第20話 呪いの窩
第八位階下位
金の月が空を揺蕩う。
痛い程に静まり返る夜の校舎で、僕は一人、荒れた校庭を見下ろした。
「ふんむ……」
二人が消えた昇降口の扉は、硬く閉ざされている。
一切の気配が漏れ出る事の無いそれは、極めて高度な封印ないし結界であると言えるだろう。
淵輾呪窩と呼ばれたその術式は、パッと解析するに、空間を閉じる事によって固定化し、それを別空間に引き込む術だ。
出入り口が特に強固な術式によって保護されており、よく見るとその出入り口こそがこの術式の要となっている様だった。
本来は扉を閉じない、もしくは仮閉じする事を想定して作られた術なのだろう。
用途はさて……自領域の展開にも近いが、それにしては迂遠。
保有する神性から、閉じた空間を魔界に近付け、魔性のモノを強化する類いの術である事が分かるが……閉じない事を想定しているのが不自然だ。
異界の術は不可思議で、そこはかとない未知に興味をそそられるが、元の術式と用途がなんであるかは置いておこう。
現状をざっくり纏めると、空間が強固に閉じられ、唯一の出入り口が硬く閉ざされている点。
引き込まれた空間は、おそらく黒猫が予め用意していた戦闘フィールドと思われる魔の濃い空間に包まれている点。
これにより、黒猫有利の空間で黒猫が強化され、更に白羅は逃げる事が出来ない訳である。
そんな呪窩の中を覗き込むと、そこは凄まじい放電で紫に染まっていた。
レイーニャが常時雷を放つ事で、影を無くしているのである。
しかしそれは継戦時間を更に縮める諸刃の剣。
対する黒猫は、一度影をけしかけるとさっさと後退した。
白羅は直ぐにそれを追い、直後——足を止める。
——否、足を止められた。
ほんの一瞬の足止め。その次の瞬間には、黒猫は闇へと溶け消える。
黒猫がまるで校舎内に溶け込んだかの様に、希薄な気配が蔓延した。
そんな中で、特に強い気配が6、いや7つ。
見たところ、6つの気配が呪窩の維持を担っている様で、これら6つを破壊する事で結界が解除される仕様らしい。
最後の7つ目は、塔屋の上で突如湧いた黒猫である。
「……面白い術を使うね」
振り向かずに言う僕に、黒猫はヒョイと横に並ぶ。
3本になった尻尾が僕に絡んだ。
「……風見は手暇でありんしょう。手慰みに気はありいすか」
暇だろ。撫でろよ。手空いてんだろ。と擦り寄ってくる黒猫を取り敢えず撫で、戦場を見下ろす。
一人校舎に残された白羅は素足で大きく踏み込むと、数多の斬撃を放って下駄箱を破壊した。
破片が辺りに飛び散り、その場に存在した黒猫にの気配が霧散。
そうかと思えば、黒猫の気配はそこから遠く、教員や来賓用の靴箱に移動した。
まぁ、これだけ見れば分かるが、保有する神性、性質から、白羅に起きた事の詳細が判明した。
白羅の靴の消失は、この校舎内に存在する七不思議による物だ。
どうやら、噂程度の力しか持たない七不思議に、黒猫が持つ2つの尾、9本ずつの尾を2本にまとめ上げたそれの、魂18個の内7個を付与して、噂程度の七不思議を神話レベルまで引き上げているらしい。
また、淵輾呪窩との繋がりからも、淵輾呪窩の元の用途に当たりが付いた。
淵輾呪窩は、噂程度の力しかなく条件が揃わないと出現しない程度の怪異を補強し、強制的に出現させてそのコアを砕く為の術式だろう。
まぁ、この七不思議がモデルとなった校舎固有の物なのか、全国から選りすぐった物なのかは分からないが……取り敢えず校舎内に餓鬼を闊歩させていたのは、欲望や憎悪を蔓延させて七不思議を補強する意図があったのだろう。
白羅の靴の消失は、そんな七不思議の内の一つ、昇降口から靴が消えると言う怪異による物だ。
なんでも、夜の校舎に入り靴を履き替えると、靴がいつのまにか無くなっており、そのまま外に出ると足が無くなるんだとか。
後半は完全に尾鰭背鰭だが、要はなんらかの理由で靴を無くした人がいた事を背景とする噂から生じた七不思議だ。
現状大事なのは、黒猫により補強された怪異は理となって君臨しており、怪異により白羅の靴が脱がされて隠され、靴を見付けずに外に出たら足が消し飛ぶと言う形で結界が補強されている事。
そして白羅は靴箱を全部吹き飛ばして呪いの核に直接ダメージを与えようとする脳筋である事だ。
まぁ、靴なぞなくとも然して変わらんので致し方ない。
白羅は黒猫の気配が遠ざかったのを察知するや、直ぐに1番近場の気配の元へ駆ける。
着いた先は、一階端の理科実験室。
そこで動き出していた骨格標本と一瞬で数百の刃を交わらせ、強靭な四肢をぶつ切りにした後、それが急速に再生し切る前に呪いの要となっていた頭部を粉砕した。
次の瞬間、白羅の手足に黒い線が走り、顔に砕けた様な黒い模様が現れる。
これは、彷徨う骸骨という七不思議の怪異の力だ。
噂の根源は骸骨を怖がったよくある話だが、その実骨格標本は模型では無く本物。
その詳細な死因は不明だが、なんらかの外因死である事は間違いない。
強い怨みを持ったこの骸骨は、躊躇無く人を襲い、自分がやられたらその時、全ての苦痛を反射する。
正確な対処法は、火葬して散骨する事。
……つまり、骨を焼いて下水に流す事。
ちょっと冒涜的な感じはするが、流水は止まった死を押し流す力を持つので、呪いを祓うには最適な手段の一つである。
後は、動けなくなった頭部を適当にほっぽっておけば問題ない。
白羅はそれを知った上で、力こそパワーで全てを薙ぎ払った訳である。
まぁコスパ的に、浄炎と聖水の生成より掛かった呪いを祓う方が良いと判断したのだろう。
骸骨を処理し、黒猫の気配を一つ排除した白羅は、続けて近場の教員、来賓用靴箱を消滅させて靴を回収、もう一つ黒猫の気配を排除し、そこから階段を駆け上がって1番近い四階の音楽室へ飛び込んだ。
そこで音楽を奏で始めたピアノを粉砕した。




