第44話 始めよう
第八位階下位
向かった次のエリアは、やや暴力的な気配が漂うエリア。
その一方で、今まで通路は無骨な白い壁だけだったのに、あちこちに可愛らしい装飾が成されていた。
些か矛盾する様なその空間を進み、到着したその部屋は、大量のぬいぐるみとピンク色に制圧されていた。
そんなぬいぐるみに支配された部屋の広いベッドの上で、寝転がりながら本を読んでいる少女が一人。
ガウルリア LV789MAX
ふりふりの衣装を着込んで室内なのに大きな帽子を被り、長い金髪を2本のおさげにした碧眼の天使。
身長は僕と同じくらいで、一見してコレと言う特徴は無いが……実はこの天使、天界では三指に入る実力者だ。
それと言うのも彼女、ガウルリアは……熾天竜なのだ。
大きな帽子で隠しているのは、側頭部に生える双角。
彼女の体内には竜核があり、それと光輪によって莫大な演算力を行使可能なのだ。
熾天使よりも一段上の種である。
ただ、天然物故か、僕がメイキングした熾天竜と比べて天使味が強い、と言うかまぁ竜玉がやや弱めなので、正確には熾天竜人と言ったところか。
龍人の熾天使となると十分に強い筈なので、それなりに期待はできる。
じっとガウルリアを観察していると、扉をバーンと開けて入って来たのがルーイリア。
「おーい、ガウ、頼まれてた奴、これで良いんだよね」
「ガウじゃねぇっつってんだろ!」
「あーハイハイ、ウルね」
瞬時に居直ったガウルリアに、ルーイリアはやれやれと肩を竦めて、持っていたお盆を差し出した。
その上に乗っているのは、おしゃれな翼の意匠のバレッタや幾らかの髪留めに、幾らかのぬいぐるみ。
起き上がりそれを覗き込んだガウルリアは、鋭い眼光をきゅるんと丸くした。
「ふわぁ〜! きゃわいいぃー!」
ぎゅっとぬいぐるみを抱き締める見た目相当の姿と、先程の眼光鋭い姿が同一人物に見えないが、そういえば以前似たような奴がいたなとヒナを思い出し頷く。
僕がうんうんしていると、スルッとルーイリアがガウルリアの腕に抱き付いた。
「それじゃあさ、ね? 良いよね? ガウ」
「……ガウじゃねぇって……好きにしなよ、ルー」
「ふふふ」
何やら怪しい雰囲気を漂わせ、ルーイリアはガウルリアの腕に指を這わせる。
そして——徐に懐から注射器を取り出した。
「じゃあ血と羽、頂いちゃうね!」
「ちょっとだけだかんね!」
うーん……僕も貰って良いかな?
◇
取りすぎだバカッ! とルーイリアがバシバシぶっ叩かれるのを他所に、僕はガウルリアのエリアを後にした。
ちょっと……ハゲちゃったかもしれないが、熾天使なんだし、数分もすれば綺麗に生え揃う筈だ。
ちゃんと外からは見え辛いところを取ったので、何も問題は無い。
そんなこんなで、次、最後のエリアに突入した。
感じられる気配は、光と聖が基本だが……ほんのり高質の闇。
まぁ、火属性とか竜とか金因とかアルビノとか堕天して光と闇もいるので、元属性が闇の天使がいてもおかしく無い。
ただ……天界の天使達が異形化するのは、信仰のフィルターが永い時を掛けて汚染された結果の筈。
だと言うのに、天界の中枢にして最も古き天使達である筈の彼女等が、通常と逸脱した特性を持っているのは……明確に不自然だ。
成長の過程で因子を獲得した可能性もあるが、根元に交わる程ともなれば、相当の長期に渡ってその様な環境に晒された筈。
弱い時にそうなれば根元にも交わろう物だが、そうならない為に、天界は閉じられているのだ。
天界とは、神域に至る程の天使を生み出す為の、大いなる揺籠なのだから。
そんな事を考えつつ、このエリアの主の私室に入る。
その部屋は、やたらと綺麗に整えられていた。
