第18話 心の道
第八位階下位
「そうと決まれば急がなきゃ!」
そう言ってリムは扉を開いた。
乗り込んだ先にあったのは、リムのトラウマ。
薄暗い紫色の広い部屋。その中心には垂れ幕で覆われた大きな椅子の様な物があった。
「こ、ここはっ」
「しっ」
驚くリム。僕はその口を塞ぐ。
扉は後方でパタリと閉じられ、そして追憶は始まった。
紫の炎が篝火で燃え上がり、2人の少女が玉座へと跪く。
『——女王は時代に1人のみ』
威厳ある声。
『貴様等2人、相争い、生き残った方を女王とする』
それは、絶対の命令として、広間に響き渡った。
僕には、才無き1匹のサキュバスの、歴史に習うしかない慟哭にも聞こえたが、それは僕が強者故だろう。
篝火で燃え盛る炎が膨れ上がり、広間を覆った。
「うわわ」
「しっ」
この期に及んで慌てているリムを押さえると、火はたちまちに消え去り、後には誰もいない広間と、灰色の大きな扉が現れる。
リムは暫し、玉座を見上げた。
「お母様……あんなんだったけ?」
どうやら、僕にはシルエットしか見えなかったお母様とやらが見えていたらしい。
まぁ、ここはそう言う世界だ。
「恐ろしく見えた?」
「鬼みたいだったわ」
「じゃあツァーリムがそう思っているんだろうね」
「私、可哀想」
嘆き方が独特にならざるを得ないリムに、僕は先を促す。
「次に進もう。リム、扉を開いて」
「ええ!」
リムは灰色の大きな扉を押し開ける。
入った先は、暗闇だった。
扉が消え去り石畳の道が前後に続いている。
「どっち?」
「んんーあっち、かも?」
リムに問うと、前側の道を指差した。
先導を促すと、リムは足を止める。
「……でも、あんまり行きたく無いかも」
「正常な反応だよ。行こう」
「……うん」
リムが一歩闇に踏み出すと、灰の世界が広がった。
そこは、闘技場の様になっていた。
中央では、剣を持った少女が2人向かい合っており、外側では埋め尽くさんばかりの人影が何か分からない言葉を騒ぎ立てていた。
その中でも断片的に幾らかの言葉が聞き取れる。
『女王』
『1人だけ』
『姉妹』
『生き残るのは』
呪いの様に響くそれらの言葉に、リムは自分の体を抱きしめる。
僕が肩に触れると、リムはびくりとした後、悠然とそれらを見下ろした。
「嫌な感じ」
「目を逸らさないでね」
リムの視線を中央へ向けさせた次の瞬間——
『——お姉様に生きて欲しいのです』
そんな声が響き、血飛沫が舞った。
『「ルム!」』
2人分の声が重なって響く。
灰の世界は飛び散った血で真っ赤に染められ、嵐の様に赤が過ぎ去る。
後には、灰色の闘技場と、黒い扉が残された。
「……ねぇ、ユキ……見ていないと、ダメ……なんだよね……?」
「そうだよ」
死んだ筈のルムが戻り、僕が鍛えた事で乗り越えた筈のトラウマも、ツァーリムに共感をしている今、それらはふつふつと蘇り始めている。
出来る助言は多々あるが、それをしてしまっては、彼女の深淵に至れない。
おそらく後一歩、リムには頑張って貰わないと。
「さぁ、次だ、リム」
「……うん」
僕に促され、リムは黒い扉を開いた。
入った先は、暗い闇の蔓延る、墓所。
少女が1人、墓の前でうずくまっていた。
「ルムのお墓……」
そう、リムが呟いた時、リムの瞳から一雫の涙がこぼれ落ちた。
『ルム……! どうして……!』
刹那、響いたのは少女の嘆き。
ぼろぼろと溢れる涙が黒い世界を真っ白に染めて過ぎ去って行く。
後に残ったのは、無人のお墓と白い扉。
振り向くと、リムはぽろぽろと涙を溢している所だった。
「ルム……」
「さぁ、最後だ」
共感出来ている内に、リム自身の意思で扉を開かないと、深淵には至れない。
魂の領域での、剥き出しの心の衝突は、神気を交えた戦闘にも等しい消耗を与えて来る。
リムは目元を抑えながら、よろよろとおぼつかない足取りで扉へ触れた。
扉が押し開かれる。
入ったその先は——
——白く、広大な空間。
その中央でツァーリムが、足を抱えて縮こまる様にして浮いていた。
此処は深淵。だが、後一歩足りない。
しかし、ここで僕が声を出せば、深淵は更に遠ざかるだろう。
故に、僕はぐっと、リムの背中を押した。
それが、今この場で、僕に許された精一杯。
リムは白い世界を泳ぎ、ツァーリムに迫る。
邪魔する物は何もなく、リムはツァーリムを抱きしめた。
「辛かったよね。苦しかったよね……」
ぐっとリムはツァーリムを抱きしめながら、その声を響かせて行く。
「もう大丈夫だよ」
その心が伝播して行く。
「だって……」
世界が白く染まって行く。
そんな中、リムは僕に振り返り、ツァーリムはゆっくりと開かれた目で僕を捉え——
「ユキがいるから!」
まぁ、そういう事。
世界は白で満たされた。




