第19話 海魔の乱 二 憤激の紅
※100万PV達成
第五位階下位
巨体は脅威だ。
巨大である、と言う事はそれだけで脅威足り得る。
例えば強靭な皮膚と筋肉。
例えば重要器官を傷付けない為の肉の壁。その壁を即座に回復させてしまう治癒力。
それが持つ重量だけでも十分な脅威となり得る。
弱点は何か?
明確な弱点は一つ、エネルギー効率の悪さだ。
しかし、事ここに至ってその弱点を突く事は出来ない。
巨大な魔物の弱点は何か?
外部に露出している部位、即ち目玉。
視覚を潰せば必要十分なダメージとなる事だろう。
しかし——それを潰したからと言って死ぬ訳では無い。
視界を塞ぐのは有効であるが、目玉を無くしたからと言って死ぬ程生物は柔では無い。
また、イカの急所は頭部の神経節である事は間違い無いが刺したくらいなら直ぐに回復してしまうだろうし、とても現実的では無い。
結局の所この巨大イカを殺るには、その膨大な魔力を削り切るしか無いのだ
一番有効なのは、切り傷や刺し傷では無く肉体そのものを切り取る事。
少しずつでも抉り続ければやがて魔力も尽きるだろうが……一番良い方法は再生する前に足を切り落とす事だ。
「ぬんっ!」
「はぁぁっ!!」
「なんのっ!」
巨大ゴーレム達がイカの足を取り押さえた。
地上であり、尚且つゴーレム達が疲れないからこそ出来る荒技だ。
もし水中であったなら容易く引き摺られていた事だろう。
僕が手始めにやる事は、全力でイカの胴体を殴る事。
騎士像さんの鎧を踏み台に飛び上がり——
「——せぁっ!! っ!?」
大量の魔力を使用し、打属性を込めた渾身の一撃を叩き込んだ。
僕自身は、大海魔の弾力のある皮膚に弾き飛ばされてしまったが、浸透した打属性の魔力は確実に内臓へダメージを与えた事だろう。
クルリと回転してから草原に着地すると、唐突に轟音と地揺れが起きた。
見ると、体勢を崩した巨大イカが振り上げていた触腕を地面に添えた所であった。
雨や地響きを貫いて、外壁から微かに悲鳴の様な音が聞こえたので、皆にフレンドチャットで攻撃を続ける様に指示を出す。
『ハイ、ユキだけど。大丈夫かな?』
『ユキか、こっちは問題ない』
『全く……何をしたらこんな事に……まぁ良いか』
『こっちも問題無いよ! ユキさん!』
『此方も問題無し! おにぇちゃんも頑張ってね!』
『うむ、多少驚いたが特に外壁が崩れると言う事も無いな』
『それじゃあ攻撃の手を緩めない様にね』
『了解!』
軽く指示を出し終え、次の攻撃に移る。
十分注意は引けた筈だ、暫くは軽く小突いて行く程度で良いだろう。
◇
嫌がらせに等しい攻撃を続ける事暫く、戦いの推移は概ね順調と言えた。
僕は武器を鎚鋏から竜王の爪に持ち替え、両腕に装着したそれで大海魔の表面を削ぎ落としている。
傷口に竜属性が付与されるらしく、治りが遅いので地味ながらも成果は出ている。
巨大イカの注意はほぼ完全に此方へ向いており、今は当たれば即死の触腕が空舞う白雪を狙って振り回されている。
ミルちゃんとサンディアは空高くまで飛び、えんぺらに噛み付くなり剣で切るなりしている様なのだが、遠すぎて詳しくは分からない。
ウルルやネロの様に足が速い子達は、縦横無尽にイカの足の上を走り回り攻撃して魔力を削っている。
他の子達も足止めをするゴーレム達を援護し、踏まれれば一溜まりも無い重量物へ攻撃を繰り返し活躍していた。
想定は一応していたが、この巨大イカは魔法を使う。
