第46話 光に包まれて
第五位階下位
頭の中が真っ白になった。
フラリとよろめき、壁に手をつく。
「……」
何をすれば良いのか分からなかった。
冷たい壁を支えに一歩、二歩と後退り、光から逃げる様に闇へと振り返る。
まるで夢を見ているかの様に、覚束ない足取りで闇の奥へと入って行く。
辺りは暗闇に包まれ、遥か遠くから刺す光は小さく頼りない。
遂に足からは歩く力が失われ、私は冷たい地面に座り込んでいた。
ふと、虚無に包まれていた心に何かが浮き上がって来た。
——それは怒りだった。
「っ! ……ふ、ふざけんなッ!!」
暗闇の中に私の声がこだまする。
地面に叩きつけられた杖は鈍い音を放ち、腕が痺れているのにも構わずその杖を何度も何度も地面に叩きつける。
「ふざけんなッ。ふざけんなッ! ふざけんなぁぁッ!!」
怒りのままに声を上げる。
溢れる雫が視界を歪ませ、傷一つ付かない杖が痺れた腕から離れ、目の前に転がる。
「馬鹿の癖にッ、この——」
『——裏切り者ッ!』
叫んだ声は闇の中へと消えて行く。
誰かの声と重なって聞こえたその叫び。ふと、昔誰かに同じ事を言われた様な気がした。
「ぅ、おぇぇ……ぇっ……」
込み上げて来た気持ち悪さに、空っぽの胃から込み上げて来た胃酸を吐き出す。
ボロボロと冷たい何かが頬を伝い、滴り落ちた。
分からなかった。
何に怒っているのか、何故気持ち悪いのか、どうして涙が止まらないのか。
「うっ、ぐすっ……ばかぁ……うぇ……」
そう、馬鹿だ。
あかは馬鹿なんだ。
——だから利用したの?
違う。私がいないと何も出来ない。私がいないと直ぐに死んじゃう馬鹿。
だから一緒にいてあげないといけない。
今度こそ守ってあげないといけない。
「ふざ……けん、な……よぉ……ぐすっ」
そうだ、あいつらはふざけた連中だ。
何時も上から目線のユキは実際に上に立てる凄い人だった。
何でも出来る、私なんか足元にも及ばない天才だ。
生意気なクラウは私よりずっと頭が良くて、気力の扱いが上手い。
私は2人の下位互換だった。
そんな私があんな化け物に勝てる筈がないのに、ユキは勝てると言う。
怖かった。
死ぬのが。
——本当にそれだけ?
……きっとそれ以上に私の失敗で皆が死ぬのが怖かったんだ。
だから最初からなかった事にして、逃げ出そうとした。
「うら……ぎり、ものぉ……」
裏切り者は私だった。
昔と同じ様に目の前にある力に怯え、本当の恐怖を忘れて逃げ出した。
もし次があるのなら、もう二度と友達を裏切らないと決めた筈だったのに。
どうして忘れていたんだろう。
私はまた、同じ事を繰り返した。
私はまた、ひとりぼっちになってしまった。
「ぁ、あぁ……!」
闇が這い寄る。
「誰かっ、あかぁっ!」
悲鳴が上がった。恐怖に体が震え、助けを求めて光を探す。
振り返った先には少し前まであった筈の光は無く、冷たい暗闇の中にいるのは私1人だけ。
怒りは己の不甲斐なさへ。
胸の痛みは罪悪感。
気持ち悪さは苛烈な自己嫌悪。
私は死ぬのが怖い。痛いのが怖い。力が怖い。
でも、私は思い出した。
死ぬよりも、痛いよりも怖い事を。
ただ1人、暗闇の中に取り残される。
私は暗闇が怖い。
死ぬのは簡単だ。
ユキに貰った凄い杖を拾った。
これを使って私の心臓を吹き飛ばせば良い。
だが、死んでどうする?
次があったんだから、その次もある。
私はまた忘れ、同じ事を繰り返し、何度も大切な者を自分の手で壊し、ひとりぼっちになるんだ。
それは絶望だった。
死んでも振り払う事の出来ない、永劫の暗闇。
——なら、断ち切らなきゃね。
無理だ。もう、手遅れなんだ。私にはもう、光が見えない。
——なら、諦めるの?
仕方ないじゃないのさ。全部忘れてたんだもの。……忘れちゃいけない事を……忘れてたんだ。
——彼女は君を待っているよ?
「え?」
あかが……生きてる?
——ふふ、さぁ立って。光はまだ、失われてはいない。
優しくて暖かい声だ。
その声に呼応する様に、私と杖が淡い銀の光を放ち始める。
——絶望に抗う力が欲しいなら、強く思い願うと良い。
何処かで聞いた事がある様な声。
重く沈んだ意識が少しずつ浮上し、冷えた体を暖かい何かが駆け巡って行く。
もしそんな力が手に入るなら、私は何だってする……!
——それで良い。信念を思い出した君のその強い願いは、必ず成就される事だろう。
銀の光が強くなる。
激しい光は辺りを包んでいた暗闇を容易く打ち払い、桁違いに膨大で暖かな力が私の中に注ぎ込まれて行く。
これ、は……進化する……?
——願いを忘れなければ、きっと君は大丈夫だ。″僕″は君を信じてる。
……あれ? この声もしかしてユ——
——意識が途切れた。




