第5話 病気
第五位階下位
目の前には、一般的にネグリジェと呼ばれるスケスケで布面積が少ない黒っぽい服が、マネキンの様な物に着せられていた。
その横では、ティアが得意顔で胸を張っている。
ふむ、全く意味が分からない。
分かる事は一つだけ。
ティアの頭がおかしくなっていると言う厳然たる事実のみだ。
「ふふん、どうだ? ユキに似合うと思ってな!」
うん、似合うと思う。
そもそも僕は何を着ても大体似合う。
この透け透け黒ネグリジェに銀の髪は、良く映え、その美しさを際立たせる事だろう。
着ろと言うなら是非も無し。
一度作られてしまった以上服にも職人にも悪いので、一度も着ないと言う訳には行くまい。
ただし——
——これがパーティー用で無ければね。
「つまりティアは、公衆の面前で僕にこれを着ろ。と、そう言いたいのかな?」
「…………」
目 を 逸 ら す な。
「……ユ、ユキがっ!」
「僕が?」
「ユキが魅力的なのが悪いと思う!」
むむ! そう言われると弱い。
容姿も武器と語る以上、そう言った事も責任の内。有名税の様な物なのだ。
「むぅ……」
「だからこれを着ないと駄目だぞ? ユキが悪いのだからな!」
こう言う言われ方をすると困ってしまう。
だからと言って公衆の面前でこれを着るつもりは無い。
誰にでも肌を許す程、僕の信頼は軽く無い。
「仕方ない、か。でもパーティーでは着ないからね?」
「う、うむ。それはまぁ……」
「着るのはティアの前でだけ。だからね?」
「っ!!!??」
こればっかりは流石に譲れない。
どうせ寝る時に着る物だ、寝る場所は図書館のこの客間か、王城のティアの屋敷のティアの部屋かだ。
見るのは精々ティアかレイーニャかメイドさ——
「ユキっ!!」
「にゅむ!?」
考え事をしていると、唐突にティアに抱き締められた。
柔らかな胸元に顔を埋められ、やけに激しく脈打つ鼓動と熱くなった体温を感じる。
「ユキ、ユキ! あぁ……!! 私は、私は……! もうどうにかなってしまいそうだ!!」
「ふも、ふもふ」
「あぁ! ユキ!! 可愛い、はぁ、はぁ……!! ……もう我慢ならん! た、食べてしまおう……!!」
「ふゃ!!!??」
あ、頭を舐められてる……!?
……ティアが壊れた……アヤになってしまった…………。
◇
暴走ティアが元に戻るには、相当な時間が掛かった。
どうやらティアは、アヤと同じ病気に掛かってしまったらしい。
「はふぅ……いや済まない取り乱した」
「…………その様だね」
……取り乱したどころでは無い感じだったけどね。
どうやら、メイド服に掛けられている『清浄化』の能力は他の装備よりも幾分強力な物の様だ。
思えばメイド服以外で激しい運動をした事は無いので気付かなかったが、汗はかくのだ。
ただ、かく度かく度浄化されているだけで。
取り敢えず、透け透けの服をインベントリにしまって、パーティーで着る服を考える。
今手元にある物で使えそうなのは『雪精姫の精霊装』だけだが……まぁ、それで良いか。
「それで、今日僕は何をすれば良いのかな?」
「うむ、ユキは私と共にいればそれで良い」
どうやら、会場の設置や料理なんかは王城の使用人達で全て行い、挨拶なんかもティアがやる事は無いらしい。
パーティーは夜、ティアがやる事は事前に王へ顔を出すだけなのだとか。
……本当に後ろにくっ付いていくだけらしい。
今日の予定は、午前中に王へ挨拶。それ以降は暇な時間が続き、夜にパーティーへ出席。
うむ、本でも読んでよう。
◇
王へ挨拶をするべく王城へ向かった。
城内は、謁見の間へ続く道こそ華美な装飾で彩られていたものの、それ以外の場所には殆ど何も無かった。
正確には、何かがあった形跡はある。
壺が置いてあったらしき場所や、絵が飾ってあったらしき壁はあるものの、肝心の物が無い。
宝物庫か何かに仕舞ったのか、或いは売っぱらったのか。
どちらにせよ、国の象徴たる王が住む城に似つかわしく無い、静かで物悲しい……まるで遺跡の様な雰囲気だ。
人類が衰退し行く未来が透けて見える様で……。
ティアの横顔は、僕と同じ事を思ってか少々厳しい顔付きになっている。
しばらくのち、ティアが足を止めた。
場所は然程豪華ではない扉の前。
「それじゃあユキ、入るぞ」
「うむ、良きに計らえ」
「……君のそういう可愛いのは後にしてくれ無いかな?」
「うん……」
うん、その嬉しそうにニヤニヤしている緩んだ顔が収まってから入ろうか。




