第9話 決まっていた趨勢
第八位階下位
ペルセポネが本来不得手のガリオンを圧倒せんとしている一方で、エルミェージュは苦戦を強いられていた。
次また次と飛来するのは、仙気で構成され真気をも宿した矢。と言うよりも爆撃。
対するエルミェージュは、目視でその軌道を見抜き、フィールド制限を超えた辺りでそれを迎撃する。
宙で激しく爆発した矢は、その余波で周囲の木々や山々を破壊した。
一本でも逃せば、同格や格上と相対する味方達には致命的な一手となり、その被害は計り知れない物になるだろう。
そんな緊張を強いられつつ、エルミェージュは飛来する矢を見事な弓捌きで迎撃して行く。
何なら他の子達も、強い子達は自分が狙われている事に気付いているが、エルミェージュの迎撃を信じて己の戦いに集中している。
一方、エイジュは、エルミェージュの近くで地面に杖を突き立て、樹木を遠隔操作する。
その狙いは南西、生きている全ての外敵。無差別な樹木による死は、着実に設定されたボスを撃破し、フィールド制限がゆっくり解除されて行く。
それは確かな進行だが、それでも、不明な弓兵まではかなり遠く……おそらくこの戦いの中で不明な弓兵の姿を確認する事は不可能だろう。
よって、僕が目を凝らして見る事にする。
地平線は4キロ先と言うが、この魔界は球状では無い様で、障害物が無い限り何処までも視認する事が出来る。
遥かに南西の果て、そこには、大きな山があった。
距離はおおよそ、冠成の最南端から最北端程はあるか? それ程の距離がありながら動き回り激戦を繰り広げる的を寸分違わず狙える辺り、やはり敵は相当な使い手だ。
果たして、僕の目に映ったのは——
——黒い獅子の魔人だった。
レーベの様な筋肉質の肉体に、黒山羊と見られる同じく筋肉質のケンタウロス型の下半身。
獅子の悪魔王、アルギバエに違いない。
まぁ、予測はしていたので驚きは無い。
アルギバエと言えば、遊技神が見せた過去の世界ではアルギエバと言う名だったが、これもまた同一人物で間違いないだろう。
問題は、何故名前を変えたのか、だが……名前を変える理由など、幾つも無い。
僕達の様に、何かを隠そうとしている為の偽名か、もしくは過去と決別し意識を変える為の名称変更くらいだ。
アルギバエはルヘーテの者達を殺害せしめたと言う話だし、彼の場合は後者だろう。
では、何故ルヘーテの強者達を殺して回ったのかと言うと……過去の世界で遠目に見た限り、元々脳筋っぽい奴だった様だし……おそらくだが、ディアリード辺りに唆されて、より強くなる為に味方を殺したのかもしれない。
なんでも、ルヘーテはやがて必ず訪れる終わりの時、それを退ける救世主に仕える為に戦力を増やしていたらしいし、大方救世主は自分だと思い込んだとか、救世主は来ないから自分が強くなるしか無いと思い込んだとか、その辺りだろう。
これはローネリアが任されていたと目される、強者の誕生実験に類似する物だ。
類似すると言う事は、やはりそこに何者かの意図があったと見るべきだろう。具体的にはディアリード。
確かなのは、ルヘーテの獅子達が倒れた事により、アルギバエは獅子の神権をかなりの量独占して、神格を増大させたであろう事。
それから、多少なりともレベルが増大し、戦闘力を増したであろう事。
流石に見られている事に気付いたか、アルギバエは一度僕と視線を合わせた。
しかし、特にアクションを起こす事なく、射撃を再開する。
……脅威と見做した上で放置か、まぁお互い様だね。
南西での戦いが白熱する一方で、戦闘が始まったのは北東、エルバーナ。
冥域を飛ぶのは、グラシアの戦士達6名。
戦力としては十分だが、一応軽く加護を付け、僕の手を伸ばしておく。
さてさて、ナハトが因縁とか言っていたが、皆はどう動くかな。
『エルバーナ、ナハトの仇なのだわ!』
『まさしく、我が仇よ!』
『討たねばならぬ敵です!』
アロが叫び、ナハトが頷いて、ローネリアが気を高める。
最初に仕掛けたのは、やはり巨躯たるエルバーナ。
口を開き、放ったのは聖なるブレス。
対するはローネリア。
『私が止めます!』
大きく翼を広げ、光輪を輝かせて、放ったのは光の柱。
それはエルバーナのブレスと拮抗し、爆散した。
エルバーナの様子見のブレスに対して、レベルで迫るローネリアの、それも閃光系で貫通出来ないのは、些か気を抜き過ぎていると言わざるを得ない。
ともあれ、その爆散を目眩しに、ルカナとテリーが気配を消し、逆にナハトは敢えて気を放出してエルバーナの気を引く。
アルマとアロは順当に気を練った。連携と言う点ではイマイチだし、何なら気を放出しながら練っているナハトの方が良く練れているのが残念な所だ。
仕掛けたのは、ナハト。続けてアルマ。
『我こそはグラシアの灼星、ナハトロンなり!』
『な、並びにグラシアの赫星、アルマロン! 推して参る!』
言うや、ナハトは急速に形成した真気の巨大な棒、もはや柱と言うべきそれを叩き付ける。
重い一撃に、エルバーナは仙気の防壁を張って対抗、真気すら宿すそれはしかし、ナハトの重撃を前に破壊された。
ナハトの打撃はエルバーナを僅かに降下させるに留まる。
一方同時に繰り出されたアルマの一撃は、一筋の閃光となって投じられ、エルバーナの広範囲結界を貫いて、その肉体に僅かな傷を刻んだ。
アルマロン、強いは強いが、残念ながらこの戦場では雑兵程度の活躍しかできないだろう。
後に続いたのは、アロ。
『読めたのだわ!』
そう言ってナハトと同じ柱を形成したアロは、張り直された結界目掛け、それを勢い良く振り下ろす。
凄まじい轟音が響き、アロの柱は結界に阻まれた。出力不足である。
『あれ!?』
そんな筈はとアロが硬直する。次の瞬間エルバーナは光輪を輝かせ、その巨大な六翼を広げた。
展開された4つの魔法陣から放たれたのは、聖なる閃光系魔法。
レベル800オーバーが放つのに相応しい威力を持って迫るそれは、アルマとアロには致命的な一撃。
故に、庇われる。
アルマはナハトに、アロはローネリアに。
計2本分の過密な閃光系攻撃に対し、2人が展開したのは、流線型の結界。
ナハトは余裕を持って、ローネリアは全身全霊で結界を維持し、閃光を退けた。
その隙を、ルカナとテリーは逃さない。
『所詮は野良ね』
『警戒が甘い』
やや下方から放たれたのは、太い闇色の閃光。
それは結界を易々貫き、エルバーナを貫通した。
それなりのダメージとなっただろうが、悲鳴の一つも上げないのは中々の傑物。
それでも生じた僅かな怯みに、ルカナとテリーは再度姿を眩ませた。
直ぐにナハトが気を放ち、無視しえぬ脅威にエルバーナの意識がナハトを捉える。
エルバーナ戦は始まったばかりながら、その趨勢は決まった様な物である。