水の槍が時折、思い出した様に飛来してくるのだ。
自己を傷付けない為であろう威力は低く、直撃しても大したダメージにはならなさそうだが、小回りの効く攻撃と言うのは厄介だ。
特に、空中機動の出来ない子達は触手を回避した直後に飛来する水槍の対処で気が抜けない戦闘が続いている。
一方外壁側はと言うと、雨霰と降り注ぐ巨大な石や魔法、矢。
大海魔からの攻撃が無いので着実にその命を削っているが、やはり士気は落ち始めているらしい。
残弾は6〜7割程、ここらで切り札の一つを切るとしようか。
『リナ、聞こえるかな?』
今最も最適なのはリナの切り札だろう。
返事は直ぐに返ってきた。
『うん……聞こえる……やるの?』
『頼んだよ?』
『分かった……任せて……!』
どうやら少し緊張していた様だが、今は気合十分と言った様子。
配下の子達には後ろまで戻ってくる様に命じた。
何方の目を狙うかは指示していないが、リナの配置は北側なので右目を射抜く事だろう。
◇
配下の全員が後方に退避し、僕の所に集まった所でそれは起きた。
厚い雲に覆われ、細やかな月光すら失われた空を、一条の紅が駆け抜ける。
大海魔の眼球へ目掛け、暗闇を一直線に走り抜けたそれは、見事に目の中心を捉え深く深くへと突き刺さった。
次の瞬間——
——世界が紅に包まれた。
一拍遅れてやってきた衝撃波は天地がひっくり返る様な錯覚を覚えさせ、それに備えて一塊になっていた僕らへ容赦無く襲い掛かった。
クリカとキングスノーマンが盾になってくれなかったら全員揃って宙を舞っていたかもしれない。
各種耐性系スキルや再生系スキルのおかげか直ぐに衝撃から立ち直った僕は、即座に現状把握を行う。
視界を遮るのは雨ではなく水蒸気、熱波に焼かれた周囲一帯が雨水や海水を蒸発させているのだ。
外壁へ視線を向けると、今の衝撃を受けて王都の結界が作動したらしく半透明の壁が街を覆っていた。
内部から攻撃する分には問題の無い高性能な結界なので、今の内に発動してくれて良かったと思っておこう。
肝心の大海魔はと言うと……——
——惨劇。
……と言う言葉が相応しいだろう。
右の目玉を狙って放たれた火精結晶の矢は、深くに突き刺さった次の瞬間に『大爆発』の魔法を発動、その力を存分に振るった。
被害は目玉に収まらず、頭部の半分を消し飛ばし幾らかを炭化させ、更に幾許かへ大火傷を負わせた。
巨大な胴体も二割近くが消し飛んでいる。
——普通なら死んでいる。
外壁の上から『やったか……?』と言う声が聞こえて来そうな程である。
——だが死んでいない。
はっきりと目視出来る青っぽいオーラ。
可視化出来る程に膨大な量の魔力が、大海魔の傷口へと集まり、見る見る内にその致命傷を癒して行く。
その様は腐竜王の頭部が吹き飛んだ時のそれに似ているが、不要な器の見てくれだけを直すあれとは違い今後も活動出来る様にしっかりと治す為、必要な魔力量も段違いである。
その上、失われた肉の量も多い。
膨大な魔力をごっそりと削れたので、僕としては万々歳と言えよう。
しかし、外壁の上で戦う皆からしてみたら……絶望の一言だろう。
見た所、同じ事は出来て後1〜2回。大海魔がどれ程の化け物なのか良く分かると同時に、比較として結晶大王蟹の実力も良く分かると言う物だ。
うん、精霊と極端に相性が悪いと言う話は聞いていたが……精霊さん達が居なかったら王都が消し飛んでいたかも知れない。
ともあれ、今は大海魔だ。
奴の動き次第で、次に切るカードが変わる。




