幕間 和澄千里は剣を捧げる
第三位階下位
和澄家は剣術の道場をやっていた。
そのお陰で、私はーー
ーー運命の人に出逢えたの。
◇
「ふんっ! 何よっ!! ちょっと上手いからって! ……師匠も師匠だわ! 私の方が長くやってるのに!!」
「千里ちゃん今日も荒れてるね〜……そんなに上手いの? その宮代君って人」
その日、私の心は荒れに荒れ、一番仲の良い友達の祐美ちゃんに愚痴を零していた。
祐美ちゃんは、真っ平らで可愛げの無い私と違い、とっても可愛いくて優しい、お姫様みたいな人。
だから私なんかの愚痴を聞いてくれる、ついついそれに甘えて愚痴を零してしまうのは何時もの事。
「ちょっとよ? ちょっと……私の方がずっと強いわよ」
一月程前の事だった。その男が道場に通い始めたのは。
その男が来るまでは常に私が一番で、同年代では私に勝てる相手はいなかったし、年上にだって勝ってたのに。
その男が来て最初の試合以降、師匠、お祖父ちゃんはずっとその男に構ってる。
私は他の子達と同じ扱いよ。
ほんと、ちょっと強いからってーー
「ふーん、でも千里ちゃんは宮代君と試合して無いんだよね? 何で千里ちゃんの方が強いってわかるの?」
「……え?」
その言葉に、私は何だか祐美ちゃんに裏切られた様な気がして、ついつい口を突いて暴言を吐いてしまった。
「っ! 祐美ちゃん何て嫌いっ!!」
「え?」
◇
思えば本当に子供だった。
その時剣術しか無かった私は、祐美のその質問、ただの疑問でしか無いそれに、まるで私の全てを否定された様な気がしていたんだと思う。
気付いた時には帰り道を1人で歩いていたわ。
◇
「ぐすっ……」
帰り道を落ち込みながらとぼとぼと歩く。
泣いている理由は良く分からないけど、とっても哀しくて悔しくて、自分があんな事を言ったのが信じられなかった。
優しい祐美ちゃんを傷付けてしまったかもしれない、そう思うと哀しくて哀しくて、そして怒りが込み上げて来た。
あの男、宮代拓哉が居なければこんな事にならなかったのに。
「……絶対に……」
絶対に倒す。
私が勝てばお祖父ちゃんも前みたいに教えてくれる。
……勝ったら祐美ちゃんに謝ろう。祐美ちゃんは優しいからきっと許してくれる筈。
◇
家へ帰って来た。
宮代拓哉は何時も早く道場へ来るので、今日も既に道場にいる筈だ。
私は直ぐに道着に着替え、道場へと向かった。
「ふっ! ふっ!」
居た。宮代拓哉は1人で素振りをしている。
道場に入り一礼すると、直ぐに宮代拓哉の方へ近付きーー
「ん? 和澄千里か、今日もよろーーっ!」
斬りかかった。
和澄の剣術を習うなら、奇襲にもいつだって対応出来なければならない。
絶対に倒す。
◇
……恥ずかしくて顔から火が出そう。
私は子供の頃、童話に出て来る様な可愛らしいお姫様に憧れていた。
だけどその憧れは直ぐに騎士へと変わったの。
自分はお姫様みたいに可愛いく無い、っていうネガティヴな理由もあったのだけど、何より騎士の誇り、守るべき者の為に戦うそれに憧れた。
元々そう言う気質だったのよ。
そしてそれは、今も変わっていない。
◇
「はぁ、はぁ……」
負けた。
最近ようやくちょっとは出来る様になった迅斬術と幻剣を使っても、同じ技を返されて負けた。
全てを出し切って負けた。
もっと言うと、全てを出し切るまで待たれて、体力が尽きて負けた。
悔しい、悔しくて悔しくて、でも納得した。
強かったんだ、お祖父ちゃんが、師匠が夢中になって教えるくらいに……。
