第3話 熱い紅茶は冷める前に
第三位階中位
暗い闇の中から意識が浮上する。
即座に状況把握を開始した。
地面は柔らかい。おそらくベットか何かの上に乗せられている。
暖かな日差しが肌を差し、仄かな微風がそれを冷ます。
風は強い青草の香りを運び、その中には埃っぽい匂いが混じっている。
……屋内にいるっぽい?
比較的近い場所からギシリギシリと床板が鳴るような音がしている。
人がいるのだろうか?
ゆっくりと瞼を持ち上げると、見えて来たのは見知らぬ天井だった。
大きめの窓から差し込む陽の光は、僕が出現した事によって巻き上げられたらしい少量の埃を際立たせている。
此処は広めの部屋だった。
「フハハッ! 私だっ!!」
古い本棚にはいくつかの本が並べられ、その横にあるローチェストの上には雑多に並べられた擂鉢や試験管の様な物が置かれている。
部屋の入り口にあるコートハンガーには小さめのローブが掛けられており、その側にある大きな作業机には調薬や錬金術に使う道具が所狭しと並べられていた。
「フハハッ! わ た し だ !!」
窓際には薬草らしき草花が植えられた鉢が並び、その上には乾燥した薬草らしき物が吊るされている。
「わた——」
「——煩い」
「(´・ω・`)」
そんな調合室兼寝室な部屋には、何故か遊技神がいた。
藁の上に厚手の布を敷いたベットの横で、木製の椅子に腰掛け此方を見ている。
「……何の用?」
「いやなにっ、説明書、っの様な物を届けに来ただけである! 出来立てのっ、説明書をっ、なっ!!」
頭を無闇矢鱈と振り回し、長い琥珀色の髪が埃を巻き上げる。
遊技神が手を振ると、僕の目の前に一枚の羊皮紙が現れた。
作ってなかったのか。
「それではまた会おうっ! さらばだっ!!」
「っ!? ちょっ!?」
煩い声でそう喚くと、唐突に遊技神の魔力が急激に高まっていった。
これっ、爆発す——
——ぷしゅ〜〜!
「……」
急激に高まったエネルギー量は、間違い無く爆裂系の魔法を発動させていた。
だがしかし、実際に起きた現象は何物をも破壊する強烈な爆発ではなく、シルクハットの天辺に穴が空き、そこから空気らしき物が急速に抜けて行くと言う意味の分からない事実であった。
遊技神だったモノは、頭頂から抜ける空気らしきモノから推進力を得、部屋中を縦横無尽に飛び回りながら徐々に縮んで行き——
——パサッと小さな音を立て、僕の目の前に落下した。
「……解せぬ」
◇
取り敢えず遊技神だったモノを払い除けると、何故かハニワの様になった顔が此方を見つめて来たので、顔が見えない様丁寧に畳んでおいた。
後で燃やそう。
その後、インナーのみを着た状態の体を軽く調べてみたら、首や手の甲、足の一部などに鱗が生えている事に気付いた。
陽光を反射してメタリックな輝き放つ蒼の鱗はかなりの強度があり、水属性の魔力を宿している。
これが水竜人とやらの特徴なのだろう。
であれば、僕の種族は水竜人になったのかと言うと、それがそう言う訳でも無いらしい。
試しにと意識してみたら、黒い角や尻尾、翼が生えて来たり、狐の耳と三本の尻尾が生えて来たりした。
どうやら、僕の種族は4種類が混じったキメラの様な物になってしまっているらしい。
また、これを調べる過程でもう一つ、致命的な事実を知ってしまった。
この体——かなり弱い。
魔力量はおおよそ元の僕の百分の一程度、肉体強度はかなり脆く、魔力操作能力も低くなっている。
その上思考速度もかなり下がっており、精神力にまで制限が掛けられている様だ。
一体どう言う事なのか、遊技神が持ってきた説明書を確認する。
・ゲームを始めるには
1、『追憶結晶の鍵』を入手しよう。
※気紛れで配るよ。
2、『追憶結晶の鍵』を巨大結晶の鍵穴にさし込もう。『追憶結晶』が完成するよ。
※使ったキーは消費されるから良く吟味してから使ってね。
3、『追憶結晶』を起動しよう。ゲームが始まるよ。
※オトモダチを連れて行きたい時はパーティーを組んでおいてね。
・設定を終えよう
1、種族は自動で決まるよ。
※君の最初の種族は特別に私が決めておいたよ。感謝してね。
2、スキルを選択してね。
※後でいつでも選択出来るけど、スキルポイントは貴重だから良く考えて決めてね。
3、持ち込み枠を選んでね。
※一度設定すると変更出来ないよ。枠の数は中のクエストをクリアすると増えるかもね。
※登録したアイテムは別に無くなったりしないよ。
・メニューを確認しよう
1、メニューを開こう。
※レベルや名前、スキル、体力と魔力を確認出来るよ。
2、スキル取得ではスキルを取得出来るよ。
※種族によっては最初から取得されているスキルがあるよ。良く確認してね。
3、持ち込み枠では持ち込み枠のアイテムを取り出したり、持ち込み枠を設定する事が出来るよ。
※別に無くなったりはしないよ? しないんだよ?
