第66話 蜂蜜のお菓子
第四位階中位
ミラ嬢は貴族の御令嬢と言うに相応しい容姿をしている。
おそらく本以上に重い物は持った事が無さそうな細腕。
平民とは違って日焼けなど全くしていなさそうな白く、滑らかな肌。
食べる事に困った事は無いであろう程よい肉付きの体。
栗色の髪には艶があり、着ている服もほつれなど見当たらないフリルがふんだんに使われた、一般的に貴族服などと呼ばれている代物だ。
そんなミラ嬢の性格も、公爵家の一粒種とあってか箱入りのお嬢様そのものであった。
迷宮都市生まれ、迷宮都市育ちの貴族である彼女には、どうやら冒険者達の華々しい功績ばかりが耳に入っている様だ。
然もありなん。
わざわざ冒険者が如何にして死に至っただの、どの様な裏切りや足の引っ張り合いがあって死んだだのは、早々貴族の界隈に昇る話ではない。
そもそも、死んでしまえば語る者などいないのが冒険者だ。
注目されない新米の冒険者達は誰にも知られる事なく死に、一人前になってもふとした油断で死ぬ。
大きな功績を挙げる様な輩は易々とは死なないから、ミラ嬢が冒険者達の煌びやかな活躍に憧れるのはある意味当然と言えた。
ミラ嬢は俺とその仲間達の冒険話を聞き、時に手に汗握り、時に頰を上気させ、時に青ざめながら聞いていた。
此方としても、ミラ嬢の素直に喜び悲しむ反応と向けられる尊敬の念はまぁ満更でもないので、結構話し込んでしまった。
◇
「ジョージ様……またミラに会いに来てくださいましね」
「えぇ、必ずミラ様にお会いしに訪れましょう」
3時間くらいは話しただろう。
その結果、随分ミラ嬢に懐かれてしまった。
個人的にはまぁまぁ楽しい時間ではあったし、一度死に掛けた手前仲間との冒険を振り返り、より一層仲間の尊さを感じる事になる良い機会だった。
ただし、少し懸念なのは、ミラ嬢が冒険者への憧れを強くしたかもしれない事だろう。
そもそもミラ嬢が冒険者に憧れる気持ちの根源となっている物は、おそらくミラ嬢の母親、キーラ・フォン・クラット公爵夫人にあると思っている。
キーラ夫人は病弱で、ミラ嬢はかつて冒険者がクラット大迷洞から持ち帰った万能薬を欲っしている。
まぁ、せっかく公爵家とのツテも出来たんだし、近いうちにリエやリョウタを連れて恩を売るのが良いだろう……治せればだけど。
「此方、お土産の焼き菓子です。日持ちはしませんので帰ったら直ぐにお召し上がりください」
ミラ嬢と同年代と思わしき、クランゼル王国では珍しい青味がかった色の髪のメイドから包みを受け取った。
小麦の芳ばしい香りがしているので2、3日は持ちそうだが、故郷で偶に作ってた甘く無い焼き固めたクッキーみたいなのと比べると確かに短い。
ギルマスと公爵は執務室に移って色々と擦り合わせに忙しいらしく、挨拶だけはして、ミラ嬢と青髪メイドに見送られて公爵家を後にした。
◇
どの街にもある貴族街を歩く。
クラットの街はクランゼル王国第二の都市と言われるだけあり、貴族街の規模も大きかった。
一度行った事のある帝国の首都に比べると小さ過ぎるくらい小さいが、そもそも帝国と王国は歴史も国の大きさも違うから仕方ない。
クラットの貴族街は穏やかで、侍女と思わしき女性が一人で歩いているのを見かける。
帝国なら護衛も無しに街を歩けば例え貴族街でも危険だ。
しばらく進むと、今度は貴族向けの豪華な代物を売る店が立ち並ぶ商店街になる。
服やアクセサリーは勿論の事、家具や武具、馬車であったり馬具を売る店があったりと多種多様だ。
まぁ、馬車は金箔やら宝石やら細かい細工なんかでゴテゴテの見栄っ張り様の物だし、武具にしたって見てくればかりのなまくらだ。
此処を使う事は無いだろう。
東の貴族街から南の商店街を通過してしばらく進むと、ちょうど居住区画と商店区画の境目に冒険者ギルドとリベリオンのクランホームがある。
冒険者ギルドは比較的迷宮に近い方にあり、クランホームがあるのはそこから少し外側に行った所。
その間にはギルドの指定宿屋があり、ギルドの社員や信頼できる冒険者が泊まっている。
その近くにクランホームがあると言う事は、イコールギルドからのリベリオンへの信頼が厚いと言う事だ。
◇
「ユウイチさん。お帰りなさい」
「お、アケミか、珍しいな」
ホームに戻ると、ちょうどアケミが縁側で寛いでいる所だった。
アケミはいつも鑑定のレベリングで町中を歩き回っているので、あまりのんびりしている所を見る事は無い。
「ええ、ちょっと休憩、です」
足をプラプラさせながらアケミはニコリと微笑んだ。
隣に腰掛ける。
「俺も休憩っと」
「ふふ、謁見お疲れ様です。何か良い物は貰えましたか?」
「あぁ、金と……金かな?」
「あは、ちょっと意味分からないデスヨ」
「まぁ悪くは無かったな」
「それは良かったです」
気安いやり取りをしつつ、貰った包みを開ける。
中に入っていたのは……パイの塊?
