AS 双剣使いタクの闘い 【Episode.1】 β島の闘い 八
第三位階中位
何処までも続く様な海と空。
太陽に照らされる浜辺には其処彼処に大きな蟹が歩いており、その周辺では時折光の粒子が弾けて消える。
とても空想的で幻想的で——猟奇的な空間が、其処にはあった。
「……あぁ、もう昼か……昼飯食ってから狩りをしよう」
阿鼻叫喚を見下ろしつつ、メニューを開く。
これだけリアルで且つ痛みもある、そりゃ怖いよな。
「クローズゲート」
◇
ログアウトしリビングに降りると、料理はあったがユキはいなかった。
『親愛なる我が友人、タクへ』から始まる書き置きを見ると、どうやら神社に向かったらしい。
今年の奉納について色々とチェックしたり準備したりと、毎年夏前には忙しくしている。
…………思えば、ユキの成長が停滞し始めたのはユキが鈴御霊役をやり始めてから。
……なんて、穿ち過ぎか。鈴守家はリナさん以外皆小さいしな。
昼食をさっさと食べて、諸々の事……はユキが全部やってくれた様なので自分の事だけ済ませた。
さて、ログインするかね。
自室へ戻ると、蟹について調べてからヘッドギアを被りベットへ寝転んだ。
かなりリアルな世界らしいし、弱点もそれに即していると踏んでの事だ。
関節に刃を入れれば良い様だが……まぁ、硬さ次第だな。
「オープンゲート」
意識がブツリと途切れた。
◇
海に戻ってくると、幸いな事にグロい絵面の事案は終わっていた。
浜辺に残る少々多い血が何とも言えない彩りを与えているが。
早速蟹に挑んでみよう。
蟹の種類は大きく分けて五種類ある。
この蟹は背甲が四角に近く横長、方頭群と言われる種類に近似している。
大きさは膝丈以上、主な移動方法は横歩き、縦にも歩ける様だがその動きは遅い。
横歩きのスピードは、人の足では逃げ切れない程には速い様だ。一度相対したら勝つか負けるかの二択だろう。
鋏は一見すると鋭く見えないが、先の事件から見て足くらいなら簡単に切断出来る事が分かっている。
攻撃方法は主に鋏を使う、切ったり刺したり殴ったりと割と自由に行使している様だ。
先ず第一に狙うべきは足、機動力を奪う事だろう。
次点で武器、両方の鋏を切り落とせばそれだけで勝ったも同然だ。
最後は重要臓器、硬い甲殻で守られているから簡単には傷付けられないが、心臓がある位置は背甲の真ん中付近。其処に衝撃を与えれば或いはダメージとなるかもしれない。
取り敢えずやってみるとしよう。
一番近くにいる蟹へゆっくりと近付く。
剣を抜き、背後へ回り込んで強襲する。この蟹の感覚機能がどうなっているのかは知らないが、地面は砂地なので取り敢えず足音はしない。
剣の攻撃範囲に入ると、足の関節目掛けて全力で振り下ろした。
「せっ、っ!?」
真っ直ぐに振り下ろされた剣は、蟹の足先を僅かに切り落とし、砂地に突き刺さった。
避けられたのだ。
……そういえば、蟹の視野はかなり広いんだったな。それでも背後からの攻撃を勘付かれるのは想定外だが。
そのまま蟹は急速旋回し、此方へと向かって来た。
鋏を振り上げて高速で迫る様は、その大きさや鋏の威力を考えると中々に恐ろしいが、幾ら強力な鋏でも鉄を断ち切れる訳では無いだろう。
つまり……高速で横移動出来る鈍の二刀流と言う訳だ。
生身で受けるのはやばいが、此方も二本で相対すれば良い。
迫り来る蟹の鋏を狼牙剣で受けた。
蟹はその剣を掴んだまま、すり抜け様にもう片方の鋏で攻撃を仕掛けて来たので、それをナイフで受け止める。
両方の鋏を止められては流石に身動き出来ないらしく、睨み合いの様な形に収まった。
手を離せば得物を持ってかれるので、脆い部位を探すべく蟹のその複雑な頭胸部に視線を向けると、蟹の口から泡が漏れ出した。
この状況で酸欠と言う訳でも無いだろう、どう考えても攻撃の予備動作だ。
「らっ!」
咄嗟に蟹の口を蹴り、その勢いで得物を引き抜いて離脱した、次の瞬間——大量の泡が辺り一帯に噴射された。
「ちっ、くそっ!!」
シャボン玉くらいの大きさのそれを、射程から離脱しつつ両手をフルに使って迎撃する。
破裂した飛沫が皮膚に掛かる度にチリチリとした痛みが走り、HPが僅かずつ減少していく。
まともに受けていたらそれだけで5〜6割は削られていたかもしれない。
「北も南も酸攻撃かよ……本当に厄介だな」
ミミズの方は酸液で、直撃したら酷いダメージになるだろう、まぁ避ければ良い。液体は避け辛い物だが避ける事が出来ればノーダメージだ。
