第4話 聖典
第八位階下位
場所は変わって執務室。
この時を今か今かと待っていた筈の彼女が、声掛け間も無くして訪れた。
コンコンと軽く響くノックの音。
彼女にしては珍しい、少しの緊張を含んだそれに、僕は入室を促す。
「どうぞ」
扉が開かれ、入って来た彼女は、一見していつもと変わらない笑顔を浮かべていた。
「ようこそ、シスターアルメリア。待たせたね」
「いえいえ〜」
挨拶も程々に、早速机に置いていたそれを彼女に差し出す。
「間違いない?」
「……はい」
シスターアルメリアは日記帳を受け取ると、それをじっと見詰めた後、その大きな胸に掻き抱いた。
暫し日記帳を抱きしめていたシスターアルメリアは徐に僕へそれを差し出す。
「これはユキちゃんが待っていてください」
「改造しても良いって事?」
「……あの人も、それを望むでしょうから」
……実の所、文字自体は読めなくとも、そこに宿る書き手の想いの残滓や、言語に宿る神性から、大まかな意味は読み取る事が出来る。
このハードカバーは、実に長い間信仰を受けていた為書き手の残滓はあまり残っておらず、その文字もまた異世界の物故か地脈にも此方の世界の信仰にもあまり情報が無いと来ている。
それでも僕程となれば、遺された感情くらいなら読み取れる。
アシュリアの日記帳には、大きな悲嘆と後悔、それを上回る喜びと幸福、慈愛に溢れ、その最後は決意と覚悟、それに続く果てしない憂いによって締め括られていた。
最後の戦いの後、這い寄る己が死を見据えながら、誰かの心配をしていたのだろう。
コレを失うのは少し惜しいが、かと言って増幅するには薄れ過ぎている。
だからせめて、その想いを繋いだ気になってあげる事が、せめてもの彼女への手向になるだろう。
そんな訳で、早速お待ちかねの改造を施して行く。
日記帳を持つ僕をシスターアルメリアが抱き上げ、椅子に腰掛ける。
甘やかしたがりにされるがままに、僕は既に練っていた構想を精査し、組み直して行く。
さて、例によって、この本にはアシュリアと言う個の持つ性質がほぼ含まれていない。
一方で、熾天使に所有されていたと言う歴史は刻まれている。
それに加え、天使に信仰され、シャンディリア教国の信仰を一手に引き受けていたと言う事実がある。
……残念な点で言えば、この本がアシュリアや熾天使の所有物だったからと言う理由で祀られていた訳では無い事だ。
この本が祀られるに至った経緯を順を追って話すならこうだ。
先ずシャンディリア教国の盗掘者が本を盗む。
その後天使がやって来てシャンディリア教国を支配する。
何故か市井に聖属性魔力をやたらと保有出来る読めない本が見つかる。おまけに天使なら魔力を出し入れしやすい。
万が一の時の為に触媒として取っておこう。
これはきっと聖神様のお導きに違いない。
他の連中に取られる訳にはいかないから護信軍の秘宝と言う事にしよう。
熾天使様にご報告する程の事でも無いかな。
と、そんな訳で、この本は天使や信徒に信仰こそされていたが、熾天使や聖神に向けられるそれそのものへの信仰とは違い、あくまで本を通して熾天使や聖神を祀る為の祭具の様な物だったのである。
よって、特別な神話を持つ物では無い。
また、この本が持つ魂の器は、アシュリアの元にあった事で大きく向上し、アシュリアから離れた事で著しく低下し、信仰を受けた事でまた上昇した。
レベル的にはざっくり680程度の代物で、概ね最低限の神器級と言って良い。
此処から更に基本的な整備といらん物の掃除を行い、薄れている歴史の反復補強をする事で、レベル750クラスまでは簡単に引き上げる事が可能である。