某お菓子会社の一口サイズチョコパイみたいなそれを1つ取り出してアケミに渡す。
「あとお土産貰った……数が少ないから皆には内緒な?」
「わぁ、良いんですか? お菓子なんていつぶりだろ?」
「……うーん、転生してから一度も食ってない気がする」
パイの塊をヒョイっと口の中に放る。
サクッと言うかモシャッと言うべきか今一判然としない一口パイは、中に蜂蜜が入っており、非常に美味かった。
「……美味い」
「蜂蜜パイですねぇ……そう言えば虫森エリアに蜜蜂のエリアボスがいるとか聞いた事が……」
「よし、今度行ってみよう」
後幾つあるか数えようと包みを覗き込むと、底に一枚の紙切れが入っている事に気付いた。
取り出して見てみると、書かれているのは蜂蜜パイのレシピ。
細かい注意点まできっちり書かれているそれは、あの青髪メイドが書いた物なのだろう。
「レシピまでくれるとか……太っ腹だな……」
「ふふ、ユウイチさん。残念ながらうちにあの立派な石窯を巧みに操れる人はいませんよ」
「折角作ったのに埃かぶってるからなぁ……」
二人して厨房の奥に眠る石窯を思い浮かべて黄昏ていると、エミリーが湯気を上げるティーカップを2つ持ってやって来た。
「あ、ユウイチ。お帰りなさい」
「おう、ただいま」
お盆を置いて俺の横に腰掛けたエミリーは、俺とアケミにティーカップを渡してくる。
「悪いな」
「いえ、良いんです」
一口飲んで喉を潤わせると、直ぐにエミリーに紅茶を渡し、ついでに蜂蜜パイも渡す。
「これは……パン……?」
「うっ……」
「エミリーちゃん……」
「え?」
俺が転生してから食べた事がないと言う事は、エミリーは一度も見た事すら無いと言う事だった。
こてんと首を傾げるエミリーがあまりに哀れでならず、アケミと一緒に慈愛の篭った目でエミリーを見詰める。
「エミリーちゃん。それはお菓子と言ってね、とっても甘くて美味しいんだよ」
「そうだぜエミリー。竜の武具が完成するまではクラットに滞在するし、時間があるから今度蜂蜜狩りに行くんだ。これからはいっぱいお菓子、食べられるからな」
「は、はぁ……オカシですか」
俺達の決意に若干気圧されるかの様に縮こまったエミリーは、お菓子の単語すら知らないのか変なイントネーションでオカシと言うと、しばしパイの塊を見詰めた。
意を決した様にそれを口元によせ、小さな口で——モシャリ。
次の瞬間——エミリーは溢れそうなほどに目を見開いた。
「あ、甘ぁぃ……」
エミリーの喜ぶ様見た俺達は、熱くなる目頭をそっと押さえた。
エミリーがモソモソと大事そうに蜂蜜パイを食べ終えたので、物は試しとエミリーにレシピを渡す。
転生者達は機械に慣れ親しんでいるせいで石窯を使えない、と言うか使いたくない感じだったが、便利な物に触れていないエミリーやティアーネ達なら出来るんじゃないかと期待しての事だ。
エミリーはしばらくレシピを見詰め、ふむふむと頷いた。
「……これを考えたのはアケミさんですか?」
「ううん、私は和食だったら出来るんですが、お菓子はさっぱりです」
「まさか……ユーイチ?」
「いやいや、俺も料理はからっきし。出来て乾麺か炒飯か冷凍食品だわ」
「なら一体誰が……」
何故か身内が作ったと思い込んでいるエミリーに、ざっと謁見後の話を聞かせた。
「んで、最後に青髪メイドに手土産として貰った」
「成る程……となるとその青髪メイドさんも転生者ですか」
「「え?」」
「え?」
エミリーの中で何がどう巡ってそうなったんだ?
「えーと、どう言う事?」
「あ」
「その、これってニホン語ですよね」
「……あ」
エミリーが示して見せたレシピは、確かに日本語で書かれていた。
普段から書き置きやら別の街で活動しているメンバーに手紙を送る時なんかに日本語を使ってるせいか、全く気付かなかった。
「……後、此処にギルドにて待つって書かれてる?」
「「……ほんとだ」」
だから早く食えって言ったのか。
ヴァーミュラー・オルデヒド(東屋 只人) 15(+102) 男
LV50
・チートスキル
【只人の剣】
刀術(極)
剣術(大)
体術(大)
武術(中)
治癒力向上(中)
身体強化(小)
直感(中)
痛撃耐性(大)
精神耐性(大)
・スキル
疲労耐性(中)
睡眠耐性(中)
魅了耐性(中)
◇
〜その頃の銀髪鬼面〜
「ふぅ、全く。黙って従っていればこんな事にはならなかったのに……そうは思わないかな?」
「ひぃ、御免なさいごめんなさいゴメンナサイ」
「まぁ良いや。それにしてもダンジョンマスターじゃないとか……大して強くもないし、ヤっちゃってレベル上げした方が良かったかな?」
「ひきゅう」
「まぁ、冗談だけど」
「……」
「……さて、話は聞いてるんだろう? 私は君に興味が湧いた。隷属か、従属か、君の好きな方を選ぶと良い——」
——迷宮核。