対する蟹の泡は、一つ一つは大したダメージにならないが範囲が広く、泡が破裂すれば飛沫が飛び散る。クラスター爆弾の様な性質の悪さだ。
泡の中を突き進み接近してきた蟹の鋏を弾き、ナイフで攻撃を試みるも、蟹の体は何処もかしこも硬い甲殻に覆われている為ダメージが通らない。
これがユキだったらナイフを投擲して目玉を切り落としたり全身使って素手でへし折ったりするんだろうが、俺に出来る事と言えば剣で戦う事だけ。
お互いの得物を交えつつ、時折蹴りを当てたり泡を吹かれたりと一進一退の攻防を続ける。
何処へ攻撃すれば良いのかは分かるが、鋏によるガードが厚い。
勿論、捨て身になれば確実にダメージは与えられるが、そうした場合リーチの都合で上半身が下がる。首や頭を狙われればそれまでだ。
金属製のヘルムがあれば頭で受けてやるんだが……やはり防具も探すべきか。
そんな事を考えつつ、何度目か衝突。狼牙剣を鋏へ向けて振り下ろす。
「せっ! ぇえぃ!!?」
……変な声が漏れた。
剣と鋏がぶつかり合った次の瞬間——鋏が砕けた。
バキッと音を立てて、鋏が割れたのだ。
甲殻の表面を滑った狼牙剣は、蟹の根元にある足の関節、その隙間に突き刺さり、足を二本切り落とした。
もう片方の鋏による一撃は袖を切り裂くにとどまり、足を落とされパワーが落ちた蟹を押さえつける事に成功した。
——殺るなら今しかないっ!
ナイフを掲げ、傷が浅い方の鋏へと振り下ろす。
「っ!!」
呼吸を合わせて振り下ろされたナイフは、動き回る蟹の鋏の関節に突き刺さり——切り落とした。
そのまま流れる様にナイフを繰り、泡攻撃の準備に入った蟹の目玉を切断する。
即座に狼牙剣とナイフを手放して蟹の背甲へと手を添えると、其処を起点に体を宙へ投げ出す。
蟹の放った泡攻撃は革靴の先端を掠め、無人の砂浜に広がり周辺を青く染めた。どうやら血が混じっているらしい。
そのまま最後の追撃をすべく、背甲を強く握る。
やる事は和澄の剣、迅斬術の応用。全身の筋肉を瞬時に動かし、瞬間的な超加速を加える技だ。
ユキなら指から始まり各関節の筋肉まで使うのだろうが、残念ながら俺にはその才能は無い。
今回使うのは前腕、上腕、背筋、腹筋、大腿、の主な筋肉で、衝突部位は膝。
簡潔に纏めると、重力加速と体重と筋力を乗せた膝蹴りだ。
そして、剣でも傷付かない甲殻にそんな事をすれば、確実に足が壊れる。強い衝撃が蟹の臓器に浸透するだろうが、それで死んでくれなかったら……なんだ……困る。
と言う訳で、全霊を込めた一撃、くらえっ!
「っ!!!」
——ドンッッッ!!!
生身で出たとは思えない様な鈍い炸裂音。
同時に、ゲームを始めた中で今まで一番の痛みが走り抜けた。
威力を余す事なく伝える為に甲殻を強く掴んでいた指は、あまりの衝撃に折れてしまったらしい。
体の彼方此方に何かしらの障害が発生している事だろう。
対する蟹は、関節の隙間や口、目があった場所から青い血が飛び散り、俺が砂浜に投げ出されたのと同時に地面に倒れ伏せた。
硬い背甲には膝の形にへこみが出来ている。
その後、蟹はしばらくビクビクと痙攣し、そして——
《レベルが上がりました》
——力尽きた。
「……勝った…………と言えるのかね?」
生存競争では間違いなく勝った。
だがしかし、此方の受けたダメージがでか過ぎる。
左手は辛うじて動くが、打ち付けた方の膝は物凄い事になっている。
皿が割れるどころか、ぐちゃりと変形して骨が皮膚を突き破っている。血もピューピューでてきて、今すぐにも死んでしまいそうだ。
体の方も、脆い骨が幾つか逝ってしまったらしい。声を出すのも辛い。
「やべっ!?」
ステータスをみると、HPバーが一割を切り、かなりのスピードで減少している。
慌てて下級ポーションを取り出すと、咽せて戻しそうになりながらも吞み下す。苦い。
HPバーはぐんと回復し、傷も気持ち悪い速度で修復されて行く。そのグロキモい様は、中々にリアルで且つ不自然だった。
傷は下級ポーション一つだけでは治らず、二本目で完治、しかしHPバーは全快になっていなかった。
どうやら状態異常になっていたらしく、ポーションはその回復に当てられた様だ。
状態異常の名前は、部位欠損《脚》、出血《中》、骨折。
常時HPが削られたり、HP総量が減少する類の状態異常だった。
まぁ、生き残ったので間違いなく勝利だ。




