摘する事にしよう。
私は指を3本立て、彼女の眼前に差し出した。
「私が君に指摘したい点は3つ」
白夜や茉莉花やリムは兎も角、私はそう言うのはお呼びではないので、しっかり指摘してやらねばなるまい。
それも多少辛辣に、だ。
「1つ。私は君の体に性的興奮を覚えない。何処からそんな自信を持ってきたか知らないが、体を売れば金になるのは低次の領域でだけだ」
1本指を畳んで、次。
「2つ。よって君が私に体を捧げ、何度まぐわったとしても、君の善性に基づく正当な対価には決して届く事は無い。と言うか分割払いを許可した覚えは無い」
2本目を畳んで更に次。
「3つ。そもそも私の方が美しいのでむしろ君の方が得する事になる。これはどう考えてもおかしい」
3本目も畳み、涙目でプルプルしている全裸の美女の頬へ拳をグリグリ押し付ける。
「以上の3点、特に最後のを悪質な契約違反とみなし——」
「——待ってくれ! そもそも邪神が来ていたなんて知らなかったんだ!!」
もちツルな頬をグリグリしたりニョーンとしたりしながらも、モンデシウルの言い訳を聞いてあげる。
「大陸の危機だなんて……」
「うん。で、君は何が言いたいのかな?」
意地の悪い事をしているのは自覚しているが、遊技神のせいでストレスが溜まっているから仕方ない。
大丈夫。殴られ料は払うから。
モンデシウルの頬から手を離し、素直な彼女の稚拙な言い分を聞いてみる。
「……大陸の危機なら我だけで払えない事はマシロ殿にも分かっていた筈だ……」
「うん。そうだね」
「……そ、それに大陸の危機なら対価を払うのは我だけでは無い筈」
「うん。そうだね」
「…………ま、マシロ殿もこの大陸の住人なら……自らを守る為に戦うのはある種当然……だと思う……と良いな……」
「うんうん。つまり——」
要するに——
「——厚顔無恥にも減額要求、それから何も知らない無辜の民への徴収要請という事かなぁ?」
「ち、違っ! 我はそんな事言っていない!」
「うん。そうだよね。だって払うって言ったもんね」
「それは……し、知らなかったんだ! そんな邪神なんて……」
「教えなかったしね」
「ず、ずるい! そんなの……! …………」
そこまで言うとモンデシウルは下を向き、肩を下げた。
どうやら諦めたらしい。そう言う冷静な所は評価出来る。
後押しも兼ねて適当な言葉でも並べるとしよう。
「……無知は罪だ。知らなかったから許される程世界は甘く無い」
「……分かっている。全ては我が愚かだったのだ……我が子等には謝っても謝りきれぬ……」
ポロポロと涙を零して懺悔するモンデシウルに悪い報告です。
「それじゃあ契約に則り、共和国を統べる王、モンデシウルの眷属たる狼達と獣人全員は今より私の支配下に降った」
「……え?」
モンデシウルは峰大神。
元は山狼だった物が、永きに渡る加護と君臨で神格化した存在だ。
その信仰は生半可では無く、モンデシウル自身の慈愛もまた大きかった。
一種の土地神、土着神となった彼女が大地に民を迎える。それは紛う事なき眷属化である。
愛し愛されて結ばれた絆は大きい。
呆然と此方を見るモンデシウルは、絞り出す様に言葉を零した。
「そん、な……そ、んなの……侵略、者では、な——」
「——今更気付いたの?」
「……ぅぇ?」
「無知は罪……本当に愚かだよね。やり易かったよ。王がこんなのじゃあ国民も可哀想だねぇ」
良い薬だからここぞと痛め付けよう。その分彼女も成長するだろうしね。
きっと今まではなまじ強い分会話の相手は謙っていたのだろう。
そりゃそうだ、誰だって死にたくない。気分一つで己を殺せる相手は恐れる物だ。
それに獣人にはモンデシウル信仰があるから、気を許せる話し相手もそうそういなかったに違いない。
碌な遣り取りをしてこなかったツケが回って来たのだ。
元々真っ白なモンデシウルは更に顔色を白くし、行き過ぎたショック故か表情を無くして虚空を見つめている。
その金の瞳からはボロボロと涙の粒が溢れ、白磁の肌を伝って床へと染み込んで行った。
「……し、らなかっ、た……わ、我、は……しらな……こんな、事……」
「無知は罪だ」
再三に渡って同じ言葉を刷り込み、へたっている狼耳の間に手を添えた。
「っ……ごめん、なさい……我は……ごめ……さい……うぇ……」
ビクッと震え、感情を思い出したかの様に本格的に泣き出した彼女には……そろそろ飴の詰め合わせをプレゼント。
取り分け優しく頭を撫でて、その魂に圧縮情報パックを送信する。




