第56話 謎の少女、マシロ現る
第四位階中位
それは唐突に、私の真後ろから聞こえて来た。
「ふむ、お困りの様だね」
咄嗟に愛剣に手を添え振り返る。
その途中で、敵ならば既に私が生きていない事に気付いた。
振り返った先にいたのは、鬼面の女。
長い銀色の髪に、貴族の令嬢が着る様な黒い服。
鬼面の隙間から覗く瞳は、まるで海の様に澄んだ青色だった。
本能が彼女は敵では無いと告げている。
状況が彼女に害意は無いと教えてくれる。
しかし情勢が彼女を疑えと叫んでいた。
「何者だっ!」
「ぼ……私が何者かを問う前に、少し商談でもしないかい?」
そういうと、女は掌を差し出してくる。
差し出されて初めて気付いたが、その手の上には一つの瓶が乗っていた。
透明で中の液体が見える瓶は、希少なガラス製。
施された細かな細工は、とてもじゃないが今の技術では作成不可能な代物だと理解出来た。
「私には彼を救う手段がある。と言ったら君らは何を差し出す?」
その言葉に、私は即座に頭を下げた。
「頼む。私に出来る事なら何だってする! どうか、どうかユーイチを助けてくれ!」
転生者達の中心であるユーイチがいなくなれば、リベリオンは解体を余儀なくされるだろう。
何より、私は彼に死んで欲しくない。
大切な仲間なのだから。
「ふむ、そう言えば彼はリベリオンを君に託したのだったな。君が何でもすると言う事は、リベリオンに貸し一つと言う事で良いのかな?」
「っ、それは……」
その言葉に私はユーイチを見下ろす。
赤黒い血が溢れ出している。刻一刻と流れるそれはユーイチの命そのものだ。
——私は選択を迫られている。
大切な仲間を救う為に大切な仲間達を差し出すか、大切な仲間を見殺しにするか。
一瞬の躊躇い。
口を開こうとした瞬間、聞こえて来たのは仲間の声だった。
「私は、ユーイチが助かるなら何だってします!」
エミリー。
ユーイチの恋人。誰に対しても心優しい治癒術使い。
「うちも! リベリオンの回復役として、ユーイチを助ける為なら何だってする!」
リエ。
転生者の1人で偽悪的な、でも誰よりも仲間を思う少女。
「そう言われると私も頷かざるを得ないですね。……それに、ユーイチ君を見殺しにする事は出来ませんから」
リョータ。
医療知識が豊富で、今まで色々な人を救って来た、いつも冷静な青年。
「ふむ……だそうだが?」
鬼面の少女は私を見詰める。
私は——
「——分かった。リベリオンのリーダー代理として、頼む。全ての責任は私が背負う。全力で貴女との約束を守ると誓う」
どんな要望にだって応えてみせる。
「ユーイチを助けてくれ」
皆が頭を下げたのが分かった。
「良いだろう。交渉成立だ」
少女はそう言うと瓶を渡して来た。
「それを彼の傷口にかけるなり飲ませるなりすると良い。そうすれば彼の命は救われるだろう」
私は即座に瓶の蓋を開け、ユーイチの傷に液体を浴びせかけた。
次の瞬間——
「っ!?」
「嘘……」
「これは……」
「凄い」
——ユーイチを光が包み込み、傷が瞬く間に再生した。
「……」
直ぐに冷静さを取り戻したリョータが独自の検診を行い、コクリと頷いた。
「特におかしな点は無い。少なくとも私が分かる範囲では、ユーイチ君は健常者となんら変わらない」
力が抜けた。
地面にドサリと膝をつく。
エミリーが泣きつき、リョータは『じきに目を覚ますだろう』と告げた。
そんな中、目を見開いていたリエが呆然と『エリクサー…………』と呟いたのがやけに耳に残った。
◇
「お取り込み中のところ悪いが……君達の仲間がまだピンチなんじゃ無いかな?」
「っ、そうだった……いや、しかし……」
そう、今正に仲間達が赤い竜と戦っているんだった。
だが、ユーイチを置いて行く事は出来ないし、銀髪の少女に何も話せていない。
「彼の事なら心配要らない。この結界石をあげるよ」
そう言うと、少女はいつのまにか手に持っていた半透明な石を地面に落とし、『起動』と呟いた。
次の瞬間——
——周囲を囲うように結界が出現した。
「この結界は内部にいる生物の危機意識と外部の生物の攻撃意識に反応し、下級竜のブレスくらいなら10回は弾く。起動するには『起動』結界を解除するには『解除』と唱えてくれれば良い」
——あり得ない。
魔法。それも並大抵の魔導師では使えない程の高位結界を、誰でも使えると言う事……?
そんな事が出来る物は一つしか知らない……。
「古代魔導遺物……」
物知りなリエはそう呟き、私達全員が無造作に放られた石を見下ろした。
「再使用には魔力を注入するか、長期の時間経過が必要だが、まぁ、この森程度の敵なら十分な出力だろうね」
そう言うと、少女は私達に背を向けた。
「助けに行くならなるべく早めに行った方が良い。それじゃあ、また近いうちに会おう」
森へ向かって歩き始めた少女に、私は咄嗟に声を掛けた。
「ま、待ってくれ!」
「ん?」
少女は半身だけ此方へ振り返る。
つい呼び止めてしまったが……どうしよう?
「……な、名前。そう、名前を聞いていなかった!」
「……私の名前はマシロ。スズノミヤマシロだ。マシロちゃんと呼んでくれて構わない」
今度こそ、マシロと名乗った少女は振り返らずに森の中へ消えて行った。
リエが小さな声で呟く。
「……今の人、間違いなく転生者だね」
「転生者なのか?」
「うん。名前的に間違いないと思う」
「そうですね。それも、私達より強力なチートスキルを持っていると考えられます……これほどのアーティファクトを簡単に渡せると言う事は……」
「……絶対に敵対しないようにしなきゃね」
2人はマシロと名乗った少女が敵になるのを恐れている様だが、今になっても私の感情面はマシロが敵じゃないと訴えている。
「今は兎に角仲間の救援に向かおう。エミリーはユーイチを見ていてくれ」
3人が頷き、私達は行動を開始した。




