第35話 白の騒乱 謎の美少女スノーちゃん
第五位階上位
良く晴れた穏やかな午後。
学長室には昼寝に最適な日差しが差し込み、何時もなら誘われるままに微睡みへ身を任せる所なのだけど……。
「ふぅ……」
ジョディの入れた紅茶を飲んで、一息つく。
ジョディ特性ブレンドは、相変わらず美味しい。
……さて。
「……それで、本日は当学園に何の御用でしょうか? 公爵閣下」
机を跨いで向かい側に座る客人に要件を聞きにうつる。
私の一種邪険とも取れる態度と物言いに対し、件の公爵閣下はニコニコと微笑んだまま。
「いやですわ、公爵閣下だなんて。何時もの様にエリーゼと呼んで下さいまし」
エリーゼ・ルステリア。
『ルステリアの赤い薔薇』『南の女王』『魔術姫』など、弱冠14歳にして様々な異名を持つ本当の天才だ。
王族にエスティア王女殿下が居なければ国が割れていたとも言われる神童。
件のエスティア王女殿下は『精霊の愛し子』『白騎士』『武術姫』『天童』『大賢者の愛弟子』などなど、数多くの異名を持つ。
エリーゼを天才と呼ぶならエスティア王女殿下は鬼才だ。
5つの折に、夜討ちを仕掛けて来た暗殺者を斬り伏せ、10になる頃には国一番の騎士を剣技のみで圧倒してみせた。
一応は学園に在籍しているが、大戦以来無期限休学中である。
「いえ、既に指輪の継承を終え、公爵とならせられた御身。礼を欠く訳には参りません」
「……それは、このエリーゼ・ルステリアの命令を何でも——」
「——ヤァ! エリーゼ・チャン。ヨクキタネー! ほらジョディ、お茶菓子を出してやって」
此処までが何時も通りのやり取り。
この子は、隙あらば私やティアちゃんを、あの手この手で可愛がろうとする。
この性格は生まれ付きの物で、物心着く頃には幼さを利用して私にへばり付いていた。
お陰様で私の正体がバレてしまった。
正直少し抜けている自覚がある私は兎も角として、上手くフォローしてくれていたジョディが驚いたくらいなのだから凄い観察眼だ。
その上、事の重要性を理解し、自らに契約魔法を掛けて言動を縛る事で信頼を勝ち取る聡明さ。
流石の私でも、10に満たない少女が何の迷いも無くナイフに指を這わせ、血の盟約を結ぶとは思いもしなかった。
その上契約の内容は、誓約を違えれば全身から血が吹き出して死ぬと言う恐ろしい内容。
衝撃のあまりジョディがカップを落っことし、私は即座にエリーゼの手に回復魔法を掛けた。
……傷痕が残らなくて良かったよ。まぁ、本人はその傷すら信頼を得る為の手段にするつもりだった様だがね。
件の書状は、八つに引き裂いて盟約を無効化してから迷宮倉庫に大事に保管してある。
◇
折角の機会なので、エリーゼ・チャンに王都で起きた事を聞く事にした。
その話の内容は……驚くべき事だったっ……!