「……どうして攻撃して来なかったのよ?」
「はぁ、はぁ……そりゃ、女の子は殴れねぇだろ」
「……え?」
その言葉に、如何してか、胸が高鳴った。
その日、私は道場に顔を出さなかった。
良く分からない感情を持て余し、人生で初めて修行をサボって自室で不貞寝していた。
◇
それから二ヶ月程の時が経ち、夏休みに入った。
あの後、祐美にはちゃんと謝って許して貰い、今までより更に仲良くなった。
宮代拓哉と私は良いライバルで、良く手合わせする様になった。
そうなると会話をする事も多くなり、それが嬉しくて楽しかった。だけど……
「ーーで、そしたらユキがなーー」
また、ユキ。
宮代拓哉が楽しそうに話す内容には、何時もユキと言う名前の人が出て来る。
ユキと言う名前の人の事を話す時の宮代拓哉はとても嬉しげで、それが何でか凄く悔しくて何時も何時も、斬りかかってしまうのだ。
「っと、またかっ!」
「和澄の剣術を習う者はーー」
「ーーわぁってるよ!」
剣を交えている間だけは、宮代拓哉と私は二人きりなのだから。
◇
「はぁ、はぁ」
「はぁ、はぁ、やるな」
上手く立ち回れた。
長くやり合っている事もあり、宮代拓哉の動き方を覚えて来たのが理由だ。
ふと、あっ、次はこう動くな。と言う事が分かった気がして、それに対処しようとしたら上手く行ったのだった。
「ふふ」
宮代拓哉の、やるな。と言う一言が嬉しくて、少しは近付けた気がして、ついつい零れたその笑顔は、次の一言で凍り付いた。
「ーーまるでユキみたいな動きだったぜ?」
「え?」
意味がわからなかった。
私と戦ってる筈の宮代拓哉から、その名前が出たのが。
ユキはこう言う動き方で、だからこう対処出来た。
嬉しそうにそう語る宮代拓哉は、私の顔をみた瞬間、ギョッとした表情を浮かべた。
何故かわからなかった。
ただ、視界が歪んだ気がして目元を拭うと、
ーー湿っていた。
泣いてるんだ。
そう気付いた瞬間、何もかも放り出して、道場から、家から走り出した。
とにかく1人になりたかった。
ズキズキと痛む胸が苦しくて、家から少し遠い所にある、あまり人が来ない公園の誰からも見えない木陰に座り込むと、声を押し殺して泣いた。
「う……うぇ……ぐす……」
理由は全然わからない、ただただ涙が溢れて止まらず。
哀しくて哀しくて、嗚咽を漏らし、何時迄も泣き続けた。
夏の暑い日の光は、木陰に座り込んだ私には当たらず、それがどうにも有り難かった。
◇
「大丈夫?」
「ふぇ?」
可愛らしい声が聞こえた。
大丈夫な訳が無い。
何でか胸が痛くて苦しくて、涙が止まらないのだから。
顔を上げたが、視界が歪んでいる上に、相手の顔は逆光になっていて見えない。
辛うじてスカートらしき物が見えたので、声を掛けて来たのは女の子だろう。
「ぐす……ぁーー」
「よしよし」
その女の子は、自分が汚れるのも構わず、涙と鼻水で大変な事になっている私の顔を頭ごと抱き締めた。
甘い匂い、優しい暖かさ、撫でる手付き。
お世辞にも膨よかとは言えないその胸元に顔を埋め、暖かさに触れているうちに、無理矢理止めようとし、事実止まり掛けだった涙の防波堤が決壊した。
その小さな体に縋り付いて、何年かぶりに大声を上げて泣いた。
私は1人になりたかったんじゃ無かった。
私の事を知っている人から逃げ出したかったんだと理解した。
だからこそ、私の事を知らないこの子、その優しさに触れて涙が溢れた。
名前も知らないその子は、泣き噦る私を優しく撫で続け、私は延々と暗い気持ちを吐き出し続けた。




