第12話 シークエル
第四位階下位
本庁、本丸、本拠地。
呼び方は何でも良いが、天使達の関わる食糧と戦闘の政治の中枢である。
そこに攻め入る際の注意事項は、8人もの天使が詰めている点であり、レベル100オーバーの大天使が詰めている点である。
一応人間の使用人やシスターが出入りしているので、僕の侵入自体には違和感は無いだろうが、全ての天使に会いに行くとなると話は変わってくる。
と言う訳で、今回ばかりは慎重に活動する事とした。
早速、敵の本丸に潜入する。
衣装は侍女服。
少し隠密を纏いながら他に混じって掃除を行いつつ、天使の隙を伺う。
上級天使 ジュエ LV59
天使の1人が動き出した所で、現場へそれとなく急行し、転んだふりをして天使ジュエと接触した。
「おっと…………気を付けなさい」
「申し訳ありませんでした」
「反省が足りない様ね。ついて来なさい」
そこはかとなく茶番をやって、次の標的に移る。
天使ジュエの案内で、接触したのは同じ仕事の天使ミエラ。
部屋をノックし、一言交わして部屋へ入る。
「ミエラ、入るわよ」
「ええ、どうぞ」
部屋に入るや、天使ジュエは窓を指差した。
「貴女、そこの窓を掃除しなさい」
「はい」
「……そんな事の為に侍女を呼びに行ったのかい? ジュエ、君はそんなに綺麗好きだったかな」
「気になったのよ」
やれやれと窓へ視線を向けた天使ミエラの肩に軽く触れてぴぴぴとする。
「っ…………そこまで汚れてない様だから、程々で良いよ」
「そうね」
「承知しました」
天使ミエラと天使ジュエの指示に従い、窓を程々に掃除し、次の標的が動き出したので僕も動き出す。
「お仕事頑張りなさい」
「気を付けて」
2人のそれとない激励に微笑んで応え、廊下に向かう。
その後、同じ事を2度ほど繰り返し、上級天使4人を確保した。
更に続けて、副統括が食堂へ向かったので、僕も現場にゆっくり急行する。
大天使 パルミエ LV102
料理を待つ天使パルミエに紅茶を出し、それとなく接触、ぴぴぴとした。
◇◆◇
護信軍に配属が決まった時、心底安心したのを覚えている。
それがおかしいと言う事にも、気付いていた。
そう、おかしい。
天界は、なぜ総軍と言う形で、天使達を犠牲にするのだろうか?
聖神様は、なぜその犠牲を我々に強要するのだろうか?
長年に渡り燻った疑念は、いつのまにか、私の羽を灰に染めていた。
バレる訳には行かない。
バレてしまえば、護信軍の中でも12翼しかいないアルケーに登り詰めた私とて、魔界落ちは免れ得ない。
折角熾天使様に名を授けて頂き、どうにか総軍ではなく護信軍に配属が決まり、ようやくアルケーの座に付けたと言うのに、その全ての努力と幸運が無駄になってしまう。
だが、それでも、聖神様への疑念を捨て去る事は出来なかった。
自らの持つ全てを棒に振る事になったのだとしても。
だって、おかしい。総軍の死者数は。
聖神様が本当に偉大で、天使が高貴なる存在であるなら、総軍などと言う形で毎年あれ程の死者を出すなど、どう考えても理に適っていない。
その疑念はある日、確信に変わった。
その日、私の中の全ては、大きく変じる事となる。
◇
村はやがて町になる。
町には多くの兵の配置が必要だ。
必然総軍の兵を多く動員したり、護信軍の拡張が行われて、総軍行きの天使が減るか、魔界落ちの天使が減る。
これは、偉大なる四枚翼の決定への、出来うる限りの抵抗だった。
次なる開拓村の配置を練る。
人間がもっと早く繁殖してくれれば、開拓村の配置も村の町化も早いのだが、結局無い袖は振れない。
理想的な候補地は既に幾つか見つかっているが、人口がそれに追い付いていないのだ。
迷宮の資源化を考案する文書を再度提出する。
迷宮は危険な物だとされている一方で、シャンディリア中央部の都市では、古くからある迷宮故に攻略には多大な戦力が必要であるとし、大迷宮を攻略せずに資源を得る事を暗黙の了解としている。
都市はそれによって富み栄えている為、低階層であろうと迷宮を擁する都市の作成が叶えば、人口を更に増加させる事が出来る筈だ。
その上、管理には総軍の天使が多数必要になる為、魔界落ちする天使も必然的に減る。
説得材料はある。
下界の配属では手に入れるのにそう難しくない肉類の料理も、天界では取り合いになる程手に入らない。
しかし迷宮があれば、肉の産出こそが多くなる為、献上品として天界に送れる食肉の量も増加する。
こう言った物含めた幾つかの説得材料を書き出し、文書に纏めて行く。
不意に、ノックの音が響いた。
集中し過ぎていたらしい。
背筋を伸ばして、来訪者の声を聞く。
「パルミエです、シークエル様、紅茶を用意させました。少し休憩なされては?」
「そうね、どうぞ入って」
「失礼します」
いつも通り優秀な天使パルミエ。その後に付いて来たのは、侍従。
「あら……?」
不意に感じた違和感を追究する。
何と言う事もない。侍従にしては幼く、美人過ぎる。
これ程の美人なら、聖乙女にスカウトされて、今頃は学校に通っている筈だ。
何をどう間違えたら侍従になると言うのか。
そして、そもそも、その顔に見覚えが無かった。
コレ程の美貌。覚えていない方が不自然だ。
「貴女……」
「はい?」
紅茶を淹れてくれている少女に何かを問おうとして、口をつぐむ。
連れて来たパルミエに聞いた方が早いだろう。
無垢に微笑んだ少女に微笑み返し、パルミエに向き合う。
そうと思った頃には、手際よく淹れられた紅茶を少女が持って来た。
「ありがとう」
「いえ、とんでもございません」
そう言って少女は紅茶を置き、私の肩に少し手が触れた。
次の瞬間、私の中に何かが流れ込んで来た。
膨れ上がり、熱を持って広がるそれは、情報群。
それは、偉大なる、本当の神の、神話の数々。
そう、私は、このお方に会う為に生まれて来たのだ。
今、この都市にいる天使はもう全てこのお方の手の内にある。
私は跪き、頭を垂れた。
「……偉大なる我等が神、ユキ様。どうか我等に御下命ください。どんな望みも必ずや叶えて見せます」
「取り敢えず今の仕事を続行かな」
「はは」
私は、今この時、黒く染まった翼を伸ばし、偉大なるユキ様に忠誠を誓った。




