第20話 海魔の乱 三 蒼の乱舞
第五位階下位
致命傷を回復させている大海魔を見ながら、衝撃波から立ち直った配下の皆に攻撃を再開する様に指示を出した。
視界は降り頻る豪雨と水蒸気で酷い物だが、発される魔力の気配を探ればどうと言う事も無い。
…………しかし、本当に凄かったな……。
あの矢は、『大爆発』の魔法の威力に加えて、純度が異常に高い火精結晶を使用してその威力を倍増させた物。
だが、威力を見た所、最大規模として想定していた物の1.2倍程の威力が出ていた。
大海魔の防性魔力に妨害を受ける可能性も考えていたが、そこは想定通り、重要器官に魔力を集めるのはどの生物も得意では無いのだ。
各種妨害や不具合が無い場合の想定最大規模のおよそ1.2倍。
考えられるのは三つ、弓の力。使い手の力。何処からか火の精霊さん達がやって来た。だ。
弓の力は勿論『清浄なる弓』の能力。記述の話が事実なら、威力を上げる能力が付与されていても不思議では無い。
使い手の力は、リナのスキルが何かしらの影響を与えたと考えられる。
例えば、弓術のスキル効果。その他のスキルなら、リナが火属性の魔法スキルを取得している……とか?
最後の精霊さん達は……この雨の中だ、火精結晶の中はさぞ避難場所として優秀だった事だろう。
……被害者?
リナがいる方に視線を向けると、外壁からの攻撃が止まっている事に気付いた。
僕も仄かに吃驚したくらいなので、タク達も仰天して固まっているのかも知れない。
……もしかしたら今の一撃で勝ったと思ってるのかも?
取り敢えず指示を出さねばなるまい。
『ハイ、ユキだけど。皆聞こえてる?』
『……あ、あぁユキか……終わったのか?』
『お、おにぇちゃん……凄い爆発だったね……』
『いやー……間近でこんなすげぇのを見られるとは……』
『…………は!? ユ、ユキさん!?』
『む、ユキ……どうもまだ終わりでは無さそうだな』
フレンドチャットに出た皆へ、攻撃を再開する様に伝えた。
配下の皆にした指示は一つ、足を切断する事。
大海魔が回復を一点に集中させている今、足を切り取り大怪我を負わせる絶好の機会。
この好機を逃しては、態々外壁の下に降りて来た意味が無いと言う物だ。
メイド服のスカートの中から会場でも装備していた大量のナイフを取り出し、念力や念動で操って大海魔の足を一周する様に突き刺した。
配下の子達が攻撃しているのはもう一方の後ろ足なので、心置き無く爆破出来る。
エクスプロージョンと比べれば些細な爆発のそれを見届けて、ボロボロになった大海魔の足に血刃を這わせ、切断。
取れた足は、回復でくっつけられてしまう前にインベントリに回収した。
ゲソ確保である。
配下の子達の方も、巨大イカの足を滅多刺しにして切断した。
巨大ゲソの二本目を回収し、離脱する。
離脱の理由は単純。
——僕の魔力切れだ。
準備に魔石を消費し過ぎた……と言うか、本の修復に魔石を消費し過ぎたと言うのが真実である。
正確にはまだ僅かに魔水晶が残っているが、これは温存。
何も出来ない僕なんて、ただの可愛い幼女でしか無いのだから。
◇
かなりギリギリの所まで退避し、場所は外壁の東南東。
僕等の攻撃がギリギリで届く場所だ。
さて、どう動くのやら。
再生する大海魔、攻撃する人間達、事の成り行きを見守っていると、遂に大海魔は完全再生した。
無くなった二本の足も再生していたので、消耗した魔力の量はかなりの物となっただろう。
大海魔は、完全再生した青白い胴体に鮮やかな蒼の紋様を浮かび上がらせた。
イカの攻撃色の様な物かとも思ったが、どうやら違うらしい。
「不味い……か?」
それは一種の魔法紋。
強力な水魔法を行使する為に自らの体を媒体とした、所謂必殺技だ。
生物の意思により構成される魔法なのでどんな魔法を使ってくるのかは分からないが、間違い無い事と言えばその魔法が儀式魔法を超えてくる事。
大海魔の水属性に相性の良い肉体、膨大な水属性に近い魔力、そして大海魔の得意な水属性魔法。
非常に不味い事態と言えよう。
「白雪」
「う、うん」