事前情報として私が知っている事は、王都にマレビトが現れたと言う事だけ。
私が知っているマレビトは、ルベリオン帝国時代に現れ、古代エルフの王国、ドランクールとルベリオン帝国の戦争でルベリオン帝国側に着いた存在だ。
マレビトが現れなければ古代エルフの魔導機兵を止める事は出来なかったと言われている。
戦争の経緯については私も良く知らないが、終戦の理由は知っている。
唐突に、ベルツ大陸中央から闇色の魔物が溢れ出し、エルフも人間も獣人も問わず、大陸にいた遍く全ての生物へ牙を剥いた……らしいのだ。
時系列的には当時私は開拓奴隷としてアルバ大陸で死に掛けていたので、戦況は全く分からない。
ともあれ、マレビトと言うのは凄く強い存在であると認識している。
同時に、過去の記述なんかを集めたりと情報収集して調べた所、マレビトとは最初の内はとても弱い存在だと言う。
要するに、物凄く早く成長するらしいのだ。
私は人生の半分以上を迷宮内部で研究したりして過ごしたので、普通の生物の成長速度と言う物は良く分からない。
だが、第二位階の魔物が第三位階に進化するには十年以上の修練が必要になる事は分かる。
勿論例外は幾つもある。
コドクの術と言う方法を用いて複数種の魔物を殺し合わせると、高確率で進化する。
高額の魔物合成装置を使えば、新種の不可思議な魔物を作成する事が出来る。
他にも様々な方法があるが、今重要なのはそこではない。
「……大悪魔を一瞬で滅するスノーちゃん?」
「違いますわ、可愛らしいスノーちゃんでしてよ?」
「ははっ……何の冗談?」
「冗談ではありませんわ」
いや、そもそもスノーと言う人物については私も知っている。
あのエスティア王女殿下が、『私など彼女の足元にも及ばぬ』と自慢気に吹聴して回っているらしい。
どうにも情報が錯綜していて、名前はユキだったりスノーだったり、性別は女だったり男だったり、容姿にしても、狼の獣人だったり銀色の狼そのものだとか、兎に角訳が分からない。
私の推測だと、名前はスノー、性別は女、容姿は銀髪碧眼で中性的、種族は狼獣人で、希少な『獣化』使い。だと思っている。
その功績も少し伝わって来ている。
曰く、ゴブリンキング率いる軍勢を単独で殲滅した。
曰く、知恵持ちの吸血鬼を単独で撃滅した。
曰く、不死竜を一撃で粉砕した。
曰く、二人の大賢者を顎で使う。
曰く、彼の伝説に唄われる銀狼の姫である。
曰く、災害級の魔物を複数種従えている。
今日入った最新の情報だと、天使を召喚したとか、むしろ彼女が天使であるとか。
マレビトを研究している人達の間では、マレビトは最初の内は弱いと言うのが定説だ。
彼女は、マレビトが出るのと同時に現れる事で、自らの出自を隠そうとしているのではないか。と言うのがジョディの考えである。
因みに私は、件の美少女が私と同じダンジョンマスターだと考えている。
そのスノーとやらが、大悪魔を、一瞬で、消滅させた?
……エリーゼが事実だと言うのなら事実なのだろう。
大悪魔と言えば、数百の悪魔を率いる恐るべき存在の事だ。
そもそも悪魔と言う種族は、並みの人間が勝てる相手では無い。
悪魔にとって魔法を使うのは息をするのと同じ事。
下級悪魔ですら中級魔法を使う事が出来るのだ。
その上の悪魔になれば中級魔法を短縮詠唱で放てる様になる。
更に上の上級悪魔になれば上級魔法を。
更に更に上の大悪魔なら最上級魔法を使い熟す。
私が大悪魔と戦ったら、下級や中級の魔法を打ち合って時間を稼ぎ、先に特級魔法を完成させた方が勝ちと言う恐ろしい戦いになるだろう。
そう、大悪魔は私と同じ、第五位階なのだ。
第五位階と言っても上位と下位があるが、大悪魔はその差を覆す事が出来る魔法使いだ。
物理的な攻撃で殺すのは困難なのに、魔法で殺すのも難しい。
それが悪魔と言う種族なのである。
それを、一瞬で滅した?
そんな事が出来ると言うなら、きっとスノーとやらは私よりもずっと格上に違いない。
あまりにも驚きの事実であると言うのに、エリーゼの話はそれだけでは終わらなかった。
「大海魔!?」
「ですわ!」
大海魔。
紛う事なき伝説の魔獣。
生息域は広大な海の中なので、基本的に引きこもりの私は一度も出会った事が無い。
とは言え、その脅威は確かに記録されている。
人が海に出て以来、海魔は常に人々の壁となっている。
私もベルツ大陸からアルバ大陸に運搬されている途中、何時海魔が襲い掛かってくるかと怯えていたものだ。
実際に船には海魔の一種、魚人が強襲して来たし。
甲板に乗り込んで来た魚人と戦う為の盾として戦場に放り込まれた時は本当に死ぬかと思った。
ともあれ、そんな大海魔を爆発したり雷の雨を降らせたりしてボコボコにした後、膨大な閃光を放って抹消したと言う話だ。
王都側で観測された光と言うのはそれだろう。
単独で大海魔を退けるだなんて……スノーとやらは化け物なの?
噂話に尾鰭と背鰭。




