第22話 海魔の乱 五 光の輪舞
第五位階下位
魔鋼で出来た円盤。レイーニャはその上に描かれた緻密な魔法陣の中心に立ち、目を瞑って詠唱をしている。
魔法陣の上には所々に雷精結晶が置かれており、量は雷精結晶柱の一割程。
レイーニャの話では、各結晶は綺麗にカットし対応する魔法文字を刻めば、より素材としての価値が上がるとの話だが、今はそう言った小細工をしている時間が無い。
見た目はあまり良く無いが、素材としての高い性能に頼る他無い。
「——疾く、雷よ、名も無き無垢なる雷精よ——」
レイーニャの詠唱に伴い魔法陣が淡く発光していく。
仄かな光は次第に強まり、雷精結晶から雷の力が溢れ出す。
視線を大海魔に向けると、スライム君達の奮闘たるや凄まじく、未だに大海魔は触腕を振り回していた。
これならまだまだ持つだろう。
そして、レイーニャの詠唱が終わった時が大海魔の最後の時である。
「——我が詠唱に応え集まり、我が詠唱と供に唄い、歌え——」
レイーニャは詠唱をする時、普通に喋っている様に聞こえる。
それはレイーニャが、詠唱に言霊を乗せているからだろう。
レイーニャの詠唱には魔力とレイーニャの心が込められている。
だからこそ、音に込められた声が聞こえるのだ。
ふと、空を見上げた。
雨足は依然強いままであるが、何故か雷の音が聞こえなくなっていた。
周辺の魔力の気配を探ってみると、レイーニャの周りに雷属性の魔力が纏わり付いている。
これが言わば意思持たぬ精霊、最下級精霊なのだろう。
雷が降らないのは、レイーニャがその詠唱で周辺一帯から雷精霊を掻き集めているからか。
これは少々危険そうである。
「——疾く! 雷精よっ! 偉大なる統治者の尖兵よっ!——」
レイーニャの声に力が込められ、魔法陣の上に放電しているかの様に雷が漏れ始めた。
その詠唱には、単純な魔力による魔法だけでなく、雷精を使った精霊魔法を加え、その上に聖属性を乗せる神聖魔法を加えていた。
「——我が魔力に応え顕現しっ! その威光を知らしめよっ!!——」
レイーニャは目をカッと開き、手に持つ杖を遠い空へと振り上げた。
「——今こそ、災禍の調べを奏でる時!! 降り注げ!! 『大雷雨』!!!」
掲げられた杖の先端から一条の雷光が迸り、遥か遠い雲の中へと消えて行った。
静寂、そして——
——轟音。
一瞬の静寂の後、唐突に、世界は白に染められた。
轟く雷鳴は耳を劈き、容赦無く鼓膜を打ち据え続ける。
白に染まる視界の中、各種スキルのおかげで辛うじて見えた物は、何時迄も降り注ぎ続ける、雨の如き雷の嵐。
白に呑まれた大海魔がどうなっているのかは分からない、ただ、目視した感想として、これで生きていたら正真正銘の化け物だ。
暫く後、雷雨は唐突に収まり、チカチカとする視界も元に戻っていた。
間違い無く壊れていた聴覚も、降り頻る雨の音を捉え始め、嗅覚は辺りに立ち込めるツンとする金属臭を感じ取っていた。
戦場を見下ろすと、そこにあったのは災害の跡。
所々地面がめくれ上がり、酷いオゾン臭が立ち込めていて目眩がする。
大海魔に視線を向けると、炭化していたり溶けた様になっていたり、表面に火が付いていたり触手が断裂していたりと酷い有様だった。
しかし——
——生きている。
少しずつ体を再生して行っている。
……だがまぁ、もはや心配はしていない。
先の一撃を生き残る為に魔力の殆どを消費した様だ。
今も再生こそ続けているが、直に魔力も無くなり日を置かずして生き絶えるだろう。
大海魔は既に虫の息、後は何もせずとも勝てる。
——そう……勝ったのだ。
「レイーニャ…………?」
レイーニャに感謝の声を掛けようと振り返り、僕の視界に入って来た物は、
魔力を失ってひび割れた円盤、
僅かに残った雷精結晶の欠片、
そして——
——レイーニャの形をした黒焦げの何か。
「レイー……ニャ……?」
僕の零した声は、如何してか……震えていた。
◇
壊れた円盤を、小粒の雷精結晶を、其処だけは無事だったレイーニャが持っていた木製の杖を、インベントリにしまい、後始末を終えた。
屋根のある休憩所からでて、小雨になりつつある雨を浴び、空を仰ぎ見る。
雨足が弱まっているのは大海魔の命が風前の灯火だからだろうか?
