第37話 ユキ、吸精する
第四位階上位
ここで突き放して心証を悪くするのも勿体無いので、好きにさせる事にした。
そもそも白鬼はかなりおかしな奴だ。
赤鬼と白鬼はおそらく元はゴブリン。或いは人により近いホブゴブリンだろう。
しかし、そこから鬼人に進化するのはほぼ有り得ない。
この迷宮においては、ゴブリンの中で最も強いのはゴブリンキングだ。
よってそれしか知らない多くのゴブリンにとっての力の象徴はゴブリンキングであり、進化の道は自ずとゴブリン系に絞られて来る。
そんな中で白鬼と赤鬼は鬼人系に進化した。
この事から考えられる事は3つ。
両者が鬼人を知っていたか、人を知っていた。或いは奇跡的偶然でそうなったか。
また、赤鬼の方は力を求める性質が顕著に現れ妖鬼へと進化した様だが、白鬼の方は魔法力を強く求め、霊鬼に進化した。
おそらく白鬼には魔法に対する強い願望かコンプレックスがあったのだと思われる。
白鬼は言動にも不可解な点が多い。
言葉には偶に変な訛りが入るし、そう長くはないであろうゴブリンに囲まれた生の中で幾つもコンプレックスを抱えているし。
そもそも彼女は頭が良すぎる。
最初の時点で既に逃げる算段をしていたし、赤鬼が理解出来ていないクラウの難しい言葉や言い回しを完全に理解している。
極め付けは真の大地と言う言葉だ。
白鬼は地上の存在を″確信している″。
それらが意味する事はつまり、白鬼は——
「はっ、あ、え?」
「ん?」
頰を朱に染め馬乗りになって僕の胸を揉みしだいていた白鬼が、唐突に正気に戻った。
反応が少し変なんだが……もしかしてサキュバスクイーンの種族特性が勝手に発動していたのかな?
そう考えると、僕の体温まで上がっている事や、僅かに魔力が回復しているのも理解出来る。
吸精スキルが発動しているのだろう。
「……え、え、えぇ?」
白鬼は自らの体の反応に酷く混乱した様に疑問の声を溢し、元々朱が差していた白い頰を更に真っ赤に染めて行く。
僕の無い胸に添えられたままの手は、徐々に強張っていった。
無駄な肉が無いから普通に痛いし、インナー越しとは言え鬼の鋭い爪を立てられてるからただただ痛い。
「痛い」
「あ、ご、ごめ——」
「——……ますたがしろいのに襲われてる。せいてきに」
「っ! ち、ちがっ……うし……」
白鬼は組み伏せた僕を見下ろし、尻すぼみとなった言葉をゴクリッと嚥下した。
サキュバスクイーンの特性はおそらく誘引、魅了、催淫。
発動条件は不明瞭だが、肌を見せる事、肌に触れさせる事、そして今の様に視線を合わせるのも不味そうだ。
もっと言えば、誘引と魅了に関しては姿を見せるだけで作用する可能性すらある。
問題点は1つ。
魔力耐性と適性が高い霊鬼が、こうも容易く魅了、誘引される事だ。
弱い人間なら肌を晒す事すら危ぶまれる。視線もなるべく合わせない方が良いだろう。
人と接触する前にそれが分かったのは僥倖だった。
その為に無辜の民である白鬼が百合に目覚めてしまったのだとしても、それは大事の前の小事。尊い犠牲である。
と言うかそもそも白鬼は元からその気があった様に思えるので、自覚しただけと言っても過言では無いだろう。
——つまり僕は悪くない。
白鬼はいっそ可哀想なくらいに元々白かった肌を赤く染め上げ、未だ僕の上から退かないまま、何かを言おうとしてはやめるのを繰り返して口をもにょもにょさせている。
さて——
「——ドール達が目標を発見した。続きは赤鬼とでもやって欲しいな」
「っ!? ち、ちがっ! 続きとかしないし!」
「勿論僕が良いと言うのならお相手をするのは吝かでは無いが、僕もそう言う経験はなくってね。幸いにして僕に唾をつけている人はそこら辺自由にさせてくれているけど、いざ情事となったらどうなるか分からないよ?」
「い、意味分かんないし! しないって言ってるじゃんかぁっ!!」
……いざ情事となったらどうなるか分からない? うむ。希望的観測に基づく見解だな。心の安寧の為にも忘れよう。
◇
テイムの小さな繋がりと人狐の察知能力により、何かを発見したドール達の大まかな位置を割り出し、その状況を確認した。
場所は迷宮最西端よりやや南。
どうやら、何か強い魔物が率いる群れと強い魔物が率いる群れが戦っているらしい。
それだけ聞くとただの縄張り争いだが、戦場は開けた森の空白地帯だ。
戦っている魔物は——
マザーホーネット LV65
ナイトホーネット LV20
ヴァンキッシュコング LV68
バトルモンキー LV18
——巨大蜂と——
「——さる!」
戦場を確認するや否や、クラウが飛び出して行った。




