第21話 火のない所に煙は立たず
第八位階下位
砕け散る鍵盤。
校舎内に響くピアノの断末魔。
哀れ黒塗りの木片は藻屑となって四散した。
……一応読み取るにこのピアノが持っていた七不思議は、無人の音楽室で鳴るピアノと言うありがちな物。
何でも、1度目は音楽室付近でのみ発生するが、それ以降は校舎内にいると放送等の手段で曲を聴かせて来て、4度聴き終わると死ぬと言う話だ。
対処法は、先ず音楽室に近付かない。もし聞いてしまったら、音源の電源を切るか破壊する。或いは影響領域である校舎内から脱出する。
電源を切るか破壊する事で怪異を回避出来ると言うのは中々に良心的な話だが、最終的には校舎内を吹き抜ける風の音で聴かせて来るので、脱出がマストである。
また、ピアノがその噂を受け止められる器を持っていた理由は、ピアノが相応の相性が良い曰く付きだったから。
曰く、元は音楽家の持ち物だったが音楽家が病死。遺族が学校に寄付したとの事。
音楽家は才能があったが体が弱く、両親を恨み、健康な者を妬み、無念を抱いて亡くなった様である。
その性質から、音楽で勝負を挑み納得させたら浄霊出来るっぽいがぶっ壊す方が楽。
さて、ピアノを鳴らした白羅が次に向かったのは、そこから程近い同階の美術室。
そこにあったりんごの絵をイーゼルごと消し飛ばした。
——次の瞬間、白羅の後頭部に呪いが移り、後頭部から首に掛けてと髪の一部が黒く染まった。
取り敢えず此方も読み取りを行なう。
見た目はバスケットに盛られた赤いりんごで、一つだけ外に置かれているりんごが黒っぽい色をしている。
これはある美術部員の遺作であり、その美術部員はこの美術室から転落死したそうだ。
りんごの絵は美術部員が発見される前夜に描かれた物との事である。
噂によると、黒いりんごは元々真っ赤だったが徐々に黒く染まったのだとか。
そんな噂に尾鰭背鰭が着いて、転落死した美術部員は実は殺害されており、殺された時の血痕がキャンバスに付き、それを誤魔化す為に犯人がりんごを一つ追加したとされている。
実際にどうなのかと言うと……まぁその通りで、美術部員はりんごの絵を描いている所を背後から殴られて昏倒、窓から捨てられて死亡。
犯人は画布に付いた血を誤魔化す為に上から絵を描いた。
りんごが徐々に黒く染まったのは、血が乾く前に油絵の具を塗った事による剥離が原因。
それらの噂と歴史により生まれた七不思議が、美術室の赤いりんごである。
黒いりんごが見てわかる速度で赤く染まり、真っ赤に染まり切る時、それを目視していた人間の後頭部が割れて死ぬと言う呪い。
処分しようとした人も同じ様に死ぬとされていて、中々隙の無い七不思議である。
回避方法は、見ない事。
また、殺された証拠を提示する事が出来れば浄霊が出来そうである。
具体的且つ現実的な方法で言うと、血が一時的に新鮮に戻るのでブラックライトを当てる事で光らせて此処で犯行があった事を宣言するとか。
……後はヘルメットかぶって絵を叩き壊す。
まぁ、もう無い物の話はここまでにして、次。
白羅は絵を塵にすると、少し遠い二階の図書室に飛び込み、そこにあった全ての本を裁断した。
白羅シュレッダーによる暴虐は全ての本を燃えるゴミに変え、次の瞬間——図書室に無数の骨片が散らばる。
少しだけ嘗ていたであろう被害者に黙祷した所で、読み取りだ。
これは、赤い栞と言う七不思議である。
曰く、夜の図書室で本を探すと赤い栞が挟まれている事があり、その栞を好きな本に挟む事でその本の世界に行く事が出来る。と言うメルヘンな七不思議だ。
出る方法に言及が無いのがミソであり、結果は屍が語っている。
実際には赤い栞は無く、代わりに白い栞がある。
その白い栞こそが、退色により色褪せた赤い栞なのである。
この呪具は、中々に古い年代から存在したそこそこの器を持つ付喪神に近しい物の様だった。
最後の持ち主である司書教諭が失踪し、開きっぱなしの本にそれが置かれていた事で、司書教諭が本の世界に行ってしまったのだと噂され、その様な力を得てしまった訳である。
どうやら司書教諭の失踪に事件性は無く、家庭の事情による夜逃げらしいが、残された栞は哀れである。
このまま後50年くらい使われて夢属性とでも接続出来れば、栞を挟んだ本を枕の下に置けば本の世界の夢を見れるみたいな魔道具になれるポテンシャルはあったのに。
怖れと噂により歪んだ信仰を得た栞は、本の世界と言うにはあまりに狭く暗い、ズレた位相の袋小路に埋没させる呪具へと変わってしまった。
回避方法としては、最初の消える靴と同じで、偏在して消失する発見困難な性質を持つ為、基本的には探さなければ見つからない。
よって探さない事で回避出来るし、万一見付けてしまっても本に挟まなければセーフだ。
本から出る方法は、本の表紙を破る事。
ページを破ると中身毎破れてしまうので、表紙である事が必須である。
中からの脱出方法は……基本的には無い。
表紙が壁の役割を担っている為、中で何をしても脱出する事は出来ない。
だが、表紙にまで話が繋がっていたら脱出出来るだろう。
そんな白い栞の赤い栞を微塵にして、最後に白羅が向かった場所は、同階の渡り廊下。
渡り廊下と言うには些か短いその通路に存在する怪異は、渡り廊下の合わせ鏡と言う物。
何でも、その渡り廊下で合わせ鏡をすると、鏡の世界に引き込まれると言う話である。
しかし、その通路には鏡が置かれていなかった。
白羅が聖雷を纏い、何も無い通路へ踏み込む。
次の瞬間——異変を感知した白羅は刃を振るった。
「っ……!」
迸る斬撃は左右にある窓ガラスを打ちつけ——弾かれる。
そうと思った刹那、窓ガラスは鏡に変わっていた。
ミラー効果によるガラスの鏡化、それが渡り廊下の合わせ鏡の正体だ。
おそらく、夜間の放射冷却による霧の発生等で校外の光が遮られる事で起きた現象だろう。
気象条件が揃わないと中々発生しないので、非常に稀な幸運……いや、不運があったのかもしれない。
そんな窓ガラスが、淵輾呪窩により壁判定を受けて補強された結果、白羅の斬撃を弾いた訳である。
次の瞬間、世界がピタリと閉じる様に、白羅は鏡に呑み込まれた。