「……クゥーン」
僕は、手に持つ魔典を抱き締め、擦り寄って来たウルルの濡れそぼった首元に顔を埋める。
僕は割とドライな性格をしている。
スライム君達を犠牲にするのは特に厭う事も無かった。
レイーニャは死の間際、苦しかっただろうか? 痛かっただろうか?
分からない。
ただ、こうなるであろう事をレイーニャは知っていたのだろう。
死の恐怖は確かに存在した筈だ。
僕は涙を流す様な玉ではない。
兵士やプレイヤー達は気を失っていおり、雨の音だけが辺りに響いている。
ウルルは、心配してくれているのだろう、ペロペロと僕の事を舐めた。
魔典とウルルを強く抱き締め。
「……おやすみ、レイーニャ」
雨水が頰を伝って胸元に滴り落ちる。
魔力の使い過ぎか少し疲れたかもしれない。
夜も遅いし、暫く休憩しよう。
◇
ふと、声が聞こえた。
倒れた兵士やプレイヤーが復活したのかと思って周りを見渡すと、外壁の上ではレベルが高いプレイヤーが起き始めていた。
最北端にいる白鎧、ティアも身動ぎしたので、ハイレベルの連中は治癒力が高いのだろう。
ティアの復活が遅かった理由は単純に、魂に神の加護が無かったからだ。
生身でこの治癒力と言うのも大概おかしいが。まぁ、ティアはなんだかんだで存在が色々おかしいので問題は無い。
声がするのは外壁の上からでは無い。
壁の外側、門の辺りからだ。
僅かに回復した魔力を使い、耳を生やして確認すると、門の前に50人以上のプレイヤーらしき連中がいた。
昨日の負との戦いと今日の大海魔との戦いのせいか精神的な疲労が溜まっていて、プレイヤー達の数は良く分からないが、150人よりは少ないと思う。
どうやら、死に戻りしたプレイヤーが前線に戻って来たらしい。
今は復活の代償で体が思う様に動かない筈なのに、大した物だ。
連中の目的は、連中の声を聞けば分かった。
どうやら、貢献度を稼ぐ為にトドメを刺しに出張って来たらしい。
確かにトドメと言うのは大切だ。命をしっかりと奪うのは貢献度としては多少高くつくだろう。
それが致命傷を負った瀕死の生き物のトドメだけを奪う、ハイエナの様な行いであったとしても。
まぁ、今更貢献度なんてどうでも良い。
頑張っていない連中が頑張った連中と同じくらい賞賛されると思うと業腹だが、トドメを刺す事が出来なかったのだからそれを奪われても仕方がない。
致し方あるまい。
プレイヤー達は剣を抜き、瀕死の巨大イカの足へ斬り付ける。
炭化した体を割って中身に槍を突き立てる。
燃え盛る皮膚に小火弾の魔法を打ち込む。
はっきり言って、どれも有効打では無い。
これでは、殺し切るのにどれ程掛かるのか分かった物では無い。
「はぁ……」
ため息を吐いて、稚拙と言わざるを得ない攻撃を見下ろす。
デスペナルティーもあるだろうが、斬り付ければ剣に振られ、槍を突き込む姿は腰が引けている。
これが、ゲーム開始11日目夜の武芸を嗜まない一般人の実力である。
これは全面的な教育が必要だな。
そう思い、小雨ながらも未だ厚く垂れ込める雲を見上げようとして、気付いた。
大海魔の体が。
その巨大な触腕が。
——僅かに持ち上がっている事に。
「あっ……」
声を掛けても届かない。
対処しようにも力がない。
密かに動き出した大海魔の最後の抵抗は、固まっていた100人程のプレイヤーを纏めて圧殺した。
プレイヤー達は光の粒子となり、パラパラと空中に溶け消えて行く。
しかし、その全てが消えるのを見届ける前に新たな光が視界を遮った。
その光は——
——大海魔の全身から発生していた。
「嘘……」
魔物が光る。
その原因で、僕が知っているのは二つ。
一つは配下の子が死んだ時。
プレイヤーと同じ様に光の粒子となって溶け消える。
二つ目は——
——魔物が進化する時
莫大な光の奔流が、周囲一帯を包み込んだ。




