第104話 メナーニャ・デーゼハルク
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第四位階中位
最後の灯火が潰えてどれほどの時が流れただろうか?
大河を挟んだ向かいにある、罪無き人々が守る砦越しに夜空を見上げ、後悔に塗れた過去を振り返る。
◇
父様は凡夫であれど愚物では無く、平民上がりの母様は厳しくも優しい。
人の領域からやや北西にあった小国、ハルク公国は、栄えこそしなかったが廃れる事も無く、平和な日々が続いていた。
それが壊れた原因は——
——私が産まれて来た事。
私は4つの折、何の予兆も無く原因不明の高熱で倒れ、生死の域を彷徨った。
母様が祈る言葉を何処か他人事のように聞きながら、今世は特に短かったなぁと思ったのを覚えている。
次の朝。高熱は嘘のように引き、私の片目は魔眼になっていた。
——『葬魂の風』
風を自在に操る強力な魔眼。
曽祖父の代に失われたと言われている、デーゼハルク大公家の者が稀に発現させる伝説の魔眼。
その力と、私が転生時に獲得した力『風の支配者』は相性抜群だった。
或いは、『風の支配者』があったから『葬魂の風』が覚醒したのかもしれない。
私は『風精の愛し子』と呼ばれ持て囃され、母譲りの美貌もあってか15を数える頃には『風精姫』とまで呼ばれる様になった。
16となったある日、首都近傍の森から赤黒い大型恐竜とその手下の群れが現れた。
熾烈を極めたその戦いで、最も活躍したのは、影でお姫様のおもちゃと罵られていた少数騎士団『風の乙女』だった。
恐竜の親玉を倒した私は、ハルク公国最高の戦士に与えられる称号『風の守人』を与えられ、公国の英雄として祭り上げられ、そして——
——その力は帝国の脅威とみなされた。
最初に来たのは、政略結婚の申し出だった。
それは最後通牒だった。
気持ち悪いニヤニヤ笑いを浮かべる小物臭い貴族の男と、第十何番目かの帝国王子を名乗る豚が何の予告も無くやって来た時は何かの間違いかと思った。
私が馬鹿だったんだ。
父様よりも年上の、油ぎった豚の様な男が、まるで私の事を自分の女の様に言い、触れてくる。
耐えられなかった。
結局結婚の話は断り、その半月後ハルク公国は滅ぼされた。
公国民は捕らえられ、私を除く公家の者達は2歳になったばかりの弟まで処刑され、私や『風の乙女』含めた特に強い人間は、戦闘奴隷として帝国の為に戦わせられる。
あの日、他の転生者の手によって隷属させられ、両親や兄弟の首を切り落としたその瞬間、私の中で燃え盛り、渦巻く風を起こしていた灯火は潰えた。
◇
ふと白み始めた夜空に赤い光が瞬いた。
——攻撃開始の合図だ。
「メナーニャ『風の囁き』だ。早くしろ」
転生者の命令に従い、広範囲に声を届ける魔法を使った。
「ふん……進軍開始!」
また、蹂躙が始まる。
——今でも忘れない。
両親から向けられた憎しみと怒りの視線。
兄弟が上げた恐怖と苦しみの泣き声。
今日もまた、同じ視線、同じ声が私を苛むだろう。
私が先陣を切り、魔物や満足な装備も与えられていない奴隷の兵が、静かな夜の冷え切った川へと入って行く。
「……?」
ふと、違和感を感じた。
——戦いが起きている筈なのに、あまりにも静か過ぎる。
そう思考した時にはもう遅かった。
——夜闇を切り裂く様に響いたのは少女の声。
「はーはっはっ! 袋の鼠とはこの事さね!」
『っ!? だ、誰だ!!』
『風の囁き』によって届いた外道転生者の声は多分に怯えを含んでいた。
しかしそれを笑う事は出来ない。
何故なら、私よりも強い魔物達ですら、呆然とそれを見上げる事しか出来ていないのだから。
——それは空にあった。
——それは唐突に現れた。
強大な力の顕現。
可視化できる程に高められた白色の魔力が唸りを上げ、気配と言う名の暴力が体を大地へ括り付ける。
「喰らうが良いのさ! 『氷雪牢獄』」
——風が吹き抜けた。
そう思った次の瞬間、世界が暗闇に包まれた。
◇
ふと気がつくと白い空間にいた。
何処を見ても何も無く、己の姿すら見えない白。
地平の彼方まで白に染まった無垢の世界。
何を思考するでも無く、ぼーっとそこにあり続ける光景を眺めていると、虚空に青白く光る粒子が現れた。
粒子はゆっくりと私を包んで行く。
『やぁ』
前を見ると、そこには銀髪碧眼の少女がいた。
『初めまして、メナーニャ・デーゼハルク。または神宮寺彩乃さん』
美貌の少女がニコリと微笑むと、何故だろう? 心の内が暖まり、安らぎを感じる。
『さぁ、行こうか』
差し伸べられた手を見つめる。
彼女は一体何処に行くのだろう?
『君の灯火は失われてなんかいない』
「とも……しび……?」
『さぁ、おいで』
——君が忘れてしまった記憶を取り戻しに。
——君の哀しみに塗れた後悔を乗り越えに。
『一緒に行こう』
「一緒に……行く……」
『ふふ、良い子だ』
蒼銀の少女に手を引かれ、次第に世界は色付いて——
【葬魂の風】
『精霊神教』で風精霊を奉る見習いの風巫女が、気紛れな風の精霊王の思い付きで左目に受けた加護。
元々の名前は【小さき者を癒す風】。
因子は全ての子孫に受け継がれているが、それを発現させるには十分な量の風属性魔力かレベル、または風への理解や渇望、或いは因子の存在を認識する、などが必要となる。
尚、加護/因子は大気中を彷徨う種精霊達であり、開眼には高熱を伴う。