一応残存因子から帰って来ている事は分かるが、あまり長くは滞在しないらしい。
端から端まで綺麗に整えられたその部屋と日記の筆跡から、このエリアの主が几帳面ないいんちょ族であると分かる。
まぁ、ガウルリアは猫被りだし、ルーイリアは研究バカっぽいし、アレフリアは脳筋だし、ローネリアはいないし、イデアリアはまとめ役と言う気質では無さそうなので、成るべくしていいんちょ族になったのだろう。
軽く見て回り、特に隠し玉が無い事を確認すると、僕はそこを後にした。
さて次が、六枚の翼の根元、天界最後のエリア。
熾天使達の日記に曰く、偉大なる主が眠る場所。
——神域の調査である。
◇
きっと素晴らしい伏兵があるに違いない。
そんな期待と共に入った天界の最深部には、静謐で、神聖な気が満ち溢れていた。
神域の手前に相応しい魔力濃度の高さ。
壁や結界の強度はレベル800を優に越える物で、気配を隠す必要がある現状、外部から中の様子を窺い知る事はできない。
いよいよ素晴らしい伏兵があるに違いない。
円形に閉じられたそのエリアの出入り口へと歩みを進めると、そこには、巨大な門へ祈りを捧げる熾天使がいた。
アメシリア LV793MAX
長い黒髪。闇属性の天使だ。
身長はアレフリアと比べると低いが普通に高く、キリッとした……もとい苦労性っぽい顔の美女だ。
メガネを掛けているが度は入っていない。知覚系統の補助効果が付いた魔道具が、極めて長い時間熾天使に類する者の影響下にあった事で神器化している。
視界に入るとバレる可能性があるので、不可知の強度を高めておいた。
きっちりと白い鎧を着込み、目を瞑ってじっと祈り続けるアメシリアを観察したが、特に隠し玉は無い。
そこはかとなく残念な気持ちを端に追いやり、本命の神域を調べる。
「ふむふむ」
強固な門や壁、床、刻まれた術式とエネルギーの流動から、一見して多くの事が分かった。
どうやらこの神域は、外部からのエネルギーの流入はあれど、内部からの流出は極限まで少なくなるように作られている。
流入はあれど流出はほぼ無いという事は即ち、内部の濃度が極めて高いという事だ。
その為か、流入するエネルギーも超高質でなければ入る事は無く……最低でも真気。基本は神気が流れ込むようになっている。
この場合、流入する力とは、聖神への信仰だ。
張られた壁は極めて強靭であり、門も鉄壁と言うに相応しい。
そんな門の緻密に編まれた術式を読み解くに……どうやら超高質の光や聖属性の力を持つ者にしか、門を開ける事はできないようになっているらしい。
その想定レベルは……900以上。即ち——準亜神級。
この制限に、その術式、構造。
これを作り、中に入った人物は、星辰炉という物の構造を、極めて正確に理解していたようだ。
これぞまさしく、僕の待ち望んだ完璧な伏兵。
気が漏れ辛いようになっている為、近付くまで気配を察する事もできない。
……惜しむらくは、中に入った人物が、1,000年程度経った今も、出て来ていない事。
つまり、この伏兵はレベル900に満たない。可能性が高い。
まぁしかし、現神である事は間違いなく、神気を行使可能であると推測されるので、脅威度は高い。
一度僕が見てから判断したいところだが……開けるとそれはそれで天界が大騒ぎになりそうなので、開けるのは最後の最後で良いだろう。
どうせガッチリ閉じられた空間だ。日記による事前調査もあるし、ぶっつけ本番でも大きな問題は無いだろう。
事が済むまで僕がここに居座り続ければ何の問題も無い。
と言う訳で、僕は地上で待機する皆に、指令を送った。
さぁ、天界攻めを、始めよう。




