第29話 瞳神
第六位階上位
ふと気が付くと、世界が灰色に染まっていた。
と言うか、これは魔覚で見る世界だろう。
レーベやリオンは人型で色もあるが、他の子達は輪郭がぼやけた球状である。
そして、空には何もいない。
『……ふむ』
状況的に考えると、死神にやられた事に近いと言える。
詰まる所——
——問答無用でぶち殺された。
……だがまぁ、僕を一瞬で殺せるだけの力を持つ敵が、態々他の国民に配慮するとも思えない。
此処は、無理矢理意識を魂の領域にシフトさせられたと考えるべきだろう。
勿論それだけの事を出来る存在となると僕が知っている中では、死神と金の粒子さん、この世界のシステムを作り運営している神、の3人くらいだ。
この3者、どれも疑わしい。
死神はまたちょっかいを掛けて来たとしても僕は驚かないし、金の粒子さんは今の僕では情報不足でその行動を測れない。
システムの神は、直前にメッセージが聞こえたので、最も疑わしい。
しかし、死神がそうである様に、この世界の神とは全く別の世界の神ないしそれに準ずる存在が来る可能性は大いに——
《——その通りです》
『っ!?』
それは、唐突に現れた。
何の予兆も無く、最初から其処に居たのだと言わんばかりに。
咄嗟に身構えた僕に構わず、それは目礼をして見せた。
《初めまして、ミセスユキ。己が言の葉を紡ぐ事が出来ぬ卑小の身、どうかご容赦を》
あまりに遜った態度。
魂の領域で嘘はつけない物と思っていたが、そうではないらしい。
自らの魂を完全に隠蔽する事が出来るなら、嘘を付くのも容易い事だろう。
彼女の言葉には、明らかな嘘と過ちがある。
卑小の身と言う嘘と、ミセスと言う間違い。
取り敢えず信用出来ない。
《言の葉を紡げぬと言う事は事実でございます》
黄水晶の瞳が申し訳なさそうに細められ、今度は片膝をついて礼をして来た。
《知る事。教える事。隠す事。これ以外に才の無い卑小の身。私が直接語りかければ貴女様の御心は忽ちに瓦解し、深奥に眠る銀の意思に取って代わられる事でしょう》
さらりと揺れる黒髪。
瞑ったままの左目は、最初から今まで一度も開かれていない。
騎士の如く頭を垂れ、やや装飾された言葉を並べる彼女からは、その誠実さが伝わって来る。
まぁ、頑なになる様な事でも無い。
害意は無く、そして僕ではどうしようもない状況であるなら、相手の善意を信じ抜く事しか出来ないのだから。
《御身の深淵が如き智慧に感謝を》
『お為ごかしは結構。要件を聞こうか』
——嘘偽りの無い本心にございます。
僕の素気無い言葉に、笑顔のままそう言った黄水晶の女性。
無意味だとは思うが、改めて良く観察してみる。
見た目は、おおよそ20代半ば、出るとこは出て引っ込むところは引っ込んでいる、おかしな所は無い至って普通の体型だ。
容姿は僕程では無いがかなり良い。
黒く長い髪は、穏やかな物腰と相まって、大和撫子の様である。
しかし、服装は端的に言って魔女っ子。
黒い髪より尚黒い、漆黒のとんがり帽子とマントコート。
その下は、何処と無く制服の様な、言うなれば正装だろうか? 襟が正しく、違和感の無いシャツっぽい物とスカート、コルセット。
そして胸元には、三日月に腰掛ける魔女っ子の紋章が描かれたペンダントが下げられていた。
《御察しの通りでございます》
彼女は、コロコロと鈴を転がす様な、嬉しげ且つ楽しげな声で微笑んだ。
……そう言えば、僕は彼女の名前を知らない。
《私は眠りと夜を司る銀陰の女神、ーーーーー様の眷属神、ーーーーーと申します》
黄水晶の女性が話す自己紹介。
如何してかは不明だが、名前の所だけノイズが掛かった様に聞き取れない。
『名前が聞こえなかったんだけど?』
《失礼を承知で申し上げます。貴女様は神々の御名を知るにはまだ幼な過ぎる》
…………。
『……じゃあ、何で言ったのかな?』
《失礼を承知で申し上げます。貴女様に身の程を弁えて頂く為でございます》
『……』
悪びれる様子も無く、微笑みながら言い放つ黄水晶の女。
……如何してくれようか。
《失礼を承知で申し上げます。貴女様は殻を破り、産まれたばかりの赤子。その事をゆめゆめお忘れ無き様》
『……む?』
《私の事はどうぞ、瞳神とでも呼んでください》
何やら大事な事を言っていた様な気がする。
しかし、瞳神は僕の疑問に構わず、捲し立てる様に言葉を並べた。
《貴女様が世に産まれ出た事へ祝福を。貴女様が金と銀に相応しき御心を持つ事へ心より感謝を捧げます》
ふと、意識が鈍り始めたのを感じた。
やはり、魔覚を使っている時は精神力の消耗が早いな。
《私は現界の第5試練:観察者の試練》
むむ!?
《ミセスユキ。次会う時、私が貴女様の御同輩に課せられる『誕生の試練』となれる事、謹んでお喜び申し上げます》
静止の声を掛ける暇もなく。
《それではまた——》
僕の意識は、最初と同じ様に——
《——遥か東の地でお待ちしております》
——ブツリと途切れるのであった。