やはり、あのアシュリアの所有物であり、アシュリア自身の歴史を記録した本であったと言う点が大きいだろう。
その詳細が殆ど残っていなかったとしても、器が大きかった歴史は簡単に消え失せる物では無い。
そんなこの本が持つ神気の概念属性、神権は、聖、光、天使、聖書と割とスタンダードな物に加えて、平和の象徴として平和や安寧。そして、有事の際に神敵を滅する裁きや断罪、神罰系。
コレらを上手い事組み合わせる事で、効果的な神格や神話を形成する。
「あうめいあははうへひへいと防御系どっちが良い?」
「もう一回言ってください」
「攻撃系と防御系どっちが良い?」
「あうめいあって、言ってください」
「あうめいあははうへひへいほほうほへいろっひはひい?」
「可愛いです!」
話し聞け??? 頬引っ張られてる時に喋った僕も悪いが。
「で、どっち?」
「ユキちゃんがやりたい方で良いんですよ」
「じゃあ両方」
「ふふ、嬉しそうで可愛い」
「嬉しそうじゃ無いが」
それはともかく、装備者はシスターアルメリアとして、瞬発力が十分な彼女の戦闘スタイルを補助する様な形が良いだろう。
かつては大雑把だった彼女の技術も、解読し、理解し、体得した今、大半の術の出力調整は容易である。
つまり、何を強化しても良い。
差し当たりエネルギー変換と貯蓄は聖と光、生命と魔力の4種を基軸とした物とする。
天使の神権を活かす為、翼と光輪の装着はマストだろう。
移動、回避の補助装置として光翼を、防御と治癒の補助装置として光輪の展開を行う。
同時に光輪には平和と安寧の神権も付与。内部には治癒、防御、豊穣系のエネルギー変換回路と、それらのちょっとした術式を組み込んだ。
術式の方は、対象指定や範囲指定等の多くの部分を術式補完に頼った物だが、まぁあると無いとでは演算力の消耗に大きな差が出てくるので、あればある程良い物だ。
術式補完の範囲が少なければ少ない程演算力の消耗も少ないが、術式に余裕が無いと汎用性に欠ける。ならばと複数の術式を刻めば、今度は占有面積や耐久値の問題が出て来るし、刹那の一手が勝敗を分ける戦場では選択肢の迷いが致命傷になり得る。
使用者に寄り添った絶妙な調節が必要なのである。
そして最後に、戦闘方面の補助機構の設置。
神罰の神権等から確保される神気で構築した術式は、単純に光系統の射出術式である。
光線系攻撃は、収束と拡散の操作により巨大な敵から小さな敵まで対応可能であり、瞬間的に極大の出力を発揮する事が出来るので、攻撃手段としては割と有効なのだ。
当然、高い瞬発力でそれを放つと術式にも過負荷が掛かり、術式崩壊のリスクが高まるので、神気で構築を行うとは言え、強度は意識して高めて行く。
後は、術式補完部分が術式崩壊する恐れが非常に高いので、なるべく補完部分を少なくする様に定め、対象や範囲の指定は制限を設け、出力指定は術式が崩壊しない程度に収まる様にもしておく。
もし巨大な神が立ち塞がったら、全身を吹き飛ばすんじゃなくて神核を見抜いて吹き飛ばして欲しい。
「出来るでしょ?」
「やってみせますよ」
じっと作業を見守っていたシスターアルメリアに問うと、彼女は変わらぬ笑みを浮かべて頷いた。
これもまた、彼女の信仰の形だろう。
並みの天才ならたじろぐ、鬼才でも肯定はしまい。
シャルロッテの様に、彼女も僕を信じているのだ。
最後の詰めに、元々の魔力タンクとしての構造を整備、補強や範囲の設定等細かい部分を整えて、完成。
本をシスターアルメリアに手渡した。
「この本の名前は、『熾天の導き』。君の幸せを願った者が遺した、君の道を照らす光だ」
「じゃあ私はユキちゃんの道を照らしますね」
図に乗るの早いんだよね。
まぁ、つゆ払いくらいはして貰おうか。




