第19話 呪い猫
第八位階下位
聖獣へと転身した白羅は、スペックで黒猫を上回り、呪術に備えて立ち位置を変えた。
影を背負い立ち回る白羅に対し、黒猫は影を追う様な素振りを見せてそれとなく白羅を誘導している。
白い犬と黒い猫が構内をぴょんぴょん駆け回り、斬撃が校舎や窓ガラスを破壊する度にゆっくりと自動で直って行く。
一瞬に生じる幾千の斬撃、余波による幾万の破壊、研ぎ澄まされた刃となって衝突する幾億の殺気。
あちこちに残る斬撃の残滓を見るだに、戦場が学校のままだった理由に合点が行く。
以前アッセリアとサツキの戦いで、斬撃の交錯点に穴が空いた事があった。
新しく空間を補強するより最初から強固な方で戦う事にしたのだろう。
そんな戦場を駆け抜ける中、黒猫がカードを切った。
場所は屋外プール。
水の上でも変わらずの斬撃の応酬が繰り広げられ、迸る余波で激しい水飛沫が辺り一帯に飛び散る。
そうと思った次の瞬間、水が膨れ上がる。
「世塞沈縄」
無数の水の鎖、と言うよりも縄が伸び、白羅の手足を縛る。
水には物を封ずる力がある。
本来は水面が壁の役割を担うモノだが、コレは封ずると言う属性を抜き取り強化した物で、おまけに縛る属性を持つ縄に形状を整える事で、対象を縛り封ずる術になっている様だ。
しかしそこは流石の白羅、即座に斬撃が走り、縄は内に宿る呪い毎断ち切られた。
同時に迫り上がっていた水面も、白羅の斬撃により弾け飛び——
「散写呼鏡」
——次の瞬間、全ての水飛沫から斬撃が降り注いだ。
白羅の放った斬撃とほぼ同じ性質の斬撃だ。
威力に大小差はあれど、決して無視できる物ではない。
此方は水面の反射の属性が強化されたモノで、全ての水滴を鏡に変じさせ、放たれた斬撃をコピー、反射させた術だ。
それに対する白羅の一手は、合図。
応じたのは、レイーニャ。
つぶさに戦場を把握しつつ、魔力の練成を続けていたレイーニャは、即座に練り上げていた雷撃を解き放つ。
爆散した聖宿る紫電は、斬撃に宿る水鏡の性質を打ち抜き、その全てを粉砕、紫の花となって咲き誇った。
そんな大きな隙に、黒猫はさっさと遠ざかる。
追撃をしないのは手段としてはベストだが……まぁ、逃げに徹する者を追って殺す。これもまた修行である。
少なくとも僕は一度、逃げた不可知天帝竜を取り逃がした事がある。
そう言う点ではこれもまた得難い経験である。
逃げ出した黒猫が次に向かったのは、プールから程近い場所にある砂場。
即座に追い付いた白羅は、振り返った黒猫へ剣を振るい——
「砂泥九苦裡」
——砂に足を取られて斬撃を外した。
砂や泥の持つ歩行阻害の属性を強化したモノだ。
人の手に酷似した砂が白羅の足に纏わりつく。
晒した大きな隙に、黒猫はバックステップで逃走。
同時に黒塗りの短剣を4つ投げ、態々校舎の昇降口へと駆ける。
白羅は直撃する2本を弾き、聖雷で砂を祓って黒猫を追おうとした所で、膝を突いた。
「っ……!」
白羅の両足に黒い紋様が走り、血が滲む。
「趾刺騙」
ぽそっと技名を言うのは呪文詠唱の一種であろう。
白羅は影への攻撃には警戒していたが、これは砂場に出来た足跡への攻撃。
足跡を縁に足へ攻撃する呪術である。
突き立てられた短剣は、黒猫の毛を用いて作られたと思わしき刺突剣の類い。
黒猫と縁が深いが故に、力を送り込むのに十二分な媒体だ。
この足止めにより、黒猫は校舎内へ逃げ込む。
それが明らかな罠であっても、白羅は踏み込まざるを得ない。
そこは影の巣窟。
——黒猫の狩場。
今までは遊び。これからが本気と言う事だ。
果たして——白羅が校舎へ飛び込んだ刹那、扉は閉じられる。
「淵輾呪窩」
水底に沈む様な囁き。
それを最後に、夜の校舎から音が消えた。