現時点でそれに対応出来るのは、水属性相手に相性の良い氷属性。その更に上位の氷結属性魔力を操れる白雪だけ。
白雪に氷雪の宝珠を手渡し、僕より身長が少し高くなった体を後ろから抱き締めた。
魔力譲渡でなけなしの魔力を注入する。
「く……ぅん…………!」
「白雪、出来るね?」
「う、ぅん……あたし、やるわ!」
「良い子だ、後で御褒美をあげよう」
撫で撫でがお好きな様なので、満足するまで撫でてあげよう。
大海魔が使うのは間違い無く水の魔法。
威力は『大爆発』よりもずっと上だろう。
腐竜王のブレスの威力、それによる地底湖の結晶の消費量、『大爆発』の威力、大海魔の魔力量、この四つから考察して……結界が破られる可能性は高い。
魔法が結界に当たって威力が減衰した所を氷漬けにする。
「白雪、集中して」
「ま、任せて」
大海魔の膨大な魔力が集約し、一つの魔法を形成しようとしている横で、白雪の魔力もまた静かに研ぎ澄まされていく。
どうやら緊張しているらしい白雪の心を落ち着かせる為、より強く密着して心臓の鼓動を聞かせる。
しかし、どうした事か白雪の魔力が僅かに乱れ、体も強張った様に固まってしまった。
……白雪は精霊だから、母親の胎内で心臓の鼓動を聞いていた事が無いのか。
だとしたらこれは無意味に密着しただけである。離れよう。
「ぁ……」
「む?」
「な、なんでも無いわ!」
「そう」
白雪のよく分からない宣言を聞き流し、魔力の流れに集中する。
大海魔の魔力は、一点に集約されて深海の様に濃く深い青色になっていた。
そろそろくるかも知れない。
対する白雪は、仄かに青味がかった白い魔力が錬成され、『大爆発』で温まった周囲へ冷気を発している。
その白い魔力は、白雪が手に持つ氷雪の宝珠に纏わり付き、水色だった宝珠が見る見る内に白色へと変わって行った。
まぁ、万が一壊れてもあれを止められれば十分だ。
白雪の準備が整った所で、大海魔が動き出した。
降り注ぐ攻撃の嵐を物ともせず、魔法の構築を終えた巨大イカ。
空中に現れたのは、巨大イカの半分程はある巨大な水の塊。
その塊は渦を巻き、徐々に小さくなっていく。
魔力が霧散している訳では無い。
ただ小さく、より鋭く、まるでそれは矢の如く。
少々の時間を掛けて集約されたその魔法。
大きさは大海魔の目よりもやや小さい、されど込められた魔力は蒼い光を放つ程。
表面に激流を纏う一本の巨大な矢は、その猛威を振るうべく——
——放たれた
まるで先の再現の様に、一条の蒼い光は暴風を撒き散らしながら王都を守る大結界に接触した。
嵐纏う一本の矢と結界は激しい魔力の光を放ち、一方は守る為に、一方は貫く為に、膨大な魔力をぶつけ合った。
そして——
——ビシッ!!
ガラスに亀裂が入る様な音が辺りに響き渡る。
その音は、外壁に立つ者達にとっては絶望の、大海魔にとっては福音の、結界がひび割れる音。
絶望の音は幾度と無く鳴り響き、その亀裂を増やして行った。
それと同時に、嵐纏う激流の矢は少しずつその魔力を減らしている。
……しかし……どう見ても、結界が破られるのは明らかだ。
結界と矢の拮抗は数瞬続き、遂に結界が——
「——今っ!」
「——はっ、あぁぁァアアァァッッ!!!」
結界が破られようとしたその瞬間。
白雪の伸ばされた手の先、宙に浮かぶ氷雪の宝珠から白い光線が放たれた。
その光は瞬きの瞬間に空を駆け抜け、今正に均衡が破られようとしていた結界と水の矢を貫き、厚く立ち込める雲にまで到達した。
一時の静寂が訪れ、降り頻る雨の音と何処か遠い所で聞こえる雷の音だけが辺りを包み込んだ。
しかし、それは長く続かず。
最初に聞こえたのは、結界が完全に砕け散る音。
次に聞こえたのは、膨大な魔力を内包したまま凍り付いた巨大な矢が、先端を外壁に擦りながら落下する音。
——結界が破られた。
大海魔に破られたと言うよりは、白雪による、結晶大王蟹の光線に匹敵するか超える程の必殺技によってトドメを刺された感じだが……。
とにかく、最後の砦は外壁のみ。
そして、これ以降は死者が出る。
次の切り札を切らねばなるまい。