4、持ち帰り枠ではゲーム外に持ち帰るアイテムを選択出来るよ。
※いつでも変更は可能だけど、一度ゲーム外で取り出すと変更は出来なくなるよ。
5、ストップではゲームを停止出来るよ。
※ゲーム時間は停止するよ。
6、離脱ではゲームをやめる事が出来るよ。
※ゲーム時間は停止するよ。
・ゲームの概要
1、レベル1からスタートするよ。
※君の銀の力はなるべく排除されているから、いつもの調子で行ったら簡単にゲームオーバーになるよ。
2、ゲームの一日はゲーム外での一秒にも満たない時間だよ。安心してゲームを続けてね。
3、このゲームはあくまでもゲームだよ。
・注意事項
1、いつも見てるよ。
※嘘
2、いつも君の後ろにいるよ。
※嘘
3、読み終わったら燃え上がります。
※本当
「っ!? …………むぅ」
急に高まり始めた魔力を感知し、咄嗟に紙を投げ捨てたが、燃えなかった。
そのまま魔力は霧散し、説明書はただの羊皮紙に戻った。
またか……。
そんな思いと共に紙を見下ろす。
「……ん?」
投げ捨てた紙は宙で一回転し、裏返っていたらしい。
裏面には小さな文字で説明の続きらしき物が書かれている。
・ぷーくすくす。燃えると思った? 残念っ! 爆発しますっ!!
——パァンッ!!
「きゃっ!?」
唐突に、何の魔力的予兆も無く、紙が破裂した。
辺りに飛び散ったのは紙吹雪の様な金色と銀色の紙片。
周囲に飛び散り地面に落下したそれらは、開いたままの窓から吹き込む微風でゆらゆらと揺れている。
その間、僕はピクリとも動かなかった。
破裂に驚いたからでは無い。
破裂に驚いて女の子の様な悲鳴を上げた自分にびっくりして動けなかったのだ。
停止する事たっぷり数秒後。
落ち着きを取り戻した僕が考えるに、おそらく、銀の力を取り除いた素の僕が、今悲鳴を上げた僕なのだろう。
僕と言う存在は銀の力が無ければこの程度の事で悲鳴を上げる様な精神力しか無いのだ。
それに、遊技神が僕の目の前で性別を変えて見せた様に、肉体の性別など神域では何の意味も為さない。
きっと僕の魂の性別は女なのだろう。
しかし、それを認めると、同時に金の神の花嫁である事をも認める事になりそうな予感がしなくも無い。
……いやまぁ別に嫌では無いが……そう言うのは僕にはまだ早い様な気がする訳であって、それはつまり——
——ガチャ
「ひゃっ!?」
思考の最中、唐突に扉が開いた。
予想どころか意識すらしていなかった事態に、僕は小さな悲鳴を上げ、体を強張らせる。
ゆっくりと開かれた扉の先から現れたのは——
「ど、ドール?」
——人形だった。
手には木製のお盆を持ち、その上には湯気を立てるティーカップとりんごの様な物が盛られた白いお皿が乗っている。
りんごは一口大にカットされており、その傍らには小さなフォークが置かれていた。
木製のドールは、ギシリギシリと音を立てながら僕に近付き、ベット横の小机にお盆を置く。
「……こ、これ……僕に……?」
ドキドキと煩い心臓に手を当てつつドールに声を掛けると、ドールは起伏の乏しい顔をコクリと動かした。
……って、考えてみれば当然だよね、ドールが紅茶を飲んだりりんごを食べたりする筈も無いし、他に人がいる訳でも無い。
「……ありがとう?」
些か疑問系気味なのは、このドールが敵か味方か分からないからだ。
りんごや紅茶に毒が入っている可能性はゼロでは無い。
そう警戒する僕に対し、ドールはいえいえと言わんばかりに手を振ると、ぺこりとお辞儀して部屋から立ち去った。
その後ろ姿は無防備で、此方を全く警戒していないのだと分かる。
良く見ると、木偶人形の様なドールはかなり古びており、所々に傷や染みがついている他、関節もかなり劣化している様だった。
「……」
僕の今の立ち位置、この家の事、ドールと僕の関係性。
何もかもが全く分からない。
何をすべきか分からない僕は、取り敢えず、湯気を上げるティーカップを手に取り、冷める前に飲む事にしたのだった。
「……熱ちゅ……!? ……舌が」




